2019.04.19
ようこそ京大へ!夢にむかって自由に羽ばたく新入生!
People
No.49
update.2021.11.24
年々、目にすることが多くなってきた「学際」というキーワード。それをタイトルに含む論文も増えてきています。全国の大学において学際的な研究をサポートする組織も多くあり、京大にも「学際融合教育研究推進センター」が存在します。同センターでは、学内で立ち上がる分野横断的な取り組みを支援し、積極的に融合を促進させていますが…そもそも「学際」とは何なのか、またどんな意義があるものなのでしょうか?
匿名での意見交換企画「京大100人論文」の運営や全国初の学際研究に特化した対話型学術誌『といとうとい』の発行などを手がけている、同センターの宮野公樹准教授にお話をうかがいました!
――何となくのイメージはあるんですけど、明確にはわからなくて…。まずは「学際」とは何か、というところから教えていただけますか。
「一般的には、異なる複数の分野が協働して研究すること、あるいは、ある分野の研究を別の分野からも考察し、複数分野の立場から研究することなどを 『学際的』と呼んでいます。ただ、もうちょっと深く捉える必要があると思っています。そもそも他分野と連携や融合をしていない分野なんてありませんしね。たとえば地理学ひとつとっても、測量の数字も使えば、地元の方にヒアリングをする文化人類学的な側面もあれば、その土地の歴史とも絡む。『○○学』なんてものは、単なるラベルづけであって、厳密に定義づけできるはずがない。すなわち学際とは、学問本来の姿を指しているんです」
――そもそも「○○学」という分野ができたのも後づけだと。
「すべての分野は入口でしかなく、1つの分野に留まる問いなんてありません。入口から辿っていけば、最終的には哲学に行きつくはずです。アインシュタイン、ハイゼンベルクなど歴史上の名だたる科学者は、科学を追究すると同時に疑い、形而上学、つまりは哲学のほうに必ず考えが及んでいます。もちろん専門性を軽視しているわけではありません。しかし、少々乱暴にいいますと、『科学』というものの性質は『なぜ、あるのか』という存在論を横置きしてHowに特化するものであり、それゆえ、ここまでもの発展をしてきているのです。このことを忘れてはいけません。」
――科学というものを学問の原点からみないといけない、ということですか。
「何かについて突き詰めつつも、同時にものすごく醒めた目で『なぜ自分はこれに関心があるのか』と自分自身を見つめるのが学問です。今日、「課題解決」が非常に重視されてますが、その課題は本当に解決すべき課題か、と問いかけることが学問の構えです。加えて、その課題がなぜ生じたのかにも想いを馳せなければ、また次の課題を生むだけのこと。もちろん課題は解決したほうがいい。僕だって病気は治したいし、災害は防ぎたい。しかし、単に目の前の不都合を都合に変えたいといった短絡的な思考では、本質的には何も変わらないのです。」
――そもそものところ、本質をおさえるのが学問であるということですね。
「ところが、なかなかそもそも論を展開し、内省しあうような対話が、今、大学ではしづらくなっている。それは過度の業績競争や管理強化に原因があるのですが、―この状況を招いたのは大学自身なわけですが― そのようなことを考えた結果、『京大100人論文』や『といとうとい』を始めるに至ったんです」
――ではまず「京大100人論文」の内容から詳しく教えてください。
「このイベントでは、さまざまな分野の京大の研究者が、自分の研究テーマに関する1枚の写真と3つの設問を無記名で掲示し、会場に訪れた人たちが掲示に対する意見を付箋に無記名で書いて投稿します。匿名にすることで、分野を越えた本音の意見交換ができ、本質的な対話や研鑽の機会を生み出してきました」
――コロナ禍により、昨年度からオンラインになったんですよね。
「そうです。ネットを通じて、誰でも自由にバーチャル付箋でコメントできるように再構築しました。うれしいのは、参加者が『とても学べた。良かった』と言ってくれること。希望に応じ研究者同士のマッチングもサポートしているんですが、そこで出会った人たちが、別途、反省会やワークショップを開いたりしてくれているのも、とてもうれしいです」
――立場を超えて話すことで自然発生的に交流が深まっているんですね。
「情けない話ですが、学者だって研究者だって人間ですから、どうしても相手をみて話します。自分より立場が上の方には、言いづらいこともあるでしょうし、その逆もしかり。ですから、その偏見を取っ払うための匿名性なんですよ」
――オンライン開催だと、さらに気軽に書き込めそうです。
「昨年、初めてオンラインで開催するにあたり、匿名性は保ちつつも事前登録制にしようと提案したところ、一緒に準備を進めていたクリエイターたちに納得してもらえなかったんですよね(苦笑)。『SNSで100人論文のURLが流れてきた瞬間に全体像が見られてコメントができる状態でないと意味ないですよ』なんて言われて。悩みに悩みましたが、誰でもいきなり参加可能という形に踏み切りました。取り組みの意図を理解してもらえるようにメッセージ性を極限まで高め、企画趣旨を誠実に掲げるようにしました。結果、付箋上での対話がとても活発化し、対面のときに勝るとも劣らない誠実な対話が生まれました」
――全国から参加できるのはもちろん、その場でキャッチボールもできますし、ますます広がりそうですね。
「この『100人論文』のモデルは、研究者らの研鑽やマッチングの優良事例として、現在10以上の大学でも展開されています。こういうことを面白いと思ってくれる人を、もっと増やしたいですね。むきだしの興味関心を磨き合うという、学問の原点に立ち返ってほしいです」
――『といとうとい』についても教えてください。
「分類や専門で区切ることができない多様なテーマや問いから学問に挑む 『対話型学術誌』です。2021年6月に発行した創刊準備号では、編集委員が書いてほしい人一人ずつに声をかけましたが、創刊号からは広く投稿を募集し、掲載していく予定です。さらには、さまざまな分野の研究者に査読者でなく編集委員として入ってもらっており、執筆者とのコメントのやりとりをすべて公開。対話を重視し、テーマも鍛えられるよう配慮しました」
――そもそも、なぜ作られたのでしょう。
「学際は学問本来の姿なのに、学際研究には発表の場が多くないんですよ。現状の学術界のシステムが『○○学』ありきという、専門固定化のもとに組まれたものなので、学際的なテーマを選択すると制度的な悩みに直面してしまう。論文の投稿先がなく、たとえ投稿しても査読者は自分の専門分野の視点から判断するので、評価が正しくされにくいんですよ。今の学術界の構造を変えようとは思いませんが、何とか学際領域に光を当てたい。そんな思いで着手しました」
――スタンスだけでなく何もかもが、いわゆる論文誌とは全く違いますよね。
「論文という形式を問い直し、既存の形式にとらわれず学問を具現化する構成にしようと心がけました。言葉で伝えきれない意思や感情を伝えるため、レイアウトや挿入する写真にもこだわっています。また各論考に対し、響くタイトルや読み手を誘導するリード文、執筆者が一番言いたかったであろうことをまとめた解説エッセーを編集者で作成するなどの工夫もしました」
――実際、創刊準備号は「論文ってなんだろう」と感じさせてくれるものでした。
「手に取ったら『なんだこれは』となりますよね(笑)。今の学会の論文って、ある意味、その学会内で閉じているんですよ。だけど、学問は別に大学の専売特許じゃない。誰でもどこでも学問することができます。なので『といとうとい』は、最初から全方位に開かれています。ネット通販でも一般書店でも売っていますし」
――確かに、論文誌として渡されたら驚きますね。
「だから『対話型学術誌』と名づけ、論文ではなく論考と呼んでいるんです。とはいえ、作る前は『こんなの論文じゃない』と研究者に言われたらどうしようと、少し不安に思いました。最初は、理解もされないかもしれない。だけどそれはニュージャンルを作るものの宿命だなと吹っ切って。そう考えてまっとうに学問の具現化にこだわって作ったら、テイストが全然違うものに仕上がりました」
――対話を重視するのと同時に、対話を通じて作っていく過程もオープンにされているのが面白いですよね。
「紙面に掲載した論考や対話に加え、編集委員によるコメントと執筆の過程を収録したドキュメントをWebアーカイブで公開していますからね。最初にもらった原案と、バージョン2、最終稿と載せていますが、その変化が露骨にわかる(笑)。他にも、執筆者に『読んでほしい人いる?』と訊ね、名前が挙がった養老孟司さんや村上陽一郎さんらスペシャルゲストからコメントをもらっています。執筆者に対してものすごくサポーティブです。」
――そのあたりも編集側がつなげていったんですね。原稿をもらって単に載せるわけではないから、相当な労力がかかっていそうです…。
「最初は、作り手も書き手も手探り状態。だって、この世にまだないものを作ろうとしてたのだから。なので、ものすごく手間がかかり、完成までに約1年を要しました。創刊号は2022年末に出せるよう、準備を進めているところです」
――宮野先生が、学問の本質である学際に興味を持ったきっかけって何だったんでしょう。
「もともと立命館大学で機械工学を専攻して学位を取得し、その後、九州大学の応用力学研究所で金属材料の強度計算などを行っていました。だけどある朝、さぁ頑張って研究しようと起きたとき、ふと頭に浮かんだのは、自分が金属片を研磨する姿でも、顕微鏡で観察する姿でもなく、そのときの担当院生とのミーティング風景だったんです」
――実験シーンではなく、対話のシーンだったと。
「そこでふと、いずれ自分はそちらが主軸になるだろうと気づき、コーチングやカウンセリングの本、プレゼンのためのビジネス書などを読みはじめました。
今でこそHowではなくWhyを、DoingではなくBeingを重視していますが、一回どっぷりHowとDoingに浸かっていた頃があったんですよね(笑)。30代半ばで京大に来ると、プロジェクトのマネジメントを必死にやる必要がでてきた。そこでがんばってたら、面白い人がいると目を掛けてもらえるようになって。当時の総長の学事補佐をすることになったと同時に、学術調査官として文部科学省でも働くことに。それらの経験から、強制的にアンラーニングされたんですよ」
――考え方が180度変わるぐらいの?
「だって、普段は『自分の研究』が主語だったのに、突然『大学が』とか、さらには『日本が』とかに変わるわけでしょう。いろんな体験を通じて、今の大学って何だろう、大学が担うとされている学問って何だろうと、興味関心が学問論や大学論へとシフトしていきました」
――重点がHowやDoingからWhyやBeing、つまり「どう、やるのか」から「なぜ、あるのか」に切り替わったんですね。
「もちろん大事な研究はあります。ただ、大学でやるならば、学問に資する研究であることが意味を持つ。それが『イノベーションにつながっていない』といったように、企業と同じ目線で評価されてしまうこともある。しかし学問は、むしろイノベーションとは何かを問う側でしょう。今は学問本来の役目が弱くなりすぎています」
――大学の大学らしさが弱まってきていると。
「『研究』の評価軸としては、論文の量や質といった目に見えるものを扱っていますが、『学問』の方は物差しで測れるものではありません。そして、大学の本分はいうまでもなく学問です。目に見えないものを評価しづらいからといって、横置きするべきではない。今日、学術界はなかなか素晴らしい環境下、状況にあるとは言えませんが、やっぱり、歯を食いしばっても大学は学問をするところ、って言いたいし、そうであるように僕はがんばりたい。」
――京大以外でも、学際系の組織って多くありますが、ほかのところも宮野先生のような考え方で取り組まれているんでしょうか?
「日本の大学にある組織のホームページを徹底的に調べたところ、そのミッションのなかに『学際』や『異分野融合』、『異分野研究』を含む組織は、2021年10月時点で約50ほどありました。だけど独自で学際研究の助成や異分野交流会など行うにも、なかなかそこまで手が回らない組織も少なくない。結局は研究者も、主たる専門に留まったほうが論文も書きやすいから、学際の優先順位が低くなってしまい、結果、異分野と積極的に連携しようという人材や組織って、それほど多くないように見受けられます」
――「100人論文」も『といとうとい』も、先駆的な取り組みでしたし、そういったことをやろうと思っても、なかなか難しいのが現実だと。
「そんな現状を打破しようと、学際を推進すると掲げる組織と連携できないかと考えています。学際を掲げる財団も10以上ありましたので、そこにも声をかけようと動きだしたところです」
――それは面白そうですね! 今まで個々に動いていた組織が連携すれば、できることも増えそうです。
「2021年3月に策定された、『第6期科学技術・イノベーション基本計画』では、『総合知』を創出・活用することが定着すると謳われています。国が明文化したことで、今後よりいっそう学際や総合知が重視されるでしょうし、ぜひみんなで集まって力を合わせたい。『100人論文』や『といとうとい』を一つの入口、武器として、全国でムーブメントを起こせればと考えています」
――全国の学際研究の推進を考えているんですね。
「社会や学術界を変えたいとは思っていませんが、今、学際研究をしていて悩んでいる先生や若手をなんとかしたいなと。だって、よりほんとうの学問に近いことをしてるのに報われないって、ちょっとつらいでしょ。」
――それをきっかけに、学際研究、すなわち学問そのものに興味を持つ人や発表の場が増えていく…そんな好循環が生まれていくことを期待しています!