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No.133

update.2022.11.22

京大同期の昆虫学者が定年直前に共著で発表!絶滅種とされていた「キイロネクイハムシ」再発見ストーリー

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日本では絶滅したと考えられていた昆虫、キイロネクイハムシを人間・環境学研究科の加藤眞教授が琵琶湖で発見。理学研究科の曽田貞滋教授が遺伝子解析を行い、今年7月、日本昆虫学会誌に共著で論文を発表しました。二人は奇しくも農学研究科の同じ研究室に所属していた同期。それぞれ別の部局で母校の教授となり、今年度で定年を迎えます。そんなドラマチックな展開でも注目を集めたお二人のストーリーに迫りました。

お話をうかがった曽田貞滋教授(左)と加藤眞教授(右)

日本では絶滅したと思われていた昆虫を60年ぶりに琵琶湖で発見

――キイロネクイハムシ再発見のニュースは、多くのメディアでも取り上げられましたね。

加藤先生
昆虫を知っている人には有名ですが、一般的には全く無名の存在だったので、まさかこんなに広がるとは思ってもみませんでした。自分の本来の研究とは違うことで、これほど紹介されたのには戸惑いましたね。

曽田先生
反応は予想以上に大きかったです。最初に取材をしてくれた新聞記者が、たまたま僕の研究室の学生の同級生で。発見に加えて、僕たち二人の同級生関係が報道されたので、思わぬ方向で話が広まりました。僕も今はメインの仕事ではないんですが、ネクイハムシのグループを一生懸命、研究していた時期もあったんですよ。キイロネクイハムシの仲間も世界中から集めて、系統解析しようとしていたんです。それから10年以上も経って突然、加藤先生が絶滅したはずのキイロネクイハムシを発見したので、ものすごくびっくりしました。

加藤先生
たくさんの人が探しつつも見つからない期間が何十年も続いていたので、日本ではもう絶滅したものと考えられていたんです。

水中でセンニンモの茎を伝って歩くキイロネクイハムシの成虫(撮影・曽田先生)

――そんな幻の昆虫を、特に研究されていたわけではなく発見されたとは…。

加藤先生
湿地にすむネクイハムシの仲間はきれいな種類が多いのですが、日本全国から湿地がどんどん消え、絶滅危惧種になっているものが多いんです。なかでもキイロネクイハムシはとても小さく、採ったことのある人がほとんどいないことでも知られていたんです。みんなが追い求めていたので、狙っていたことは狙っていました。

曽田先生
ネクイハムシの仲間は湿地にいるので堆積物に化石が残りやすいんですよ。日本の昆虫相の歴史を解明するのに格好の材料なので、一時期すごく研究されていて。僕もその影響を受けて、DNAでの分析を始めました。

――学術的にも非常に価値のある情報が詰まっているわけですね。

生き残っていたのは奇跡的なこと。守らなければ絶滅に向かっていく

――キイロネクイハムシは、どういった昆虫なんでしょうか。

曽田先生
ネクイハムシの仲間は湿地に生息し、幼虫が水に浸かっている植物を食べる甲虫なんですが、その一つのグループがキイロネクイハムシの仲間です。この仲間はユーラシアに全部で7種類いて、北米にも4種類います。キイロネクイハムシという種は日本で最初に見つかったため、学名がjapanaとつけられています。1880年に横浜市のお寺で発見され、以降に見つかったのは、千葉、滋賀の琵琶湖、兵庫の宝塚、福岡の5カ所だけです。

――元々、あまり見つかっていなかったんですね。

曽田先生
常に水の中にいるので見つけにくいんです。幼虫だけでなく、成虫も水中にとどまって暮らし、交尾、産卵する。同じ種が中国にも分布しますが、中国では灯りにつられてやって来たものが採集された記録もあり、たまに飛ぶものがいるようですが、ほとんどは水の外に出ません。日本では1962年以降は採集記録がありませんでした。

――60年間も見つかっていなかったんですね…。加藤先生はどうやって発見されたんですか?

加藤先生
僕の専門の一つがハモグリムシと呼ばれる、葉の中に潜って生活する虫です。その研究の一環として水の中に潜って成長するユスリカ(蚊によく似た外見の昆虫)を羽化させようと、昨年の秋に琵琶湖へ水草を採りに行ったんですが、入れたまま放置していたビニール袋の中に、キイロネクイハムシの死体が張りついていたんです。とても特徴的なので見た瞬間にわかったものの、これは現実のことなのか、こんなものが採れていいのかと。おそらく水草から羽化したものだと思い、すぐ曽田先生に見せに行きました。

加藤先生がキイロネクイハムシを発見された場所の様子(撮影・加藤先生)

曽田先生
それはもう、びっくりしましたよ。昔はこの虫を中国の人たちと連絡を取り合って探していた時期もありましたが、ここ10年はキイロネクイハムシという名前を耳にする機会もほとんどなく、すっかり忘れていたぐらいです。

加藤先生
ほとんどの人が絶滅したと信じていましたからね。1個体だと不安だったので、再び同じ場所から水草を採ってきたところ、2個体が羽化したんです。生きた個体であればDNAを見られるので、曽田先生に解析を依頼しました。

――曽田先生と共同研究をしようと、すぐさま考えられたんですか?

加藤先生
曽田先生は、昆虫のDNAで系統などを調べる専門家ですし、ネクイハムシにも詳しい。すべての面で彼しか考えられませんでした。だけど一番大きな理由は、自慢したかったから(笑)。昔から2人で昆虫採集をしていたので、採集した大珍品を自慢したいという気持ちがあるんですよ。

曽田先生
加藤先生のほうがよく採集に行っているので、いろんなものをくれるんですが、僕はものぐさなので、あまりあげたことはなく一方的にもらっています(笑)。DNAを分析した結果、今回日本で採集された2個体とデータバンクに登録されている中国の個体は、遺伝的に極めて近く、同種と見なしていいと判断しました。

発見したキイロネクイハムシのDNAを分析し、中国のキイロネクイハムシと同種であることを確認した

加藤先生
サイズは中国のものより、かなり小さいんです。初めて見たとき、こんなに小さいのかと驚きました。

曽田先生
なんせ4mmですからね。それが水草にしがみついていたら、普通は気づかない。一般的なネクイハムシも6~8mmと小さいんですが、キイロネクイハムシのように水中生活をしている種はどうも大きくなれないようで、さらに小さくて…。体表の剛毛にできる気泡でガス交換をしていますが、大きい体では酸素不足になってしまうようです。加藤先生は普段から小さい虫を探しているので気がついたと思いますが、普通の人には無理でしょう。

加藤先生
いつもはもっと小さいものも見つけていますからね。井戸水をくみ上げて採集したムカシゲンゴロウで、ハイバラムカシゲンゴロウという名前で新種記載したものは、体長が1mmでしたし。僕がふだん扱っている虫に比べたら4mmは大きい方です。

――日頃から小さい虫を見ていたからこそ、発見できたんですね。今回の件を通じて、一般の人や社会に伝えたいこと、感じてもらいたいことはありますか?

加藤先生
昔のように水中植物が豊富な池や沼は、日本から消えつつあります。たとえばため池は、定期的に泥をくみ上げ、さらう行為を続けてこそ良い状態に保たれますが、人為的な維持をやめてしまうと底質環境が悪化し、水草もなくなってしまう。湖でも水質が汚染されると深いところから枯れていき、現在、日本で沈水植物が豊かに残っているのは小川原湖、河口湖、琵琶湖などのわずかな場所しかありません。水草が残っている低湿地も全国から急速に消えていて、そこで生活していた昆虫や植物も、軒並み絶滅危惧種になっている。そういった生物を守る特別な方法をとらない限り、その傾向は続くということを伝えたいです。

曽田先生
ビオトープをつくったことで湿地の生物が戻ってきた…といったニュースにふれると、保全がなされていると錯覚しがちですが、実際はひとたび汚染され破壊されれば完全に途絶えてしまう生物も多いんです。見かけの多様性を戻すことが保全ではないと、少しでも認識されるといいなと思います。今回の件で、生き残っていた場所が奇跡的にあった、ということ自体が大きな出来事だったと知ってほしいです。

――生息できる場所があってこその発見ですもんね。お話をうかがい、その実情を知ってもらうきっかけにもなればと感じました。

色濃く引き継がれるフィールドワークの伝統に、大きな影響を受けた

――お二人は同じ研究室の同期とのことですが、最初に出会われたのは?

曽田先生
大学入学後の最初のガイダンスで知り合いました。15人の学生が集められたんですが、自己紹介をしたとき、加藤先生と僕だけが、昆虫が好きで集めていたという話をしたんですよ。

加藤先生
僕は静岡でチョウをやっていたんですが、曽田先生は島根でオサムシをやっていて、高校生にして昆虫同好会を立ち上げ、雑誌を出していたんですよ。表紙も自分で描いていたんですが、ものすごく上手い。昆虫の絵に関してもプロなんです。

曽田先生
話半分以下で聞いてください(苦笑)。

同好会誌の表紙用に曽田先生が描いたカミキリムシの絵。(左から高校1年生、3年生、大学学部1回生のときに制作)

――(笑)特に熱心な昆虫マニアの2人が加藤先生と曽田先生だったんですね。

加藤先生
当時の農学部農林生物学科には、内田俊郎先生という昆虫生態学で先駆的な仕事をされた先生がいて、もともと虫好きが集まる研究室があったんです。さらに大先輩には偉大なナチュラリストの岩田久二雄先生や今西錦司先生もいたという、昆虫とフィールド研究の中心でした。私達が昆虫生態の研究室に入ったときには、後にサラワク(マレーシア)の熱帯雨林の林冠生物学を始めることになる井上民二先生が助手でいて。京大のフィールドワークの伝統、今西錦司の伝統を色濃く引き継いでくださっていたので、僕らも強く影響されました。

曽田先生
学部でも大学院でも直接指導を受け、ものすごく影響を受けましたね。その後、井上先生は生態学研究センターの教授となられ、熱帯雨林の林冠の生物多様性研究で数々のメディアに紹介される京大の顔でした。飛行機事故により1997年にサラワクで亡くなりますが、加藤先生はその頃の熱帯研究の一翼を担っていたんです。

加藤先生
僕のメインの研究は花と虫の共生関係なんですが、熱帯雨林の生態系全体を見ることや花と虫との関係を見ることなど、井上先生がリードされてきた研究の影響が大きいですね。

ウラジロカンコハナホソガは、幼虫がウラジロカンコノキの種子を餌とする虫。幼虫の餌を確保するために、口吻に付けた花粉を雌花に運んでウラジロカンコノキの受粉を手伝っている。花と虫のこのような1対1の共生関係は絶対送粉共生と呼ばれ、この両者の関係は、イチジク-イチジクコバチ系、ユッカ-ユッカガ系に続く三番目の絶対送粉共生系となった。

――生態学者であると同時に探検家・登山家でもある今西錦司先生のDNAが、今もつながっているんですね。お二人の間で影響を与え合っている部分はありますか?

曽田先生
加藤先生は昆虫に限らず、いろんな生物のことを知っています。植物はもちろん貝にも詳しい。まねはできませんが、耳学問でたくさんの知識を教えてもらっています。

加藤先生
今回もですが、曽田先生に助けてもらっている部分が大きいです。曽田先生は、分子系統解析という分野に詳しく、系統樹を作ったり、分岐年代を推定したりするプロフェッショナルです。最近、ハモグリムシの分類にも取り組んでいるのですが、系統解析で手伝ってもらっています。

――素敵な関係ですね。

1976年5月、学部1回生のときに比良山にて昆虫採集。
1980年3月、学部卒業式の日の加藤先生(左)と曽田先生(右)。

――現在、力を入れられている研究についても教えてください。

加藤先生
これからも続けたいライフワークは、日本のすべての植物を対象にした、すべてのハモグリムシを網羅するモノグラフ(単行書)をつくることです。

ウグイスカグラの葉に潜るスイカズラハモグリバエの這い跡(潜孔)。

曽田先生
生物がどのように多様化していくのか、主に分子系統学やゲノム解析の手法を使って研究しています。主な対象はオサムシですが、今、一生懸命やっているのは周期ゼミ。アメリカにいる、13年ないし17年もの間、幼虫期を過ごすセミの進化を研究しています。

【上】オサムシ科のマイマイカブリ(左)とマヤサンオサムシ(上右)。
【下】周期ゼミ。

――まだまだ研究の種は尽きそうにないですね。

フィールドでの経験は大切。多様な生物に興味をもつ人が増えてほしい

――もうすぐ定年を迎えられますが、振り返って感じる京都大学の良さや魅力とは、どのようなものでしょうか。

曽田先生
教員や学生の多様性ですね。昆虫をやっている研究室が、今は農学研究科だけではなく理学研究科にも人間・環境学研究科にもある。自由にやらせて伸ばしていく研究室って大事だと思うんですよ。ほどよく都会で、近くに里山的な環境もあり、いろんな生物にアクセスしやすかったのも良かったです。

加藤先生
昆虫に限らず生物や自然の好きな学生が多く、自由に研究できる環境があったことは大きいですね。ナチュラルヒストリー(自然史)を大事にする研究を継承してきた先生方がいて、それを僕も学生に継承しようと努力してきました。学生がやりたいことができる環境があるということが、京大の一番大事な部分だと思うので、今後も続いていってほしいです。

――そういう環境が思わぬ発見にもつながるんでしょうしね。最後に、これから研究者をめざす若い世代にメッセージをお願いします。

加藤先生
学生と関わっていて感じるのは、子供の頃に昆虫採集や潮干狩りをしたことがある人が、最近、非常に少なくなっているということ。僕らの時代とは、自然との付き合いがかなり違ってしまっています。大学の実習などを通して、学生たちを海や山などいろいろなフィールドへ連れて行っていますが、フィールドに出て自然にどっぷりと浸かる経験がとても大切だと思います。たとえば日本の海の生物多様性がオーストラリアに次いで世界2位だということも、一般的にはほとんど知られていません。日本の自然と生物多様性のすばらしさを体感できるよう、できるだけ自然の中で遊んでほしいです。

曽田先生
ネットの世界で生きて、バーチャルな自然しか知らない世代が続くと、やがては生物多様性に関心をもつ人がいなくなり、野外の生き物を対象とした生物学が廃れてしまうのではないかと心配しています。学生時代でないと体験できないことも多いと思うので、野外で多様な生物を見つけてほしい。それで少しでも、野生の生物に興味をもつ人が増えてほしいですね。

加藤先生、曽田先生、ありがとうございました!