学問とイラストを融合させる、科学イラストレーターを目指して

  • ザッツ (140)

植物や生物の図鑑で、とても精密に描かれた挿絵を見たことはありませんか?特徴を伝えるうえでは、写真以上にわかりやすいこともあるそうしたイラストは「科学イラスト(サイエンティフィックイラストレーション)」と呼ばれ、描くには精確な科学的知識と高度な描画技術が欠かせません。

京都大学には、そんな科学イラストに取り組んでいる学生がいます。それが、総合人間学部の田中花音さん。

日本ではあまり馴染みのない分野ですが、田中さんはどのようにしてその道に足を踏み入れ、学んでいるのでしょうか?

早速田中さんに直撃しました!

文系・理系を問わず、幅広く学べる総合人間学部

––田中さんは関東出身だそうですが、どのようなきっかけで京都大学に入学しようと思ったのでしょうか?
「クラスを文系・理系に分けない高校に通っていたということもあり、進学する学部に対して特に強い希望はありませんでした。3年生になっていろいろと調べていくなかで、京都大学の総合人間学部の存在を知り、入学時に文系・理系を決める必要がなく、入学してから総合的に学んでいく過程でやりたいことを見つけられるというところに惹かれました」

––京都大学ならではの総合人間学部に興味を持ったんですね。入学後、多様な分野を学んでみて、とくにおもしろかったのは?
「最初は文化人類学がおもしろくて、卒業論文もその分野で書こうと考えていました。でも2回生のときに受けた生物の授業で大きく方向転換したんです。水族館や動物園のバックヤードを見学したり、生物模型を製作している会社を訪問したり、吉田山に登ってキノコを採集したりといった内容だったのですが、それがすごく楽しくて。それから生物系の授業を積極的に受けるようになりました。ウシガエルを解剖して骨格標本を作る授業もありましたね」

––一気に生物分野に目覚めていったんですね。科学イラストにも、生物系の授業を受けるなかで出会ったのでしょうか?
「はい。ウシガエルの解剖実習中、私のグルーガンでの落書きを見た先生が『生物やイラストが好きなら、科学イラストという分野があるよ』と教えてくださったんです

––なるほど。そもそもの質問なのですが、科学イラストとはどういったものを指すのでしょうか?
「定義が幅広いので、はっきりと説明するのは難しいのですが……簡単にいうと研究論文やそのプレスリリースや図鑑に使われるような、正しい科学的知識に基づいて描かれるイラストです。緻密で写実的なイラストもあれば、デフォルメされたものもあります。もともと好きだったイラストと学問を融合させられるというところに大きな魅力を感じました」

学べる環境を求めてパリ自然史博物館のインターンに

––科学イラストは、どのように学んでいるのでしょうか?
「興味をもったのはいいものの、日本では勉強できる場所がありませんでした。1校だけ医療系イラストを学べる大学があったのですが、私が描きたかったのは生物も含めた科学イラスト。動植物の描き方を幅広く学ぼうとすると、海外しか選択肢がありませんでした。そこで3回生のとき、フランスのパリにあるパリ自然史博物館のインターンに参加したんです

––すごい行動力ですね!その博物館でのインターンはどうやって見つけたのですか?
「私に科学イラストのことを教えてくださった先生がフランス人のプロのイラストレーターの方と知り合いだったんです。その方にコンタクトをとって、インターンが実現しました」

––インターンに参加して特に印象に残ったことは?
「イラストレーターのための環境が整っているなと感じました。常にスケッチをしていたところや、研究者と密にコミュニケーションをとりながら制作していたのが印象に残っています。

ただ、1カ月滞在する予定だったのですが、新型コロナウイルスの影響で、2週間ほどで日本に帰国することになってしまって……。とても残念でしたが、パリ滞在中にオンラインでも学べるコースがあるということを知ったので、帰国後はオーストラリアの大学の講座を2カ月ほど受けました。そのあとに、アメリカのイラストレーターによるプログラムも1年半ほど受講。これは一通り修了して、あとは海外インターンを残すのみとなりました。インターンの内容は各自に任されているので、大学院に進学してから挑戦しようと計画中です」

パリ自然史博物館内を見学する田中さん(左)とパリ滞在中に描いたEpimachus speciosusのイラスト(右)

大切なのは科学的に正確であること。実制作の前に、徹底的な下調べが不可欠

––すごくグローバルに学ばれているんですね。イラストはどのような工程で制作するのですか?
「大きく分けて、下調べ、スケッチ、彩色の3段階があります。いちばん時間がかかるのが下調べ。科学の内容を正しく伝える必要があるので、できる限り情報を集めます。

例えばこれは、ゼミの先生や先輩たちの研究グループが国際学術誌に論文を発表したときの、プレスリリースのイラストなのですが……」

福山伊吹 人間・環境学研究科博士課程学生(2021年12月現在)、西川完途 地球環境学堂准教授らの研究グループが、ボルネオ島に生息するセダカヘビの一種が下顎をノコギリのように使うことを発見し、国際学術誌「Scientific Reports」に発表。くわしくはこちら からご覧ください。

「このときは生きたヘビを直接見ることができなかったので、標本や写真、動画などを参考にしてスケッチを重ねました。論文を読むだけでなく、執筆にあたり使われた資料も確認して、骨のCTスキャンも見ました」

––事実に基づいて非常に厳密に描かれるんですね。
「そうですね。ただリアルというだけでなく、種を分類する形質を正しく描く必要があります。例えばヘビは頭のウロコの数や位置によって見分けたりするので、細かい部分も気が抜けません。私はまだまだ勉強中なので、先輩の指示でかなり修正もしました」

––科学イラストの、どういったところにやりがいを感じますか?
おもしろいことをしている研究者はたくさんいますが、それを専門外の人に伝えるのって難しいですよね。でもイラストにすればその分野以外の人の目も惹くことができるし、もしかすると論文も読んでもらえるかもしれません。そうしたきっかけづくりの役割を果たせることがうれしいです

田中さんの作業環境。左がデジタルで、右がアナログ。いずれの手法でも、標本をじっくり観察しながら、イラストを描き上げていく

イラストをよりわかりやすく見せるため、デザイン性も追求

––今は科学イラストレーターとして活動されているのでしょうか?
「知り合いの研究者のためにイラストを描いたりはしていますが、今はどちらかといえばデザインの仕事のほうが忙しくなっています」

––デザインのお仕事もされているんですか?
「はい。4回生の後期から今年の前期にかけて休学して、ウェブ制作会社のインターンをしていました。復学した今も同じ会社や違う会社で、ウェブサイトやアプリ、フライヤー、ロゴなどのデザインを手がけています。それ以外に、フリーランスのデザイナー・イラストレーターとして仕事を受けることもあります」

––それは忙しそうですね。どうしてデザインを?
「いろいろな科学イラストを見て、デザイン性も必要だと感じたんです。複数のイラストを並べるときは高さを揃えるといったように、基本的なことでも少し整えるだけで見栄えに大きく影響してくるんですよね。ゼミや学会発表に使う資料でも、配置や色を工夫するだけですごく見やすくなります。そういったことについて、ウェブデザインの世界なら本格的に学べると思いました」

––学生でありながら科学イラストレーターだけでなく、デザイナーとしても活動しながら学んでいるのはすごいですね。
「イラストを描くからこそ、デザインにもこだわりたくて。先ほどのヘビのイラストを描いていたときは写真も見たのですが、鱗に光沢があるので一部が光っていて見えにくかったりしたんです。写真ごとにアングルも違うので、並べてみても違いがわかりづらかったり。でもイラストにするとき、細かい部分まで描いて向きを揃えると、見る人は比較しやすくなりますよね。そうした『おもしろくてわかりやすい』とはどういうことなのかが、デザインを学ぶことで見えてくるような気がしています」

フライヤーのデザインも手掛ける

自分で研究した経験があるからこそ、描けるイラストもある

––今後もデザインの仕事を続けていく予定ですか?
「はい。最近はデザインの仕事が忙しくなりすぎてしまっているのですが(笑)、科学イラストとデザインを包括的にやっていきたいと思っています。これからの時代、イラストだけで生きていくのは難しいと思うので、デザインの技術や知識ももっと習得したいです」

––学業面では、今は卒業論文の執筆中でしょうか。
「いえ、卒業論文はすでに提出しました。流水のなかで卵を産むナガレヒキガエルと、ほかのヒキガエルを成長の段階ごとに比較した論文なのですが、学術誌にも投稿して、掲載されることが決定しています。今は沖縄に生息するリュウキュウカジカガエルと本州のカジカカエルとを比較しています。成長の段階ごとに15〜20体ずつ見ないと解析できないのですが、その段階が40以上あるのでなかなか大変です」

調査のために訪れた沖縄島北部の山原(やんばる)で見た生き物をイラストに

––それは時間がかかりそうですね!卒業後は、大学院に進学されるんですよね。
「はい、京都大学大学院地球環境学堂に進学する予定です。先ほどお話した研究を引き続き行いながら、イラスト制作やデザインにも取り組みたいと思っています。

修士課程を修了していない科学イラストレーターもいますが、やっぱり自分が実際に研究して、論文を書いてみないとわからないことがあると思うんですよね。できれば博士課程にも進みたいと考えています」

––将来的にはフリーランスで活動される予定なのでしょうか?
「それも考えていますが、科学知識や研究を一般の方にわかりやすく紹介する、博物館や大学などの学術機関のサイエンスコミュニケーターにも興味があります」

写実的なイラストだけでなく、依頼によってはデフォルメした絵柄でも描くという田中さん。これは中学校で行われたオオサンショウウオの講座用に制作されたイラスト。このイラストをプリントしたクリアファイルが京都水族館で販売中

やりたいことを見つけるコツは、芽生えた興味にどんどんアプローチすること

––京都大学に入学してよかったことを教えてください。
「やっぱり周りにすごい人がたくさんいることですね。高校までは出会ったことがなかったような、個性的で頭のいい人たちが身近にいて、努力家も多いです。また各分野のトップランナーである先生方が、学生のやりたいことを応援してくれるのも魅力。学ぶには最適な環境だと思います」

––大学で科学イラストという熱中できる分野に出会った田中さん。やりたいことを見つけるコツを教えてもらえますか?
少しでも興味をそそられることがあれば、アプローチしてみることが大切だと思います。そのなかで見えてくるものがあるし、大学はいろんな挑戦がしやすい場所。京大には各分野のエキスパートである先生がいらっしゃるので、自分の興味につながりそうな何かをきっと見つけられるはずです」

––いろいろなことを学んできたなかで、自分の変化や成長を実感することはありますか?
「過去のイラストやデザインを見返して『うわあ』と恥ずかしくなってしまうことがあります(笑)でも、それは見えているものの解像度が高くなったということだと思うんです。経験を積めば積むほど、気をつけるべき点や考えるべき点がわかってくる。そういう自分自身の変化を楽しんでいます

––自身の興味に対してまっすぐに取り組むことで、学生生活がとても充実したものになっているんですね。最後にこれから大学生になる人へ、メッセージをお願いします。
「今のように科学イラストレーターやデザイナーの仕事を通して、お金という対価をいただけることはもちろんありがたいですし、やりがいも感じています。でも4回生までは、居合道部の活動が学生生活の主軸でした。居合道に打ち込んだ、学生ならではの日々も自分にとっては大きな意味を持っています。お金にならないことや就職につながらないことでも、大学でしかできないことがある。そういった経験も大切にして、学生生活を送ってもらえたらと思います

––田中さん、ありがとうございました!


関連リンク
Kanon Tanaka (田中さんのWebサイト)


 

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