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No.37

update.2019.03.28

南海トラフ地震を想定したアプリ「逃げトレ」が挑む 脱!マニュアル避難訓練!!

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こんにちは。
「ザッツ・京大」編集部です。
突然ですがみなさん、京都大学にグッドデザイン金賞をとった「アプリ」があることを知ってますか?
グッドデザイン賞と言えば、日本で唯一! “社会を導く良いデザイン”に対して贈られる名誉ある称号!
2018年に、4800件ほどあった応募件数の中でも上位20位にしか与えられない金賞を受賞したのは、京都大学防災研究所・巨大災害研究センター教授の矢守克也先生が中心となって開発した「逃げトレ」というアプリ。
さて、一体どのようなアプリなんでしょう……

 

 

大規模災害に「文系」からのアプローチを行う研究者・矢守先生

このアプリを作った矢守先生にお話を聞くべく、編集部は宇治キャンパスにある防災研究所へやってきました。

ここ防災研究所では、災害軽減のための総合的な研究や教育が行われています。

この方が、防災研究所・巨大災害研究センター教授の矢守克也先生
矢守先生は災害情報や群衆行動といった心理学を専門とする研究者です。

研究所内には災害を個々に研究している理系研究者が多く在籍する中、数少ない「文系」研究者として、危ないものに翻弄されながらも何とかしようともがく「人」の側を担当しています。

そんな矢守先生、具体的にどのような研究をしているのかと言うと……
「大きく2つ、災害が起こる前の研究と、起こった後の研究を行っています。
災害が起こる前の研究とは、起こってしまった地域に学び、実際に災害がやってきた時に少しでも被害を少なくするための研究です。実際に被災地で起こった出来事を元にしたカードゲーム式の教材「クロスロード」や、今回の「逃げトレ」アプリの研究は前者にあたります。
そして、起こった後の研究としては、不幸にして災害に襲われてしまった地域がどのように元気になっていくのか、その復興のプロセスを研究しています。私の研究の中で一番長いものですが、阪神淡路大震災の被災者による語り部グループのお手伝いを通して、被災経験の語り継ぎにどのような意義があるのかの研究にも取り組んでいます」


あなたは避難所のリーダー。食料として大量の納豆が届いた。ありがたいが匂いもするし、嫌いな人もいる。受け取るor受け取らない? …このような、はっきりとした答えが出せない被災地での実話を元にみんなで議論する「クロスロード(分かれ道)」。

グッドデザイン金賞を受賞した「逃げトレ」ってどんなアプリ?

さぁ、ここからいよいよ本題となる話題のアプリ「逃げトレ」について。
開発に携わった研究室の大学院生・岡田さんと特定研究員・李さんにも同席していただき、お話を伺いました。
岡田さんは大学で、防災や減災、危機管理などを学んでいた時に起こった東日本大震災をキッカケに、大きな視野を持ちつつも個々を見ることが出来る研究者になりたい、と、博士課程進学を機に矢守研究室に入りました。
台湾出身の李さんは、元々自国でメディアを学んでいましたが、日本への留学後に災害報道の翻訳を手伝ったことから防災に興味を持ち、矢守研究室に入ってからは国内の被災地を巡り、聞き取りなどの研究活動を続けているとのことです。


矢守研究室の岡田夏美さん(写真左)と、李旉昕(り・ふしん)さん(写真右)

――先生、「逃げトレ」とは一体どのようなアプリなんでしょうか?

矢守先生
「みなさんも南海トラフ地震(※)という名称を聞いたことがありますよね。この『逃げトレ』は、南海トラフ地震を想定した個人の津波避難トレーニングが出来るアプリなんです」
※南海トラフ地震:南海トラフ沿いを震源とする巨大地震。東日本大震災と同じ規模(最大でマグニチュード9クラス)の地震が西日本を中心に被害を及ぼす形で発生するもので、今後30年以内の発生確率が非常に高いものとされている。

―― 個人用の津波の避難訓練アプリですか! そのようなアプリは初めて聞きました。どうしてこのアプリを作ろうと思われたんですか?

矢守先生
「2011年の東日本大震災で、日本は大きな打撃を受けました。さらに今、南海トラフ地震の発生確率が年々上昇しています。南海トラフは、最悪の場合の被害想定として犠牲者が32万人出ると想定されており、その7割以上が津波による犠牲だと言われています。
元々、避難訓練とは大勢で足並みを揃えてやるもので、1人ではなかなかやらないですよね。でも、だからこそマニュアルどおりの避難訓練を行っていて本当に人の命が救えるのかを考えないといけないという大きな背景がありました。このアプリは、どんな情報を届けると人は逃げるのか、避難訓練をどのようにデザインすればよいのか、ということを考えて作ったものです」

――なるほど。“どうしたら人は逃げるのか”は、まさに先生が専門とされる心理学の分野の話ですね。

矢守先生
「避難訓練ってどちらかというとめんどくさいし、出来れば避けて通りたいものですよね。しかし、そこが一番の問題点で、そもそも防災に関心がない。極端な場合は「地震が来たら来たでしょうがない、死んでもいい」などとおっしゃる方も実際にいるんです。
一方で、避難訓練してもハザード(危険要因)を意識していない、結果が分からないといった、やるに値する避難訓練を専門家が作れていないことも問題で、今避難したけれど、これで津波や洪水から逃げきれたのか……本当はここが一番大事ですよね。ハザード側と人間側をオーバーラップさせて可視化する、これまでにないツールを作りたかったんです」

――確かに……どこから危険がやってくるかなんて、これまでの避難訓練では考えたことがなかったです!

矢守先生
「津波は、亡くなる方と無傷な方、白黒はっきり分かれる災害です。どちらになるかは紙一重なので、結果を明確に示しましょうというのが、この『逃げトレ』のコンセプトなんです。津波が海岸線に到達した後、いつ、どのように浸水してくるかを動画で示した津波浸水シミュレーションと、GPSによる位置情報を元に、自分が今どのような状態にあるのか、津波はいつ頃どのように押し寄せてくるのか、どう時間を計算して逃げるべきかなど訓練を繰り返すことで、より自分に合った避難方法を追求していくことが出来ます。避難所MAPもあるので、どこを目指して逃げればよいかも知ることができます」

――なるほど。だからスマホのアプリなんですね。自分に合った避難方法がわかるというのもありがたいです。ところで、これはどこにいても使えるものなのですか? 例えば京都市内とか。

李さん
「実際に『逃げトレ』が使えるところは、南海トラフの津波の想定がある海辺に限定されています。例えば、千葉から始まる関東、中部や関西地方の太平洋側の沿岸部など。あと、四国全体や中国地方の瀬戸内海側の沿岸部でも、津波浸水シミュレーションは作動します」

※「逃げトレ」のサービス提供範囲はコチラ:https://nigetore.jp/service.html

――今ここ(宇治市)では体験できないのですね。うーん、実際にどのようにアプリが動くのか見てみたいのですが……。

岡田さん
「今度、大阪府堺市で津波避難訓練があるんです。そこで私達と一緒に、『逃げトレ』を使って実際に避難訓練してみませんか?」

おぉ!それは是非とも!!ということで、「ザッツ京大」編集部も、津波避難訓練に参加させてもらうことになりました。

 

堺市西区の津波避難訓練に参加!アプリを使ってみた

避難訓練当日――大阪府堺市西区、集合場所である沿岸部に近い公園にやってきた編集部。
大阪湾に面した堺市西区では毎年、南海トラフ地震を想定した津波避難訓練が自主的に行われ、多くの区民が自主的に参加しています。
矢守研究室では、「逃げトレ」の開発のため5年間、西区に実験を協力してもらっていたそうです。

区民の皆さんは朝10時に鳴るサイレンと同時に、思い思いの場所からスタートしますが、わたし達はちょっと早めにスタートしました。
矢守先生や岡田さん、矢守先生の研究を勉強に来た学生さん達と一緒に早速「逃げトレ」アプリを起動しました。

まずは、避難開始時間を設定します。
地震が起こってから何分後に避難しますか?ということで、これは津波避難の○☓を決める重要な要因だそうです。

矢守先生
「地震の揺れの後、人によって避難を開始する時間って違いますよね。南海トラフ地震の場合、太平洋沖で地震が起こり、津波が生まれます。地震の揺れの直後に津波が押し寄せて来る厳しい地域もありますが、場所によって津波がやってくる時間は違うんです。
この堺市に津波が来るのは、地震の揺れからおよそ100〜110分後と言われています。が、避難用の荷物をまとめたり、学校や会社に家族を迎えに行ったり、近所の一人暮らしのおばあちゃんを助けたり……なんてしていると、あっという間に時間が過ぎてしまうんです」

今回は矢守先生の提案で、避難できるか否かギリギリのタイミングである105分(1時間45分)に設定してみました。
さぁ、無事に逃げられるでしょうか……ドキドキ。
いざ、避難訓練スタートです!

矢守先生
「今日は波が追いかけてきたり、ギリギリのところや場合によっては波に捕まってしまうことも体験しつつ、『逃げトレ』を体感してもらおうと思います!津波がどのようにやってくるかを体感してもらうため、本来であれば逃げるべきではない方向にわざと行ってみますね」

そう言って川がある方角に向かって歩きだした先生の説明によると、津波は必ずしも海側からやってくるわけではなく、川の方から先にやってくることもあるそうです。
まだ記憶に新しい東日本大震災の時も、津波は河川を遡上してやってきました。海からやってくる津波と、河川を遡上して先回りしてきた津波、その両者に前と後ろを挟まれるケースもあったと言います。
津波は陸上に上がってから、大体時速40キロくらい、車くらいの速さで動くのだそうです。これは、かなり速い!!
今いる場所はじっとしていると深さ3メートルくらい浸水するエリアなので、かなり切迫した状況です……!

アプリから「5分以内に津波がきます」とアナウンスが聞こえ、画面を見ると赤くなってます!!
そして、まさに我々の進路は画面上で前と後ろに津波が迫ってきてる! 挟まれた!!
訓練とは言え、リアルで焦ります……もうダメだ〜

ブブー!という残念そうな音と、無情なアナウンスが。
「避難失敗。追いつかれました。訓練は続けてください」
……あえなく捕まってしまいました。

このように前後を挟まれて逃げ場がなくなったり、津波に追いつかれてしまいそうになった時は、近くの避難指定ビルに上がること。これが迫りくる津波から逃れる術だと言います。
なるほど……普段から逃げる方角や複数の避難ルート、いざという時にこのマーク(写真)を知っているか、近くの避難指定ビルはどこかを知っておくということは、とても大事なことですね。あと、避難時はどんなに小さい川だったとしても、河川の側は避けて避難しましょう。

気を取り直して、再チャレンジです。
今度は、さっきより少しだけ避難開始の時間を早め、100分(1時間40分)で再スタート!

画面の色は津波が迫っている危険度を表しており、赤(5分以内)〜オレンジ(15分以内)〜黄色(30分以内)〜黄緑(30分以上余裕はあるが津波が来る区域内)〜緑(津波が来ない安全区域)で区分けされ、移動するごとに変化していくので、今自分がいる場所が安全なのかそうでないのか、一目でわかります。
今度は、ちゃんと目的地である避難所・浜寺中学校を目指して歩みを進めました。

この「逃げトレ」アプリは、2014年から矢守研究室のメンバーを中心に、津波シミュレーションはつくば市にある防災科学技術研究所の鈴木進吾先生、京都のデザイン会社(GK京都)とシステム開発会社(R2メディア・ソリューション)が共同で開発にあたり、2018年の秋に一般向けにリリースされました。

画面のデザインはもちろん、効果音やアナウンスの声音に至るまで、随所に人を動かす工夫が施されているのだそうです。

岡田さん
「人には、ちょっと不快に感じて注意を促してくれる音域があるそうなんです。絶対音感を持つプロの方に依頼して、その音域の中で音を作ってもらいました。アナウンスの声にしても、人の雑踏の中にいてもはっきり聞こえて警戒心をあおりつつも、不安を軽減するような柔らかい声といった絶妙なトーンの声を、プロの声優さんに当ててもらいました」

大事なことは、この「逃げトレ」は、あくまで訓練用であり、実際に南海トラフ地震が起こった時に使うものではありません。
今、画面上に表示されている津波シミュレーションは、内閣府が出した最悪想定のものだそうです。南海トラフ地震には無限のバリエーションがあり、これはその中の1つで最悪の場合を再現しているに過ぎず、実際には津波はこのような形ではこないかもしれません。このアプリの結果だけを鵜呑みにせず、本当に地震が起こった時は迅速に逃げてくださいね。

では、なぜこのアプリでの避難訓練を続けて欲しいのか……矢守先生はこのように語ります。
「むやみに地震を恐れてもしょうがないし、かと言って安心している訳にもいきません。人それぞれに、逃げるスピードや時間など、自分のコンディションがあると思います。あくまでも想定ですが、いざ本当に津波が来た時にどのように動くべきか、自分の意識を高めてもらうツールとして役立てば……と思っています」

気づけば、大勢の区民が浜寺中学校へ向かって歩いていました。
矢守研究室&ザッツ編集部も、今度は無事に学校に到着です!おつかれさまでした!!

 

生きた防災の知識を学ぶ

避難訓練後、中学校の体育館では矢守先生による防災講演会が行われました。
5年間のアプリ実験協力の御礼と成果、そして屋内避難訓練(※)や、他の地域で行われている防災の取り組みについて語られ、小学生からお年寄りまで多くの区民が耳を傾け、防災に関する認識をより高めました。
普段は内陸部にいるため気づきませんでしたが、海の近くに住んでいる方ほど防災意識は高く、危機感を持って生活されているのを目の当たりにしました。
※屋内避難訓練:屋外に出る避難訓練が厳しい高齢者向けの、玄関まで出てきてもらう屋内での避難訓練。玄関先まで出られれば、救助を受けられる確率は格段に上がる。

……編集部は、このような津波を想定した避難訓練に参加したのは初めてでしたし、学んだことがたくさんありました。地震は、いつ起こるかわかりません。普段は海辺近くに住んでいなくても、もしかしたら旅行や研修や仕事で行った場所で地震に遭遇するかもしれない……“自分は関係ない”ではなく、防災意識はみんなが持っていなければならないものだと強く感じました。

「こういうアプリは作って終わりではありません。作っただけでは普及せず、これを使って次にどのような避難訓練プログラムを作るかということが大事だと思っています。電気じかけのモノを作るだけでなく、それをどう社会にスムーズに落とし込んでいくかがひとつの苦労であり、大事なところです」と語ってくれた研究室の岡田さん。
“生きた防災”の普及に邁進する矢守研究室の挑戦は、まだまだこれからも続きます!

 

津波避難訓練アプリ「逃げトレ」について、詳しくはこちら!
https://nigetore.jp

京都大学防災研究所・矢守研究室ホームページ
http://idrs.dpri.kyoto-u.ac.jp/yamorilab/