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No.167

update.2025.05.28

世界初の木造人工衛星「LignoSat」とは?―学生チームが語る開発秘話―

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2024年12月9日、世界初となる木造の人工衛星が、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」から宇宙空間へ放出されました。一辺10センチの小さなキューブ型木造人工衛星「LignoSat(リグノサット)」(Lignoはラテン語で木の意味)は約4年がかりで開発が行われ、そこには学生たちの活躍もあったのです。今回は、その開発に取り組んだ京大宇宙木材プロジェクトの学生チームチームリーダー、細辻一さん(工学研究科修士2回生)に、「LignoSat」の開発、そして宇宙での放出までの裏側や取り組みにかける思いなどをインタビューしてきました!

ISSからLignoSat(写真中央)が放出された様子 (C)JAXA

実は相性バッチリ!宇宙と木材

――まず、木造人工衛星を開発する京大宇宙木材プロジェクトとは、どのようなものなのか教えてください。

「宇宙飛行士の土井隆雄先生(2025年3月まで本学の総合生存学館特定教授として在籍)が、宇宙での木材利用の可能性を探るためにスタートさせたプロジェクトです。はじまりは、月に木を植えたいという土井先生のロマンがきっかけだったそうで……(笑)、2020年くらいから木造人工衛星を作るプロジェクトとして始動し、私は2021年から学生チームに参加しました」

京大宇宙木材プロジェクトの学生チームリーダー、細辻さん。
普段活動している実験室にお邪魔しました。

――そもそも、なぜ宇宙で「木材」なのでしょうか。

「実は、木材は宇宙と相性がいいんです。まず、宇宙空間で木材の物性はあまり変わらないんですね。湿気や酸素がないので腐ることもありません。それに、たとえば将来火星に木を植えることができれば、木材を火星でも調達できるようになります。木材は宇宙進出に欠かせない再生可能な資源になる可能性があるわけです。

さらに現在、大量に打ち上げられている人工衛星は、役目を終え、大気に落ちて燃え尽きる際に、金属の粒子を出してしまう問題があります。これが木材だと、燃え尽きても二酸化炭素と水になるだけですから、環境にも良いといえます

――なるほど! 宇宙と木材の組み合わせには意外なイメージがありましたが、いろいろなメリットがあるのですね。ちなみに、どうしてこのプロジェクトに参加したのですか?

「同じ高校から京大に来ている、宇宙が大好きな友人に誘われたのがきっかけです。私自身、元々ものづくりに興味があり宇宙も好きだったので、学生チームに参加しました」

発足当初の学生チーム(LignoSat開発当初より協力をお願いしている九州工業大学にて)

木材ならではの苦労、そして妥協を許さないプロ意識

――学生チームではどんな活動が行われているのですか。

「チームは5つの班に分かれていて、それぞれ何かしらの役割を担っています。私は構造設計をするSTRUC班に入って、実際にCADで人工衛星を設計したり解析したりしていました。当初は1班2名程度だったのですが、人数が増え班長が必要になり、STRUC班の班長を経て、3代目のチームリーダーになりました。リーダーになったときには設計作業がほぼ終わっていて、次のステップとしてJAXAの安全審査が始まっていました。提出書類も多く、当時はデスクワークばかりでしたね」

――安全審査とはどのようなものなのですか。

「LignoSatはISSから放出されるため、この人工衛星がISSの宇宙飛行士を傷つけるものではないということを証明しなければなりません。JAXAからは非常に厳しい要求がありました。たとえば、木材から粉塵が出ないかなど。粉が出ると、宇宙飛行士が粉塵を吸い込んでしまったり、ISSの機器に影響を与えたりする危険性があるためです。当時、粉塵が出ないことを確認するために、試験を何度も重ねましたね」

実験室で、機器の動作を細部まで確認する地上試験の様子

――審査だけでなく、様々な面でJAXAとのやり取りがあったと思いますが、宇宙飛行士の経歴を持つ土井先生の存在は大きかったのではないでしょうか。

「そうですね。土井先生は、体力とゴリ押し力が本当にすごくて(笑)。JAXAだけでなく、NASA相手の交渉時もすごく頼もしかったです。これはちょっと難しいかも……と思うようなことも、土井先生が居てくれたから話を進めることができたな、と思うようなこともあります。
あとは、やはり宇宙飛行士なので一切ミスがないよう準備を徹底する方だな、という印象を持ちました。たとえば、人工衛星に搭載する電源として充電式ニッケル水素電池を使っているのですが、土井先生から50本くらい電池の性能を調べ『活きのいい電池』を選ぶというミッションを与えられて、1本ずつ電圧を計測したんですよ。ただ、一度、選定の手順を間違えたことがあって、土井先生から『最初からやり直し!』と。それで50本計測し直した、なんてこともありましたね」

――その徹底ぶりにも驚きですが、諦めずにやり遂げた学生のみなさんの気合いに尊敬します!苦労したことも、振り返ってみれば思い出となるかもしれませんね。

京大正門前で撮影した土井先生(中央の青シャツ着用)と学生チームの記念写真

0.1ミリのずれも許されない!? 職人技が光る伝統工法

――宇宙と木材は相性ピッタリとのことでしたが、逆に木材を使うことのデメリットはありましたか。

「木材は宇宙に行くと水分が抜けて収縮してしまうんです。最初、木材の箱の部分を金属のフレームで上下から挟むような構造にしていたのですが、NASAからその構造だと木材が縮んだときにガタついてしまうと指摘を受けました。人工衛星の寸法は0.1ミリの精度が求められるので、寸法を確保しつつ木材がガタつかないよう、中にシャフトを追加して木材を抑え込めるよう工夫しました。 ISSの放出機構には同じサイズの複数の人工衛星をぴったりとくっつけて並べて格納するので、寸法が厳格に決まっています。また、放出機構の規格でどうしても金属のレール部分を付ける必要がありました。将来的には全部木材の人工衛星を作りたいですね

LignoSatのフライトモデル。温度センサーなどを搭載して、宇宙空間での木材の物性を計測したり、アマチュア無線の新しい通信方法の試みなどを行うために開発されたそうです。

――工法に木材ならではの特徴などはありますか?

「一般的な人工衛星はネジなどを使って固定して組み立てるのですが、LignoSatの木箱の部分は『留形隠し蟻組み接ぎ』という伝統工法を用いていて、ネジを使っていません。この木箱部分を作ってくれているのが、二条城の修繕などにも携わっている滋賀県の黒田工房というところの職人さんで、0.1ミリのズレも許されないという無理難題に毎回しっかりと応えてくれるんです」

――職人さんの超絶技巧! 宇宙×伝統工法も素敵ですね。LignoSatの木材には何の木が使われているのですか。

ホオノキといって、日本刀の鞘にも使われる丈夫な木材を選んだのですが、樹種の選定には苦労しました。宇宙空間に放出した際、真空環境でも性質が変わらないことが求められるので、いろいろな種類の木のサンプルで実験を行いました。その結果、ホオノキとヤマザクラが最終候補に残り、その2つの木材で試作機を作ったのですが、加工性に優れているということもあり、最終的にホオノキになりました」

――昔から日本で使われてきた木材なんですね。まさに日本だからこそできた開発なのかもしれないですね!

試験のために熱電対(温度差を測定するためのセンサ)を内部に取り付けたホオノキの試作品

LignoSat、ついに宇宙へ!そしてプロジェクトは次のステップに

――チームリーダーとして印象に残っていることを教えてください。

「昨年(2024年)ようやくLignoSatが完成してJAXAに納入し、フロリダからスペースXのファルコン9で宇宙に打ち上げられました。そのときのドキドキをメンバーのみんなと共有できたのが一番ですね。卒業して東京に行っていたメンバーも京都に戻ってきて、研究室のプロジェクターで打ち上げのライブ中継をみんなで見守りました。ようやくここまで来たという達成感で感慨深かったです。
ISSに届けられたLignoSatは、その1ヶ月くらいあとに宇宙空間に放出されて、その時もみんなで見守りましたが、本当にすごい緊張感でした」

放出の瞬間をオンラインで見守る京大宇宙木材プロジェクトチームのメンバーたち

――世界初ということで、世間からの期待値は高くプレッシャーもあるかと思いますが、木製の人工衛星を作って宇宙に放出できたというのは本当に大きな成果ですよね。それでは、今後のビジョンを教えてください。

「現在は2号機の開発を進めています。2号機は1号機の2倍のサイズとなり、衛星の内部にアンテナを搭載する予定です。通常、人工衛星は外部にアンテナを設置するのですが、木材は多くの電磁波を素通りさせる『電磁的に透明』な材料なので、内部に設置しても地上との通信に支障が起きないと考えられるからです。

さらに、2号機、3号機と開発していく中で、サイズアップすると同時に、金属部分を可能な限り減らして、より木造人工衛星らしいものが作れたら面白いと思っています。また、土井先生は、木造人工衛星を実用化して、地球低軌道を周回する防災衛星ネットワークを作りたいと言っています(笑)」

木造人工衛星2号機の地上試験モデル

チームで取り組むものづくりはかけがえのない経験

――木造人工衛星のプロジェクトの経験が自分にとって役立っていると感じることはありますか?

「そうですね。専攻している材料工学を学びながら、新しい物質を作り、その磁性の研究をしています。研究内容とプロジェクトの直接のかかわりはないのですが、プロジェクトで培われた体力やコミュニケーション力は役に立っていますね。また、自分の実験の待ち時間などにプロジェクトの部屋に来て後輩としゃべったりすると、いい気分転換になります。また、LignoSatの開発の功績が認められて、令和6年度の「京都大学総長賞」を学生チームで受賞することができました。すごくうれしかったです」

京都大学総長賞とは…

学業・課外活動・社会貢献活動等において顕著な活躍をした学生および学生団体を表彰するもの。
学生チームを代表して総長賞を受賞した細辻さん

――卒業後のビジョンについてはいかがでしょうか。

「LignoSatのように、わくわくするものが作れたら面白いですね。チームで人と関わりながらものづくりがしたいと思っています。意見を出し合いながらそれを形にして完成させるというプロセスは、まさにこのプロジェクトで一番楽しかった体験です」

――細辻さんにとってのキーワードは「人と関わりながらのものづくり」ということですね。それでは、最後に中高生や在学生に向けてメッセージをお願いします!

「京大には、何かやりたいものがあると、一緒にやろうという人がたくさん集まってくれて、その中には何かに長けた個性の光るメンバーが必ずいます。私が京大に来てしみじみよかったと思うのは、こうした人たちとの出会いです。まずは一歩を踏み出して、面白そうな環境に飛び込むことが大事だと思っています。人はつい楽な方へと向かってしまいがちな生き物なので、あえて新しい環境に入っていってみてください。きっとそこで、かけがえのない出会いが得られるはずです」

「自分たちの手で作った人工衛星が、この瞬間もはるか頭上の宇宙を回り続けている」と語った細辻さん。その壮大さにはとても感慨深いものがありました。LignoSatの開発を通して得た経験を活かして、これから先も細辻さんにとってわくわくするものづくりに挑戦していって欲しいです。ありがとうございました!

試作品の数々。LignoSatの完成に至るまで、どれだけの時間と試行錯誤を積み重ねたかを物語っているようでした。