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No.132

update.2022.10.26

「宇宙医学」を志す京大生が迫る、ALS研究を支援する宇宙兄弟発「せりか基金」とALS研究の最前線!

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人気漫画『宇宙兄弟』の登場人物、伊東せりかの名前を冠した「せりか基金」は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の研究支援を目的に設立されました。この基金に関わるiPS細胞研究所(CiRA)の井上治久教授と、せりか基金の代表理事である黒川久里子さんに、「宇宙医学」を志す医学部5回生・斉藤良佳さんが直撃インタビューしてくれました!

インタビューに応じてくれた井上治久教授(左)、黒川久里子さん(右)と、インタビュアーの斉藤良佳さん(中央)。斉藤さんは、今年4月にも本サイトで取り上げています!

せりかと同じく、ALSを研究している方々を助成する「せりか基金」

斉藤さん
この度は貴重なお時間を頂戴し、ありがとうございます。私は宇宙医学に興味があり、漫画『宇宙兄弟』のせりかさんのような研究がしたいと憧れていて…。そんな中で、宇宙医学の学会で黒川さんの講演を聴き、「せりか基金賞」の審査員長をされている井上先生のことを知って、お話を伺いたいと今回の機会を設けていただきました。まずは、せりか基金について、代表理事である黒川さんからご説明いただけますか。

黒川さん
せりかは父親をALSで亡くした経験から、その治療法を解明したいと研究者になりました。『宇宙兄弟』では、彼女がこの研究を進めるために宇宙での実験を成功させるシーンがあるんですが、とても感動的でいいシーンなんです。これをフィクションとして終わらせるのではなく、現実でも何か希望になるようなことができないかと始めたのが、せりか基金です。一般の方から寄付を募り、年に1回、せりかと同じようにALSの研究をされている方のなかから、せりか基金賞の授賞者を決め、研究費を助成しています。

©︎Chuya Koyama/Kodansha

宇宙をめざす仲間たちや、それを支える人々が織りなす人間ドラマで大人気となった漫画『宇宙兄弟』(小山宙哉作/講談社)。伊東せりかは、父が患って亡くなった難病ALSをこの世からなくしたいと強く思い、医者と宇宙飛行士という2つの目標を叶え、歩み続けるキャラクターとして描かれている

ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは…
運動ニューロン(運動神経細胞)が侵され、手・足・舌・喉の筋肉や呼吸に必要な筋肉などが少しずつ動かしづらくなる疾患です。次第に身体が自分の意思で動かせなくなっていき、症状が進むと自発呼吸も困難になってしまいます。日本にいる患者さんは約9,000人で、指定難病の一つ。原因は謎が多く、治療法もまだ見つかっていません。

斉藤さん
井上先生にはどのような経緯でご協力を仰ぐようになったのでしょうか。

黒川さん
せりか基金をつくろうと思っていたとき、あまりにも無知だったので、ALSについていちから教えていただきたいと取材を申し込んだんです。その時点ではどこかの団体に寄付をしようと考えていたんですが、ALSのことを詳しく教えていただくなかで、一回きりの実施ではなく、助成を続けていくべきだと感じたんです。継続するには人任せにせず、寄付者の方々に研究の進捗状況をお伝えしていく必要があります。だけど我々には誰を選べばいいかもわかりません。そこで取材でのお話が素晴らしかった井上先生に、審査員をお願いしたんです。

『宇宙兄弟』の作者・小山宙哉さんらを抱えるエージェント会社、株式会社コルクの取締役副社長でもある黒川久里子さん。2017年に「せりか基金」を立ち上げた

井上先生
お褒めの言葉をありがとうございます(照笑)。取材を通じてALSの研究支援に対する想いをうかがっていたので、趣旨に賛同してお力になれればと考えました。

黒川さん
ただ、一人で決めるわけにはいかないとのことだったので、先生にご紹介いただき、5人の方にお願いするようになりました。井上先生がご協力くださらなかったら、せりか基金は今の形で存続していないので、本当に感謝しています。

井上先生
僕自身、自分たちの研究でALSを克服できればという思いがある一方、例えばがんという病気が一つの方法だけでは克服できないように、ALSについても分野や世代を越えて、駅伝のように研究をつなげていければと考えています。そのたすきをつなげるために、せりか基金に関わらせていただければと考えています。

斉藤さん
せりか基金に応募される研究者の方も、どんどんつながっていくんですね。とても素敵です。

せりか基金ではALSの治療方法を見つけるための研究開発費をあつめるため、さまざまな取り組みを実施している

iPS細胞を用いることで研究が進み、薬が開発されつつある

斉藤さん
井上先生はALSに関して、具体的にどういった研究をされているのですか。

井上先生
ALS患者さん由来のiPS細胞を用いさせていただいて、さまざまな種類の化合物やその他の物質のなかから運動神経細胞の細胞死を抑えられるものが見つけられないかと研究してきました。その結果、ボスチニブというお薬がiPS細胞モデルでは効果があることを確認しました。ボスチニブは、すでに慢性骨髄性白血病の治療薬として用いられているものですが、ALSでは使用を承認されていません。現在、ALS患者さんを対象に治験が行われているところです。第一段階の治験が終了し、この春から、さらに患者さんの人数を増やした治験が始まっています。

斉藤さん
それは希望のもてるトピックスですね!

「筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者を対象とした第1相医師主導治験」を2019年に開始した際の記者会見
(向かって右側から京都大学大学院医学研究科 臨床神経学(脳神経内科)髙橋良輔 教授、井上治久教授、徳島大学大学院医歯薬学研究部 臨床神経科学分野(脳神経内科)和泉唯信 教授)

井上先生
まだ十分には解明されていないALSに対しては、いろんな基礎研究の結果がこれから生きてくるという予感はあります。遺伝子を解析する技術がすごい勢いで進歩してきているので、それを基盤にした治療が出てくることが期待されます。一方で、ALSは、ヘテロジェナイティ(不均一性)が強く、さまざまなタイプが存在する病気です。iPS細胞のアドバンテージは、多様な患者さん由来のiPS細胞をつくることができるため、さまざまなタイプの情報をくみ取れるところです。タイプを分類して研究するためのリソースとしては、かなり際立ったものではないかと思います。

iPS細胞を用いてALSの研究を進めている井上治久教授

斉藤さん
今後の展開も楽しみですね!
では、そもそも井上先生がCiRAで研究を始められたのは、どういった経緯からなのでしょうか。

井上先生
もともと脳神経内科に入局し、ALSの方も担当させていただいていました。1990年代、ちょうど一部の原因遺伝子がわかり、モデルマウスが出てきた頃だったので、そこから治療法を探る研究に取り組ませていただきましたが、人に応用するには膨大な時間がかかってしまうこともわかってきました。ご病気の方から直接、ご病気の情報を見いだすことができればと思って、患者さんの皮膚から患者さんが病気になられる運動神経細胞をつくる研究をさせていただいていましたが、運動神経細胞を作り出すことができずにいました。ちょうどその頃、山中伸弥先生がiPS細胞を発表されて、患者さんの皮膚からiPS細胞を作らせていただき、そのiPS細胞から運動神経細胞を作り、病気のモデルができれば、治療に有効な方法を同定できるのではと考え、募集されていたiPS細胞研究所の主任研究者に応募させていただきました。

斉藤さん
なるほど…。最初から研究をしたいというお気持ちがあったのですか。

井上先生
研究者になろうと思ったことはなかったです。その時々の課題をどう解決するかを考え、行動してきた結果として研究している状況です。

斉藤さん
医師のバックグラウンドを持ちながら基礎研究をする人も、以前は多かったんでしょうか。

井上先生
正確にはわかりませんが、そのようなイメージです。今より割合が多かったと推測しています。

斉藤さん
そうだったんですね。ちなみに、先生はALS以外の研究もされているんですか。

井上先生
ALS以外の神経変性疾患も研究しています。疾患によってトリガーになるような遺伝的背景や病態は異なりますが、コモン・パスウェイ(共通経路)もあります。複数の神経変性疾患を研究することで、得られた知見をほかの病気の研究に適用したり、共通のアイデアや考え方を活用したりといったことができればと思っています。

斉藤さん
なるほど。治療法の開発には複数のアプローチが大事というお話も、腑に落ちました。

現状の病気のモデルが、宇宙環境下でどうなるのかを調べていきたい

斉藤さん
せりかさんは宇宙での実験でALSの新薬を創ろうと試行錯誤しますが、井上先生は宇宙で研究を行う宇宙医学についてどうお考えですか。

井上先生
かつてJAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙実験棟「きぼう」での実験に応募したことがあります。結果は不採択でしたが、宇宙に行ったとき、現状の病気がどうなるのか知りたいと考え応募をしました。

斉藤さん
そうだったんですね!宇宙での研究に可能性を感じられているということが嬉しいです。黒川さんは、宇宙でされたいことや、してほしいことはありますか。

黒川さん
いろんな分野の方に、思いもつかないようなことをやってほしいですね。先日、JAXAが13年ぶりに宇宙飛行士を募集していましたが、応募資格を理系に限らず大幅に広げていましたし。宇宙で行うことも新しい世代がどんどん変えていく時代になるんだろうなと期待しています。

宇宙の話に目を輝かせる、斉藤さん

斉藤さん
宇宙に行く人も、それを周りで応援する人も、魅力的な方が多いように感じます。井上先生は、今なら宇宙環境でどんな実験をされたいですか。

井上先生
宇宙環境における病気の研究に興味があります。ちょうど先日、京都大学大学院生命科学研究科附属放射線生物研究センター長の原田浩先生に、宇宙に関連する実験のことを教えていただきました。

斉藤さん
それは興味深いですね。実際にお話が進んでいるんですね。ぜひ実験を実現していただきたいです!

ALSの研究者と患者さんと寄付者をつなぐことも大事なこと

斉藤さん
せりか基金賞の授賞式って、どんな様子なのでしょう。

井上先生
いろんな分野のいろいろな世代の研究者の方に毎年、トピックスをお話いただいています。患者さんやご家族の方もいらっしゃいます。

斉藤さん
その年に受賞された先生方だけではなく、患者さんまで参加されるんですね!

黒川さん
昨年、一昨年はオンラインでしたが、過去の受賞者の多くは毎回来てくださっていますし、患者さんとご家族、支援されている方も抽選でご招待しています。臨床研究をされていないと、患者さんにお会いされたことのない先生もいらっしゃり、すごく喜んでいただけているんですよ。研究者と患者さんと寄付者をつなぐことも大事なことなんだなと感じています。

斉藤さん
すごく素敵な場ですね…。

黒川さん
患者さんも楽しみにされていて。アカデミー賞のような授賞式をめざしていて、皆さんおしゃれして来てくださるんですよ。今年は12月にリアルで開催できればと考えています。

第三回せりか基金賞授賞式の様子

斉藤さん
ありがとうございます! ALS研究を今後さらに発展させていくために、お二人はどのようなことに取り組みたいとお考えですか。

井上先生
取り組んでいることをきちんと進めていければと思っています。そのなかでいろんな方と協力し、それが少しでも役立てばと願っています。

黒川さん
失礼な言い方になってしまったら申し訳ないですが、研究者が何をやっているか、一般の方はほとんどご存知ないようなので、漫画の力も使いながら少しでも知っていただき、研究を進めることにつながればと思います。せりか基金が助成できる額は、まだそんなに多くありませんが、何かのきっかけになり、研究を続けられる環境づくりへと結びつけばうれしいです。

斉藤さん
確かに、すぐに答えの出ない研究を続けるって難しいですよね…。臨床実習をしていると、目の前の患者さんに向き合って病気を治していくのはやりがいがありますし、研究者志望だったのに結局臨床医になる人が多いのもよくわかります。そのなかでも基礎医学の研究を頑張りたいという学生に、何かメッセージをいただけませんでしょうか。

井上先生
最初の「そもそも」のところが最も大切だと思います。めざされたときのモチベーションは必ず残ってくると思うので、御自身が後悔されないよう進んでいただけたらと思います。

斉藤さん
心強いお言葉に、勇気がわいてきました。お二人とも本日は貴重なお話を、誠にありがとうございました!