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No.134

update.2022.12.21

気にも留めていなかった昆虫が、実はすごい存在かも。化学生態学の研究室で生まれた「虫糞茶」

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植物や昆虫の代謝を研究する一方、乾燥させた虫の糞から淹れるお茶「虫糞茶(ちゅうふんちゃ)」を開発している農学研究科博士課程の丸岡毅さん。2022年10月に特許を出願し、商品化に向けて、研究開発、クラウドファンディングでの資金集めなど日夜活動されています。

虫糞茶とはいったいどういうものなのか、どうしてそんなユニークな試みを始めたのか、じっくりお話をうかがいます。

ガの糞から桜の香り?! 虫糞茶の誕生秘話

――「虫糞茶」というのは読んで字の如く、昆虫の糞でつくったお茶ですよね。何の昆虫の糞なのでしょうか?

「すべてガとチョウの幼虫の糞です。これまでに試したのはイラガやヤママユ、スズメガ、オオムラサキなど、関西にも多くいるガがほとんど。たとえばイラガの幼虫は7〜8月にかけて桜の木に大量発生するので、鴨川で集めてきました」

――その糞に何か加工はされているんですか?

「ガによっては糞の中に水分を多く含むものもあるので、定温乾燥機を使い、50℃で4〜5時間乾燥させています。焙煎することでさらに味に変化があるかもしれないので、これから試してみる予定です」

ガの幼虫の糞を乾燥させた虫糞茶

――素朴な疑問なのですが…どうしてガの幼虫の糞をお茶として飲んでみようと思ったのでしょうか?

「僕は化学生態学を研究するゼミに所属していて、昆虫や植物をテーマにしている学生が多いんです。そのなかに、リンゴにつくガの幼虫を研究している先輩がいるのですが、あるとき『果樹園の近くにたくさんいたから』といってマイマイガの幼虫を50匹くらいお土産にくれて……正直言って全然いらなかったんですけど(笑)。害虫ですし、生態系への影響もあるのでその辺に放すわけにもいかなくて、仕方なく桜の葉っぱをエサにあげてお世話をしていたんですね。毎日大量に糞をするので取り除いてあげるのですが、そのときにふっといい香りがして。『これはいけるな』と思ったのがきっかけです」

――糞そのものからいい香りがしたんですね!

「そうなんです。水に濡れた糞から綺麗な赤い色が滲んでいて、『これってお茶だな』と直感しました。それで試してみたくなって、コーヒーフィルターにその糞を入れて、お湯をかけてみたんですね。そうしたら透き通った赤茶色になって、桜のいい香りがしたので驚きました!飲んでみたらすごくおいしくて、二度びっくりして。 ほかの幼虫やほかの植物をエサにしたらどうなるんだろうという興味も湧いてきたので、これまでガの幼虫は40種類くらい、植物は20種類くらい集めて、その掛け合わせを試してきました」

丸岡さんが研究室で飼育しているオオミズアオの幼虫。大量の糞が底にたまっている

――そんなに試行錯誤されてきたんですね。失敗したことはありましたか?

「あまり特徴がないものもありましたが、どの掛け合わせでもだいたいお茶っぽくなりました。ただ、おいしそうだと思って試したアゲハチョウとミカンの葉の組み合わせはすごく青臭くて。マイマイガとミカンでもおいしくなかったので、ミカンが向かないようです。あと、モンクロギンシャチホコとリンゴの葉の掛け合わせはすごく甘くなりました。おいしいのですがちょっと甘すぎて、これもお茶として飲むには向かなさそうです」

味覚のプロと協力しながら、虫糞茶を商品に

――今は虫糞茶の商品化に向けて動いているとお聞きしました。

「はい。たまたまレストランのシェフや茶道家の方に飲んでいただく機会があって、『おいしい』『可能性を感じる』と言っていただけたんです。最初は個人で楽しんでいたのですが、味覚のプロがそう言うなら本当においしいんだなと思って、商品化を考えるようになりました。 周りに虫糞茶のことを話すと、けっこう興味を持ってもらえて、いろんな人を紹介してくれるんです。人のつながりが広がっていって、少しずつ形になってきています」

――おいしさは味覚のプロのお墨付きなんですね。

「私は味については素人なので、中国茶を販売されている方やハーブティーのブレンダーの方など、幅広いジャンルの方に評価をお願いしています。シェフの方には、加工の仕方やおいしい淹れ方なども一緒に検証してもらっているところです」

サクラとモンクロシャチホコの掛け合わせの虫糞茶
クリとオオミズアオの掛け合わせの虫糞茶

――丸岡さん自身は、虫糞茶のどんなところに魅力を感じていますか?

「虫と植物との掛け合わせがおもしろいと思っています。ガの仲間は世界に20万種、植物は26万種もあるといわれているのですが、そのうちのほとんどは注目されていないんですよね。人が利用しているのは、ごく一部でしかありません。 でもなかにはびっくりするような能力や、人間社会に役立つ何かをもっている存在が、きっとたくさんいると思うんです。そんな見過ごされてきた可能性にスポットを当てられるのが、このお茶のいいところじゃないかと。なので、これからもいろんな昆虫と植物の掛け合わせを試していくつもりです」

植物・ガ・ハチ。3者の関係性と戦略を解き明かす化学生態学の研究

――丸岡さんの研究についてもうかがいたいのですが、ガを扱っているのでしょうか?

「はい、畑によく出るハスモンヨトウというガの研究をしています。この幼虫はすごくたくさん植物を食べて、すごいスピードで大きくなるんですね。食べられた植物は、ハスモンヨトウの唾液成分を感知して甘い匂いを出します。するとハスモンヨトウの天敵である寄生蜂が匂いを頼りに飛んできて、幼虫を見つけて卵を産みつける。植物が、ハチを使って間接的に防御しているんです」

植物・ガ(イモムシ)・寄生蜂の3者の関係性の概要図

――植物ってそんなに賢いんですね……!

「そうなんですよ。ただ不思議なのは、ハスモンヨトウが自分の唾液成分のせいで天敵に見つかるようになってしまっていること。自分に不利なものって、進化の過程で捨てていくはずなんですよね。でも実際には捨てるどころか、積極的に唾液成分をつくっているんです。
そこから、ハチに見つかるデメリットを上回るメリットがあるのではないか、という仮説が立つんですけど……具体的にどんなメリットがあるのかはまだわかっていません。
一説には、幼虫が早く大きく育つために唾液成分が役立っているのではないかといわれています。早く大きくなって蛹になることで、ハチに見つかるリスクを背負う期間を短くするという、逃げ切り型の戦略ですね。それが本当なのかどうか、検証しようとしています」

――なぜこのテーマを研究しようと思ったのでしょうか?

「研究室の教授に、今お話したような植物・ハスモンヨトウ・寄生蜂という3者間の関係性を教えてもらい、興味を持ちました。ハスモンヨトウの唾液成分は見つかって20年ほど経つのですが、それが何のためにあるのかはまだわかっていないということも聞いて、ぜひ自分で解き明かしたいと思ったんです」

――まだ誰も解いていない謎に挑んでいるんですね。ガや昆虫は昔から好きでしたか?

「そうでもないです(笑)。ただ、小学生の頃から環境問題には興味がありましたし、高校の理科系科目では生物がいちばん好きでした。生き物の体の仕組みや関わり合いについては、ずっとおもしろさを感じていましたね」

友達に誘われて、高3から目指した京大

――京都大学の農学部に入学したのも、生物の研究がしたかったからでしょうか?

「農学部を選んだ理由はそうなのですが、そもそも京大を目指そうと思ったのは高校3年生のとき、仲の良かった友達に『一緒に京大に行こう!』と誘われたからなんです。その友達は結果的に北海道大学へ進学したのですが……(笑)」

――意外なきっかけですね!

「僕は小学生のときからずっと野球をしていて、高校時代も野球中心の生活だったので、あまり勉強もしていなかったし、その友達に誘われるまで進路のこともあまり考えていませんでした。でも、京大を目指すことは自分にとって必ずプラスになることだと思ったので、一緒に挑戦してみることにしたんです。受験勉強を始めてみると一生懸命取り組むこと自体が楽しくて、いい経験になりました」

――京都大学に対してはどんなイメージを抱いていましたか?

「入学前はとにかく合格したかったので、具体的なイメージはなくてとにかく『目指すべきところ』という感じでした。未来のことをあまり考えていなかったんですよね。キャンパスには入学して初めて足を踏み入れたので、あまりの広さに驚きました」

――入学後のことは想像していなかったんですね。学部時代は、どんな学生でしたか?

「『Chot★Better(チョットベター)』というフリーペーパーを発行するサークルに入って、1、2回生のときは勉強よりもそちらにエネルギーを注いでいました。編集長として全体の運営にも関わり、どうしたらもっとおもしろさを伝えることができるのか、突き詰めて考えたのはいい経験になったと思います。サークル時代の仲間が、今は虫糞茶の商品化も手伝ってくれています」

Chot★Betterのサークルメンバーと、フリーペーパーのイベントに出展
Chot★Betterの誌面
Chot★Betterの表紙

――3回生からは?

「サークルは引退して、毎日実験で忙しくなりました。でも幅広い実験をするなかで、自分の興味のある分野がどこにあるのか確認することができたと思います。今のゼミの教授にも出会い、4回生からは先ほどお話したハスモンヨトウの研究を始めました」

――院生である今は、京都大学ってどんなところだと思いますか?

「時の流れがゆるやかな場所。今は流行やミームなど何でもすごいスピードで消費される社会ですが、京大の学生はそういうところにあまり関心がないというか、独自の世界をじっくり育てている感じですね。それが許される雰囲気が京大にはあって、好きなことにとことん向き合える環境だと思います」

声に出すことで、みんなとおもしろさをシェアできる

――虫糞茶について、今後の目標を教えてください。

「半年後、1年後にどうなっているのか、まだ想像できていないというのが正直なところです。今こんなに多くの方が関わってくれるようになったことも、半年前にはまったく想像していなかったので……でも、いい方向に向かっているという実感はあります。自分が一生懸命やって、それを周りの人が『おもしろい』と言ってくれて、どんどん世界が広がっていく。そんな状況を、心から楽しんでいます。 いつか虫糞茶が世間で当たり前のように飲まれるようになると面白いですね。虫ってそこらじゅうにいるのに、みんなあまり見ようとしないじゃないですか。そんな存在が世の中に浸透したら、すごくおもしろいと思うんです」

――昆虫と人間との間に新しい関係性が生まれたら、確かにおもしろいですね!最後に、これから京都大学をめざす高校生にアドバイスをお願いします。

「僕自身もそうだったんですが、どうしても受験勉強中心になる時期ってあると思います。それはいい経験になりますが、勉強以外にもいろいろなことに関心を持っておくと、いつか役立つときがくるかもしれません。どんなことでも知らないよりは知っている方がいいですし、おもしろくないよりはおもしろいと思える方がいいので。 それから、興味があることは何でもやってみて、声に出していくべきです。虫糞茶は声に出してみたことで、周りの人に気づいてもらい、広がっていきました。おもしろいと思ったことはぜひ声に出して、みんなと共有してみてください」

――丸岡さん、ありがとうございました!

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