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小説家・森見登美彦 ✕ 編集者・田岡洋祐 卒業生対談 みんな何かと戦っている(後編)

小説『太陽の塔』の原作者・森見登美彦さんと、講談社「モーニング」の編集者・田岡洋祐さんによる卒業生対談。
前編では、「男だらけのフォークダンスを踊り狂っていた」という2人の濃厚なキャンパスライフが明らかになりました。
後編では、なぜ15年の時を経て『太陽の塔』は漫画化されたのか――そして、「小説家」と「漫画編集者」という2人の現在のお仕事についても、たっぷり語ります。

左)森見登美彦(2005年 農学研究科修士課程修了) 右)田岡 洋祐(2008年 文学部卒)

 

15年の熟成を経た、執念の漫画化

――お二人をつなぐ共通点にもなっている小説『太陽の塔』ですが、今年2018年6月より講談社の月刊『モーニング・ツー』で漫画化され連載中です。発売から15年経った今、どうして漫画化しようと思われたんですか?

田岡さんの情熱が形になった漫画版『太陽の塔』。今年6月から連載が開始され、先日、待望の単行本第1巻が発売。 現在、WEBにて第一話公開中(リンクはこちら)。

田岡
僕はこれまでかなり本を読んできましたが、「これまでの人生で読んだ本の中で1冊だけ選べ」って言われたら迷わず『太陽の塔』を選びます。人生観を捻じ曲げられた(笑)。自分が一番影響を受けた本を漫画化したいなっていうことは、ずっと思ってました。
初めて読んだのは大学で京都に来た時なんですが、当時いろいろこそばゆいことで悩んでて、この本を読んで「生きてていいんだな」というぐらい救われたんですよね、僕は。ある意味どポジティブに肯定してくれたような感じがして。それぐらい力がある小説だと思いました。漫画化にあたっては、(小説の出版元である)新潮社さんに間に入って助けていただいて、出版社の垣根を越えたコラボレーションが実現しました。
根本から言うと、これを小説の形で触れなかった人がいるなら、僕が受けた気持ちを違う形(漫画)で伝えたいなというのが奥底にありました。15年ほど熟成された僕の想いなんです。

森見
お〜! 愛が重すぎる…(笑)。
この小説を書いたのは、大学院に入る前の宙ぶらりんで休学してた5回生の時です。ただ、この5年間の友達とのあれこれ、卒業後に闇に葬られるはずだった社会的には無価値だと思われるものを意味があったこととして残したい――友達との妄想話や四畳半での生活、そういうのをひっくるめてあれはあれで大事なものだったんだということを作品の形にしないと消えてしまう……。そういうのは書く時にすごく思いましたからね。そこに、田岡さんもグッてきたのかな。

田岡
今でも僕と同じ思いを持つ人はたくさんいると思うんですよ。あ、でも最近は京大生もオシャレになってきたのかもしんないですけど。

森見
僕らが4回生のときにすでに1回生はオシャレだって言ってましたよ。僕らが入ってきた時だって、たぶん上の4回生は「最近の1回生は」って。これは連綿と繰り返しているのかもしれないな。わずか数年の間に「最近の若いもんは」みたいな形になるから不思議ですよね。
そうそう。『夜は短し歩けよ乙女』(※)はポップな感じですが、『太陽の塔』は一人で下宿でいる時の寒々しい感じや心細さ、惨めさといった寂しげな雰囲気がすごく色濃い。それをマンガで反映してもらっているので、その点がすごく好きで、今後も楽しみにしています。

※:“黒髪の乙女”と“先輩”によるキュートでポップな長編恋愛小説。2007年本屋大賞第2位。累計売上130万部を超えるベストセラー。(角川書店)

田岡
ありがとうございます…!
扉絵があるんですが、かしのこおりさんの絵の塗り方がすごくよかったんです。この寂寥感と色使いがすごくいいなと思って。

森見
そうなんですよね。どうしても『夜は短し』とか(イラストレーターの)中村佑介さんのイメージがすごく強い。『四畳半神話大系』(※)は、『夜は短し』の前に書いたはずなんですけど、もはや『夜は短し』の印象に侵食されて染め上げられてしまって。でも、『太陽の塔』は断固として染め上げられない。中村さんの雰囲気とはまた違う、物悲しさや痛みのようなものがありますね。

※:冴えない男子京大生が選択する4つのキャンパスライフ。四畳半パラレルワールドを描いた長編小説。2010年フジテレビでアニメ化。(太田出版/文庫版・角川書店)

田岡
中村さんのパワーはすごかったですよね。『夜は短し』が出た時のインパクト、表紙とかすごく可愛かったです。

森見
僕も、中村さんのおかげでブレイクしたんですけどね。「僕がこんな可愛らしい本を出していいのか!」と、しばらくの間ものすごく恥ずかしかった記憶があります。今となってはそれが売れて……なんだか不思議な話です。
4〜5年前に、京都の三嶋亭で初めて田岡さんに会ってから、そこから漫画化への準備を少しずつって感じだったね。僕の小説の漫画化は、映画の公開やテレビアニメの放送に合わせてパッと連載が始まるのが多い中、これだけ数年かけて試行錯誤したのは初めてでした。

田岡
まずは、この寂寥感を描ける漫画家さんを探すところから始めて、漫画家さんと一緒に、作品の舞台になった場所を実際に1つ1つロケハンして、イメージを膨らませました。ほんと、これだけはやりたい! 世に出すまでは絶対異動したくない! 必ず見届ける!と思ってました。

 

「小説家」と「編集者」という仕事

――お二人のお仕事「小説家」と「編集者」についてお伺いしたいと思います。田岡さんは大学卒業後に講談社に入社されてますが、一寸先は闇だった学生がなぜ編集者の道へ?

田岡
入学した時は文系研究者とかになれたらいいなって思ってたんですけど、めちゃくちゃ勉強しまくった人が実力と運とでなんとかかんとかサバイブしていく世界だと知って「茨の道過ぎる、無理だ」って思ったんですよね。さりとて、もともと勉強してる訳でもない。どうしようかなって思ってた3回生の夏、旅行から帰ってきたらみんなが急に「就活!」とか言い出してて。夏休みが始まる前は誰も言ってなかったのに。焦りましたが、自堕落な生活をしてたから会社員として働けるのかな……って、すぐには動けませんでした。

森見
うむ。なんだかわかるな……その気持ち。

田岡
さんざん思い悩んでキャリアセンターに行ったら文藝春秋さんの会社案内があって、そこで初めて「僕は本読むの好きや。本に携わる仕事ができたらいいな」って思ったんです。会社案内をもらって図書館で一生懸命エントリーシートを書いたんですよね。いざ出そうと思って日付を見たら、締切が3日過ぎてて出せなかった……(苦笑)。出願できる出版社を探してたら日付的に講談社だけで……結果、拾ってもらえたでんすけど、本が好きだって気持ちが根底にあったのは良かったのかなって思います。

森見
編集者としての仕事のやりがいは、どんな時に感じる?

田岡
僕の場合は、作家さんから「わ! すごいな!」っていうネームや原稿があがってきた時ですかね。「これ、いけるんじゃないかな」ってワクワクする時が一番嬉しいです。掲載が決まれば「これをみんなに知ってもらえる」っていう喜びがあって、それが売れたならまたすごく嬉しいです。

森見
田岡さんは入社後ずっと漫画の編集畑を歩んできてるけど、昔から漫画好きだったの?

田岡
いや……実はそんなに読んでなくて。毎週欠かさず読んでたのは少年ジャンプくらいです。
講談社の面接の時も、「マンガ読む?」って聞かれて、ひとしきり目を泳がしてから「ええと…しゅ…週刊少年マガジンの…」ってもにょもにょしてたら「嘘つかなくていいよ」って(苦笑)。 正直に「ドラゴンボールが好きです」って言ってから、嘘はバレるんやなって思いました。漫画は好きでしたけど、漫画研究会に所属している人とかに比べると全然読んでなかったですね。配属希望を聞かれた時も、自分は物語が好きだったので、「文芸でも漫画でも、フィクションの分野なら何でもいい」と答えました。ただ、『太陽の塔』を漫画化したいという思い、これだけはずっと思ってました。出版社に決めた時からだから、15年ですね。ようやく夢が叶いました。

森見
その熱意はもう……最初に会った時から、もやっと感じてましたよ(笑)。

――森見さんはいつ頃、小説家としてやっていく覚悟が芽生えたのでしょうか?

森見
うーん。そうね。紆余曲折があったので、どこの時点でというのはなかなか難しいですね。
大学生の時にいっぺん諦めてるんです。このままでは小説家にはなれない、でも働きたくない!みたいな。ちょうど四畳半で天井を見ながら、ひたすらうめいていた時期に、「こんなもん小説じゃねぇ!」とか思いながらヤケクソで書いた作品で小説家デビューはできたんだけど、僕の場合はそのあと、国会図書館に就職したりとかもしているので、そんなにすぐ「これで食っていこう!」ではないですよね。最初の5年半くらいは、兼業作家として働きながら新聞連載とかしていました。

田岡
兼業は、それはそれでかなり厳しかったんじゃないでしょうか?

森見
厳しかったですね。どう考えても無茶でした。だから、小説家一本でやると決めたのは図書館を辞めた時でしょうかね。
僕の父親はサラリーマンだったんですが、子どもは父を見ながら、「大人の男とはこういうものだ」って育つ。その大人像の中に「小説家」はないんですね。社会人のイメージは、研究者とかサラリーマン。だから、自分の中で小説家として生きていくことが大人像に入らなかったので、図書館を辞める踏ん切りはギリギリまでつかなかったです。結局、父親に認めてもらわないとどうしても仕事として納得がいかなくて、父親に専業の相談をした時、遂に「まぁ、お前もこれだけ忙しくなってるんだったらしょうがないな」と言われた。そこでようやく辞める決意を持てました。

田岡
お父さんの影響というのは、ものすごく大きかったんですね。

森見
かなり大きいですね。医学部志望も父親の影響でしょ? 研究者の夢も、父親が研究者になれずにサラリーマンになったので、僕には本当は大学に残って研究者になって欲しい気持ちはあったと思うんです。それが国会図書館に就職して、今度はそこも辞めて小説家になるっていうんだから、父親の願いとは全然違うところにいってしまった。父親の夢と希望は自分の中に内面化していたので、そこを突破するのはなかなか大変でしたね。
今では父親もすっかり応援してくれていて、『太陽の塔』は特に好きな作品だと言ってくれます。さすがにこれを読むと京大での学生時代が懐かしいらしく、「あんまり変わってねーな」って。そう言えば、父親が面白いこと言ってたな……。父親が若い頃も学生運動の時代だから、みんな戦ってる時じゃないですか。「戦う対象は変わってるけど、お前たちも何かといろいろ戦ってるんだな」って。それは新鮮な感想やなって思いました。

田岡
なるほど、そういう見方もあるのか! どんどん敵は見えなくなってってますけどね。

森見
内面に内面に……みたいな、ちょっとややこしいことになっているけど。やっぱり戦ってるんだなって。結局みんな、何かと戦っている。よくわからないものと。自分の将来もよく見えないし、大学生はみんな「一寸先は闇」なんでしょうね。僕ももう二度と戻りたくないですもん。四畳半で天井見上げて時々叫びたくなる怖さ。「僕、このままどうなんのやろう」って。

田岡
そうですよね。みんな大学選びが大事だって言うけど、どんな仕事に就くかの方が大事で、その後の人生が長い。僕は最終的になんとか就職できましたけど、講談社以外の面接は受けたところほぼ落ちたんです。「あれ?」って思いました。それまでは、京大生って言ったら就活とかで大事にしてくれるんちゃうかな?とか甘いこと考えてたんですけど、世間は全然容赦なかった。本当に……不安との戦いだったなぁ。

 

後輩諸君へ…

――だいぶいろいろ……濃いお話を伺いました。最後に、何かと戦っている若人たちへ何かメッセージをいただけますか?

森見
メッセージ…うーん、僕はあまりそんな大層なことを言える人間じゃないんですよね。明確なメッセージを打ち出せない人間ですみません。
ただ、僕は京大に来たからこういう小説を書いているところはあります。自分が京大生だったことが、そのまま延長で小説に繋がっている。間違いなくこういう環境に来てなかったら、自分なりの小説の書き方は見つからなかっただろうなと思います。
読者の人は漠然と、小説家は面白い話を考えられて文章が書ける人だったら出来るんじゃないかって思いがちですが、意外に、その人なりのここなら勝てる世界観のようなものを見つけるのが大事。頭で考えてもできにくいし、運も関係してくることなので。そういう世界観を見つけらたら自分の小説が書けるんだけど、それが見つからない限りはなかなか一皮むけない、わかりやすく言えばデビューできない。僕はたまたま京都にいて、京大生で、まわりに友達がいる環境があって見つかったと思うんですよ。もし『太陽の塔』みたいな世界観を見つけられてなかったら、絶対小説家にはなれてなかったと思いますね。全部その上に、後のものを積み上げていった感じです。京大は小説家としての僕の原点ですね。

田岡
やっぱり僕も、学生時代は、迷ったり辛かったりしてばかりだったと思います。その中には、京大に行ったからこそ得られた苦しみがたくさんあって、その結果として、今こういう仕事ができてるんだなと思います。
森見さんほどはっきりと形としてここにいたことを原点として残している訳ではないんですけど、いろんな考え方や経験、こういうのが好きだっていう思いをたくさん醸成してくれた場所だと思うんです。うだうだ迷ったり考えたり、いろんなものに手を出したりというのを大学の方でほったらかしにしてくれて。「そういうのは自分で見つけて」という感じが京大にはあるんじゃないかと思うんです。たぶん、ほんまに一寸先は闇でうまくいくなんて保証もないんですけど、後からその時代を振り返ると、その時の苦しみがあってこそだったと思える時がくるんで。だからと言って自堕落になって諦めたりしたら何も始まらないんですけどね。一生懸命全力で悩んだり苦しんだり、好きなもの探す時間を与えてくれた学生時代だったなと思うので、それが僕にとってはいちばんありがたかったです。苦しんだ結果、何かに手が届くかもしれない可能性を『太陽の塔』は示してくれていたと、僕は思ったので。なので、中高生や大学生は今、さんざん迷って苦しんだらいいと思います。

森見
なるほど…そうだったのか! 後輩諸君への熱いメッセージは、田岡さんの最後の一言に尽きます(笑)

――お二人とも、本日は本当にありがとうございました!!

卒業生対談(前編)はコチラ!

 

【プロフィール】

森見登美彦
1979年奈良県出身。京都大学農学部卒業、同農学研究科修士課程修了。2003年『太陽の塔』で第15回ファンタジーノベル大賞を受賞し、デビュー。2007年『夜は短し歩けよ乙女』で第20回山本周五郎賞を受賞。2010年『ペンギン・ハイウェイ』で第31回日本SF大賞を受賞。その他『四畳半神話大系』、『有頂天家族』など作品多数。2018年11月に最新刊『熱帯』を上梓。

田岡洋祐
1983年大阪府出身。京都大学文学部卒業。文学部では倫理学を専修。2008年に講談社入社後、青年漫画誌の編集者として、『GIANT KILLING』、『宇宙兄弟』、『コウノドリ』、『仮面ライダーアマゾンズ外伝 蛍火』、『MOGUMOGU食べ歩きくま』などを担当。2018年6月より、編集担当として漫画版『太陽の塔』(原作:森見登美彦/漫画:かしのこおり)を、月刊『モーニング・ツー』にて連載中。2018年12月に第1巻発売。

 

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