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No.168

update.2025.06.25

音からひも解くイルカの世界~生き物がいる豊かな海を未来にも~

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賢くて人懐っこいイルカは水族館の人気者。これから訪れる暑い夏の日には、イルカジャンプの水しぶきも涼しげに感じますよね。そんな水族館のイルカたちは、研究の面でも私たちに多くのことを教えてくれています。
今回は、水中の音を利用して、イルカなどの水生動物の生態を研究している東南アジア地域研究研究所の木村里子准教授にイルカのあれこれをインタビューしてきました!

イルカなどの生態に「音」からアプローチ

今回はなんと、京都水族館のイルカスタジアムで優雅に泳ぐイルカたちを眺めながらお話を伺いました!

――まず先生の研究内容について教えてください。

「小型鯨類など水中に生息する大型動物について研究しています。学生のときにスナメリというイルカの仲間の研究から始めて、現在はイルカのほかアザラシやウナギも研究対象です。研究手法は音響によるアプローチをメインに行ってきましたが、最近はドローンも使いますし、ビデオによる行動観察もやっています。また、血液中の酸化ストレスの測定値やテロメアから水生動物が受けるストレスの調査にも取り組んでいます」

テロメアとは…
染色体の末端にある構造で、遺伝情報が損失しないよう染色体を保護する「キャップ」のような役割を持っている。テロメアは、ストレスなどによって短縮が加速し、テロメアの短縮が様々な病気のリスクと関連することが知られている。

――音響による研究とはどのようなものなのですか。

「生き物が出す音を録音して生き物の分布や数、行動などを調べます。従来、鯨類の研究では目視による調査を行っていました。野生のイルカの調査では、種の分布と数の把握が重要ですが、私が研究対象にしているスナメリは、鯨類の中でも一番目視観察が難しい種です。スナメリは体が小さく色が地味で、背びれもありません。船が嫌いで近づいて来ないうえに、群れが小さくジャンプもしないので、なかなか見つからないんですね。
一方で、スナメリはエコーロケーション(反響定位)といって周囲の状況を探るための音を、5、6秒に1回くらいの頻度で出し続けているため、スナメリの出す音から音源の場所を特定して個体数を調べる方が目視よりも効率的なんです。ただ、私が使用している機材では6頭くらいまでしか数えられないので、数が多いときは群れの写真を撮って数えることもあります」

どこにスナメリがいるかわかりますか?
(実は中央奥で1頭泳いでいます!)
三河湾で撮影したスナメリ
上半身を出して泳ぐことはとても稀だそうです

――ストレスやテロメアの研究についても教えてください。

「この研究は、音響の研究から発展したものでして。というのも、水中で生きる生き物にとって、『海の騒音』が大きな問題になっているんですね。少し前、騒音下で育ったスズメと静かな環境で育ったスズメとでは、テロメアの長さに違いがみられるという論文が出てからテロメアに興味を持ち、鳥のテロメアを研究している先生や、海遊館(大阪府にある水族館)のマイルカの飼育員さんと一緒に調査をはじめました。イルカには絶滅危惧種が多く、繁殖率の低下はとても大きな問題になります。少しでもストレスの少ない、棲みやすい環境作りに貢献したいと思って研究を続けています」

――なるほど。そのテロメアはどうやって採取するのですか。

「現在イルカ、ウナギ、アザラシを対象にテロメアを測っていますが、種というか分類群によって異なります。例えばウナギのような魚の場合は、特別な許可を得て川から採ってきたウナギや養鰻業者から買ったウナギを対象に、筋肉やひれなどからも採取します。
一方で、アザラシやイルカのような大きい動物は、水族館の個体を対象としており、血液など採取できるものが限られています。本当は野生のイルカで調査をしたいのですが、なかなか難しいですね」

――そもそも先生は、なぜ音響を使った水生動物の研究をはじめられたのですか?

「京大の農学部に入学し、当時日本バイオロギング研究会の会長でジュゴンやウミガメの研究をしている荒井修亮先生の研究室へ入りました。そこで、生物音響を専門としてジュゴンやイルカの研究をしている先生を紹介してくれて。その先生がちょうど中国・揚子江のスナメリ調査で学生ボランティアを募集していたので参加しました」

研究を始めるきっかけとなった中国でのスナメリ調査の様子(撮影:赤松友成)

――ボランティアで参加した調査が今の研究へと発展したのですね。

「そうですね。目視調査と音響調査の比較で良いデータを得ることができ、研究の楽しさを知りました。また、その頃、いつか会いたいと思っていたヨウスコウカワイルカの絶滅発表があって、とても大きなショックを受けました。ヨウスコウカワイルカは人間活動の影響で絶滅した最初の鯨類で、しかもひとつの『科』という生き物のグループがなくなったということもあり、科学界でも大事件でした。当時、揚子江のスナメリも大きく数が減っていたので、保全につながる調査・研究をやりたいと思いました」

どこか人間臭さを感じる? そんなイルカの魅力

――今までの研究を通して感じるイルカの印象を教えてください。

「同じイルカでも種類によって性格が違って、個体ごとに個性もあります。研究を通じて、イルカもまるで人間のようだなと思う場面があり、逆に人間も動物ということか、と思ったりします。例えば、日本海側ではミナミハンドウイルカの音響調査をしているのですが、遺伝学的研究で石川県にいる群れは熊本県から引っ越ししてきたことがわかっています。引っ越しなんてまるで人間みたいですよね?」

――確かに、人間みたいですね(笑)。他にも、意外な生態はありますか?

「珍しい生態というと、イルカは半球睡眠をします。水中で生きるには、水面で息をして水中でエコーロケーションをする必要があるため、人間のように何時間もぐっすり眠るというわけにはいかず、脳は片方ずつ眠るんです」

――人間からしたらゆっくり休めなさそうですね。ところでイルカには言葉のようなものはあるのでしょうか。

「それはまさに私たち研究者が答えを探している問いの一つです。個体ごとに自分の名前のような鳴き声を持っているという説もありますが、まだはっきりとはわかっていません。ただ、住んでいる地域や集団によって鳴き方が違うということはあるようで、方言みたいなものですね」

――なるほど。ちなみに、「ここが可愛い!」と思う推しポイントを教えてください

「スナメリでいうと、船から離れるし全然見えない、そのもどかしさが追いかけたくなる原動力のような気もしています(笑)。あとは、スナメリはほかのイルカに比べて口もとが短いので、正面から見るとにっこり笑っているように見えて、その口がとても可愛いです。」

木村先生が撮影した「マリンワールド海の中道」のスナメリ

フィールド調査だけでは成り立たない!水族館とのタッグ

――現在はどのようなフィールドで活動しているのですか。

「主に日本周辺の海やマレーシアですが、コロナ禍をきっかけに京都水族館をはじめ国内の水族館との連携を深めてきたので、今は、日本での研究の比重が少し大きいです」

――水族館での研究の意義はどのようなところにあるのでしょう。

「野生の場合、簡単には採血ができないため、私たちは水族館のイルカやアザラシなどの血液からテロメアや酸化ストレスを測定しています。そのため、水族館からの協力は不可欠であって、協力してくださる水族館のおかげで、研究を続けることができます。
獣医さんと飼育スタッフのみなさんは、それぞれ業務がある中で私たちの研究にも協力してくれて。同じ個体をずっと見て寄り添ってこられているので、研究を行うにあたりとてもありがたいパートナーです」

学生と一緒に京都水族館のアザラシの行動を観察中
プールに音響装置を取り付けてアザラシの鳴音を調査中
木村先生も今では京都水族館のアザラシを見分けることができるようになったそうです。「体の大きさや模様だけでなく、泳ぎ方やクセ、性格が全然違います!」とのこと。
「ザッツ・京大」の取材に協力してくださった京都水族館の関係者のみなさま、本当にありがとうございました!

――研究で大切にされていることはなんでしょう。

「イルカの研究は、平和で安全な環境があってこそできるものだと感じています。落ち着いて自然を見つめ、研究に集中することができる環境だからこそ、ちょっと先の地球の未来を考えることができると思うんですね。なので、いつも感謝の気持ちを忘れず、研究結果に誠実でありたいと思っています」

未来の世代に生き物がいる楽しい海を残したい

――先生は二児の母でもありますが、育児と研究を両立させる秘訣は何でしょうか。

「両立できているか自信はありませんが(笑)、子どもがいる女性研究者の先輩から、『細くてもいいから長く続けること』とアドバイスされたことが心に響いていて、その先輩のような姿をめざしたいなと思っています。最近は、会議などでも子どものお迎えで早めに帰る男性の先生もいますし、子ども連れで調査に行く先生もいるため、両立しやすい環境にいますね」

シャッターチャンス!インタビュー中、イルカがジャンプを披露してくれました

――研究者としての今後のビジョンや目標はいかがでしょうか。

「イルカの分布や個体数の変化というのは研究者しか出せないエビデンスなので、温暖化などが進み地球環境が大きく変化する中、動物たちの声を届けたいと思っています。イルカは海の生態系の頂点にいる動物なので、生態系の健全性の指標にもなっています。そういった動物を、10年、20年とモニタリングを続けて変化を見るのはとても重要なことだと考えています。そして、水中生物音響分野の研究者は日本に少ないので、後継者を育ててこの研究分野を盛り上げていかなければならないと思っています。
もう一つは、面白い、楽しいと思える自然環境の残った地球を未来に引き継ぎたいということです。自分の子どもが生まれてからは、特にそう強く思うようになりました」

――では最後に、中高生へのメッセージをお願いします。

「私は受験の雰囲気が苦手で受験勉強にストレスを感じていたのですが、浪人してからは時間と心に余裕ができたことでストレスがなくなり、成績が伸びました。勉強を楽しいと思え、今も勉強を続けられています。受験生のみなさんには、ストレスをあまり感じないように、テロメアが短くならないように(笑)、勉強を楽しんでほしいですね!
それから、深く物事を考えたり、新しい世界を知ったりするには、教養がすごく大事です。どんな知識が将来役に立つかわからないので、出会ったすべてに誠実に取り組んでほしいと思います。そういう意味でも京大は刺激が多く、先生も学生もみんな面白いので、いろいろなことが吸収できる環境ではないでしょうか」

木村先生、ありがとうございました!水族館とフィールドでの研究で得られた知見が、水生動物の健全な暮らし、そして豊かな海を守ることにつながることを願ってやみません。ちょっと先の未来のために、これからの先生のご活躍を応援しています。