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No.40

update.2019.09.26

サイコパスはためらわない?−−嘘つきの脳のメカニズム

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こんにちは。
ザッツ・京大編集部です。

突然ですが、みなさんは「サイコパス」という言葉を知っていますか?
サスペンスドラマだと、血も涙もない連続殺人鬼が「サイコパス」と呼ばれていたりしますよね。映画『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士を思い浮かべる人も多いかもしれません。
現実には絶対に出会いたくないタイプですが、どこか興味を惹かれてしまうのも事実です。

平気で嘘をついたり、人を裏切ったりするともいわれるサイコパスですが、京都大学にはそうした人の脳について研究を行った先生がいます。
それが、阿部修士 准教授。
2018年にはその研究成果を発表し、大きな話題を呼びました。

そこで今回は、阿部先生にサイコパスの脳に関する研究について教えていただくことに。先生の大学時代の話も伺いました!

「正直さ」・「不正直さ」を科学する。

認知科学、神経科学、心理学、美学、仏教学、公共政策学など、さまざまな分野の研究者が集まって人の心に関する研究を行なっている「こころの未来研究センター」。阿部先生も、このセンターの一員として研究をしています。
今回の取材では、先生の研究室にお邪魔してお話を伺いました。

−−−阿部先生はどういったことを研究されているんですか?
「人間の意思決定について、とくに正直さ、不正直さという点に焦点を当てて、脳のメカニズムの研究をしています。
たとえばコンビニでおやつを買って、もらったおつりが100円多かったとします。
その100円をスッと返せる人と、葛藤しながら返す人。これは、振る舞いは同じでも違いがありますよね。
ほかにも、迷いつつも返さない人もいれば、ほとんど罪悪感なく持って行く人もいる。
このような個人差のある正直さ、不正直さには、脳のはたらきが連動しているということがある程度わかってきているんです」

−−−脳のはたらきはどうやって調べるんですか?
「具体的には生きている人間の脳の活動をMRIで間接的に測定して、その間に心理学的な課題をしてもらう『脳機能イメージング』という手法と、脳損傷がある患者さんを対象にした神経心理学の方法を併用しています」

−−−心理学の課題を行なっているときの脳の活動を、MRIで撮影するということですね。そもそもの話なのですが……心理学と脳科学の違いって、どこにあるのでしょうか?
「心理学では、基本的に人間の行動をできるだけ客観的に評価するという研究手法がとられます。ただ、脳のはたらきについてのデータを取るとは限りません。
でも、私たちの心のはたらきというのは、大部分が脳のはたらきによって支えられています。その心のはたらきを理解するために脳の活動を画像で見たり、脳が壊れた場合の行動を見たりするのが『脳科学』。専門家の間では『神経科学』といいます。
私の研究のフィールドは、ちょうど心理学と神経科学の境目に位置していて、『認知神経科学』と呼ばれています」

MRIで撮影した脳の断面画像。これは一般的に構造画像と呼ばれ、脳の形が細かくわかるもの。ちなみに、上の丸い2つは……そう。「目」です。

こちらの画像は、血流の変化の情報を得ることができる機能画像。画像解析プロセスにかけることで脳の活動部位がわかってくるのだそうです。

−−−心理学は文学部、神経科学は医学部で学ぶものというイメージがあるのですが、この2つの分野に垣根はないのでしょうか?
「昔に比べてだいぶ垣根は低くなって来たんじゃないかな、という気はしています。昔は病院の臨床用MRIを、夕方以降に研究のために使わせてもらうというような状況が多かったのですが、こころの未来研究センターには研究専用のMRIがあって、心理学の先生方もたくさん使っています。
心理学の研究者が脳を見る研究をすることも、珍しいことではなくなってきていますね」

こころの未来研究センターの研究用MRI 。

刑務所に収監されている「サイコパス」の「脳」を見る。

阿部先生は2018年に、サイコパスの嘘と脳の活動に関する研究をイギリスの国際学術誌「Social Cognitive and Affective Neuroscience」に発表しました。

※研究成果「サイコパスがためらいなく嘘をつく脳のメカニズムを明らかにしました」(http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2018/180703_4.html

−−−サイコパスの研究をしようと思われたきっかけは、なんだったのでしょうか?
「世の中には嘘をつきにくい人や、まったく嘘をつけない人、あるいは嘘ばっかりついてしまう人など、いろいろな特徴をもつ人がいます。なかでもサイコパスと呼ばれる人々は、平然と嘘をついたり、人を騙したりする傾向が顕著であるとされているんですね。その多くは、犯罪を犯して刑務所に収監されるといわれています。
アメリカには受刑者を対象に、心理学・神経科学の研究を精力的に進めている研究者がいるので、彼らと一緒にニューメキシコ州の刑務所に収監中の受刑者を対象とした実験を行いました

−−−収監中の受刑者のMRIを撮るって……すごい実験ですね。ところで、「サイコパス」という言葉自体はよく聞くんですけど、その定義を教えていただけますか?
「サイコパスは大きな枠組みとしては『反社会性パーソナリティ障害』に位置づけられています。『反社会性』という言葉の通り、暴力をふるったりルールを守らなかったりといった特徴が見られるんですね。
そしてそのなかには、良心や罪悪感、共感性が欠如していたり、冷酷であったりといった、いわゆる感情の問題をもつ人たちがいる。こうした特徴に該当すると『サイコパス』と呼ばれます」

−−−サイコパスって、生まれつきのものなんですか?
「先天的な要素、つまり遺伝的要因は大きいだろうといわれています。ただし後天的な要素、つまり、周囲の環境からの影響を否定するものではありません。脳の中では『扁桃体』という、感情の処理にかかわる領域が不具合を起こしているという説が主流ですね。
サイコパスの人は感情の部分が鈍くなっているため、誰かを泣かせたり、怒られたりしてもあまり気にならないようです。特に、罰に対する感受性が鈍い。そのせいで、道徳的な価値観などを形成できないまま育つと考えられています」

−−−サイコパスかどうかはどうやって見極めるのでしょうか?
「いろいろなやり方が提唱されているのですが、今いちばん妥当だと考えられているのは『Psychopathy Checklist-Revised(PCL-R)』というツールを使った方法。
対象者にインタビューを行い、家族や職場、あるいは警察などからも客観的な情報を補足として集めて、サイコパスの要素に該当するかどうかを評価していきます。
インタビューは長ければ数時間、複数回に分けて行うことも。また、PCL-Rは誰でも使っていいものではなく、適切な訓練を受けた人だけが使用を許可されています」

−−−脳の画像を見ればサイコパスだとわかります?
「それは難しいですね。サイコパスの脳構造の特徴についてはいくつか研究成果が報告されていますが、多数のデータに基づいたものです。明らかに腫瘍があったり、出血がある場合などとは違って、ある一人の画像を見ただけでは、すぐにはわかりません」

−−−そうなんですね! 脳の構造が明らかに違う部分があるのかと思っていました。

正直に振舞おうとするときには、脳のどの部分が活動する?

−−−具体的にはどのような実験を行ったんですか?
「今回、実験に参加していただいたのはサイコパスを含む67名の男性受刑者です。彼らにMRIに入ってもらいながら、『コイントスの課題』をやってもらいました。
コンピューターの画面にコインが表示されるのですが、表と裏のどちらが出るかを予測してもらうんですね。正解したら少しお金を渡して、失敗した場合にはお金が減ります。この実験を、2つの条件で行いました」

−−−その条件とは?
ひとつは、嘘をつけない条件。予測を先に報告してもらい、その後でコイントスの結果を出します。これだと、ズルをして正解にすることはできませんよね。
もうひとつは、嘘をつける条件。最初に頭の中だけで予測してもらい、コイントスの結果を見た後で、正解したかどうかを答えてもらいます。表と予測していて実際には裏が出た場合、本当なら不正解だったことを報告しないといけないのですが、自己申告なので正解していたことにもできるわけですね」

−−−正解するとお金がもらえるんですね。
「刑務所のルール上、受刑者に渡せるのは少ない金額ではあるのですが、嘘をつくことへのモチベーションがある状況をつくりました」

−−−私だったらちょっとズルしちゃいそうな気がします……。
「何度も繰り返していると正解率は基本的に50%になるはずなので、そこからどれだけ逸脱しているかを見ていきます。
一般の方を対象にこの実験を行うと、半分くらいの人は正直に答えてくれますね。1/3くらいの人は、例えば80%を超えたりして、これは明らかにおかしな数字です。残りは、その中間の微妙なラインになります」

−−−2つのグループに分けるのではなくて、1人が両方の条件で行うんですか?
「67名全員が、両方の条件で課題を繰り返し行いました。
嘘をつける条件下において、予測が間違っていたけど正直に答えて、お金が減ったとしますよね。このときの脳の活動には、正直に答えることに関わる部分と、お金が減ったことに伴う不快な感情に関わる部分があります。複数の要素が混在しているんですね。
一方、嘘をつけない条件で同じように予測が違っていた場合にも、お金が減ったことによる不快な感情はあります。
それぞれの条件下での脳の活動を比較すると、お金を失ったことに関する脳のはたらきは共通しているので相殺することができる。そのうえで、『正直に答えよう』という意思決定に関わる脳の活動だけを拾おうとしています

サイコパスは、ためらいなく嘘をつく。

−−−実験の結果、サイコパスの脳の活動にはどのような特徴が見られたんですか?
「ひとつは、サイコパス傾向が高い人は、ズルをして嘘をつくときの反応時間が速いという傾向がわかりました。つまり、予測と結果が違ってもあまり逡巡せずに『私の予測は当たっていました』と即答している可能性があるわけです。
もうひとつ見えてきたのは、サイコパス傾向の高い人ほど、嘘をついているときの前部帯状回の活動が低いというパターンです」

−−−前部帯状回とは?
「前部帯状回というのは脳の領域のひとつです」

矢印の部分が前部帯状回。

「いろいろな機能に関わるので解釈が難しい部分もあるんですけど。たとえばこれ、インクの色は何色ですか?

「答えは赤なんですけど、『青』と書いているから即答しづらいですよね。一瞬、自分のなかで葛藤が生まれる。そういうときにこの前部帯状回が活動するといわれています。
これは単純な問いですが、『ひとりの命を犠牲にして5人を助けるかどうか』といった難しい判断をするときなんかにも、前部帯状回が活動するといわれています」

−−−心のなかに葛藤が生じたときに活動するんですね。
「コイントスの課題だと、予測が間違っていたときに正直に申告しようか、それとも『正解した』と嘘をついてしまおうか、という葛藤があると考えられます。そのため、通常であれば嘘をつくまでの反応時間が長くなります。
でも、サイコパス傾向の高い人は前部帯状回の活動が低くて、『どっちにしようか』みたいな迷いがあまりない。その結果、反応時間が速くなるのだろうという解釈をしています

−−−サイコパスは「ためらわない」。すると、やっぱりサイコパスほど正解率が高いんですか?
「それが今回の研究のデータでは、サイコパス傾向が高いほどズルする割合が高いかというと、そうではなかったんです。受刑者全体の正答率は、一般の方を対象とした実験に比べるとやっぱり高かったのですが」

−−−それは意外です!
「仮説に反する結果でしたね。サイコパス傾向が高くても、正直にふるまう人が一定数いたんです。なので、サイコパス傾向は嘘のつきやすさではなく、嘘のつき方に影響している、といえそうです。
全体で見ると、67人のうち43人が明らかに嘘をついていたので、その43人に絞って脳の活動を分析して、サイコパス傾向との関連を調べました」

−−−つまり表面的には同じように嘘をついているように見えても、人によって葛藤しているかしていないかの違いがあるということですね。
ところで、先生。……「嘘」って、見抜けるものなんですか?

「ええと。(嘘を見抜くのは)今の技術では無理です(笑)。例外はいくつかありますが、これまでの研究では基本的に、相手の嘘を見抜くのは難しいといわれています」

性善説と性悪説、古代中国からの論争に決着?

阿部先生は人間の正直さ・不正直さに関する脳のメカニズムについて、中国の思想家たちが唱えた「性善説」、「性悪説」という言葉で説明することもあるそうです。

「性善説と性悪説は、実は教育の重要性を説いている点で共通する部分があるのですが、やはり対立するものという考え方が一般的です。
以前に行った研究の結果、脳のなかで報酬の期待にかかわる領域の活動が低い人ほど、正直に振る舞うときに脳の背外側前頭前野とよばれる領域の活動も低いことがわかりました。背外側前頭前野は理性的な判断をしたり、自制心に関わる領域です。この領域の活動が低いということは、わりと自然に正直に振る舞えている可能性があります。つまり、性善説的な正直さですね。
反対に、報酬の期待にかかわる領域の活動が高い人は、正直にふるまうときに背外側前頭前野の活動がより必要になります。これは性悪説的な正直さと考えられます。悪いことをしようとする気持ちを理性の力で押さえ込んで、正直に振舞っていると解釈できます

「側坐核」。報酬を期待するときに活動する領域で、活動が高い人ほどコイントスの課題で嘘をつく割合が高い。

左背外側前頭前野(左)と右背外側前頭前野(右)。側坐核の活動が高い人ほど、正直に振舞うためには背外側前頭前野の活動が必要になる。
※研究成果「どうして正直者と嘘つきがいるのか? -脳活動からその原因を解明-」(http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/140806_1.html

−−−なるほど、両方あるんですね。
「性善説と性悪説は、連続体で表現できるものだと私は考えているんですね。どっちが正しいかという考え方はおそらく根本的にずれていて、脳の活動を見ればどちらも十分成立するといえます。
人によって、あるいは場面によって、性善説的な正直さが発現することもあれば、性悪説的な正直さが発現することもある。何かの拍子で、2つの間を行ったり来たりするのが人間というもののようです。人文科学的な問題について、自然科学的なデータから新しい視点を提示できるのではないかと思っています」

−−−古代中国からのテーマに現代の視点から解答がなされるとは! びっくりです。

枠にとらわれず、広くいろいろなことを知ってほしい。

−−−最後に、阿部先生ご自身についてもう少しお話しを聞かせてください。略歴を見たんですけど、東北大学の学部生時代は文学部だったんですか?
文学部の東洋史学科ですね。漢文を白文で読んでいて、卒論も東洋史で書きました」

−−−心理学科だったのかと思いました。なぜ東洋史学科に?
『三国志』が好きだったからですね(笑)。でも、実際に授業を受けてみると、将来仕事や研究につなげていくのはちょっと違うなと感じたんですね。それでどうしようかと思っていたとき、たまたま『脳機能イメージング』の実験の被験者のアルバイトをする機会があったんです」

−−−今先生が取り組んでいるような、人間の脳を画像化して分析するという実験ですね。
「2001年頃なんですが、『今はこんな時代になっているのか!』ということを知って、すごく興味を掻き立てられました。
実験には何度か参加したんですけど、あるとき先生に『君は今何やってるの?』と聞かれて。心理学に興味があることを話したら『じゃあうちの研究室に来たら?』といわれたんです。それで、大学院は医学系研究科障害科学専攻の『高次機能障害学』という分野に進学しました」

−−−さらっと言いましたけど、漢文から脳ですか(笑)。でも、そもそも被験者のアルバイトに興味をもったのはきっかけはなんだったんですか?
「バイト代が高かったので(笑)」

−−−なるほど(笑)。ご自身のそうした体験を踏まえて、これから大学で学ぶ若者にメッセージをお願いします。
「私は文系・理系の垣根があまりありませんでした。高校は理数科に行って、大学は文学部に入って、大学院では医学系研究科に行って。京都大学に来る前にはアメリカにもいましたが、そのときに初めて心理学の研究室に所属しました。
ですので、今学んでいるみなさんには、文系・理系という枠にとらわれず、広くいろいろなことを知ってほしいですね。受験も大切ですが、『この科目は自分には関係ない』といって排除することはしなくていいかなと。将来、新しいものに出会って、進みたいとき、きっと力になってくれると思います」

阿部先生、ありがとうございました!