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No.131

update.2022.09.28

世界先端のブロックチェーン開発に挑む、経済学部出身の学生起業家の素顔に迫る

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京都大学経済学部3年次の2018年3月に、ブロックチェーン関連のスタートアップ企業(現:株式会社CauchyE)を立ち上げた木村優さん。経済学部出身なのに、自らプログラミングを手がけ、起業までしたというから驚きです。学部卒業後は専門職学位課程へと進み、現在も博士後期課程で学びながら会社経営を続けています。いったいどんな会社で、事業と学業を両立させている理由はどこにあるのでしょうか。とても濃密な日々を送る、学生起業家にお話をうかがいました!

相互に補完して運用しやすい、独自のブロックチェーンを開発

――まずは「CauchyE(コーシー)」が、どのような会社なのかを教えてください。

「中心としているのは、ブロックチェーン関係のソフトウェア開発です。たとえば、分散型金融で使われるパブリックブロックチェーンや関連アプリケーションを手がけています。従来の金融取引は、銀行などの仲介業者が介在しますが、分散型金融では仲介者なしに自動で行われます。管理者がいない中で、安心して取引をできるようにするためには、高い透明性が必要ですし、誰かの手でルールが改ざんされないようにしなくてはいけません。こういった要望に応えられるシステムの開発や運用に取り組んでいます」

――これまでの金融取引とは全く違う仕組みなんですね。なかでも「CauchyE」が開発するシステムには、どんな強みがあるんでしょうか?

「ほとんどの開発者はたとえばイーサリアムのような、すでに存在している有名なブロックチェーン・プラットフォームに機能を付け足す形で分散型のアプリケーションを開発しているんですが、我々はCosmos SDKという開発キットを使ってブロックチェーンそのものを独自に開発し、そこに機能を付け加えることで独自の分散型アプリを構築しています。Cosmos SDKでつくったブロックチェーンを別のブロックチェーンに接続して、相互に補完して運用ができるんです。こういった特性をインターオペラビリティ(相互運用性)といって、この技術の研究開発で『CauchyE』は、世界の先端を行っている自負があります」

――ブロックチェーンごとの縛りが解消されるわけですね。

「Cosmos関連の技術は、2018年の終わり頃からずっと注目し、研究を続けていました。2017年頃だと、どのブロックチェーンが勝つかという議論がされていましたが、最近はもう、すべてのブロックチェーンがどう共存するかという議論に変わりつつあります。その共存を担うのが、インターオペラビリティの技術です。最近では、どうやってすべてのブロックチェーンに適用させていくのかというフェーズにきています」

ブロックチェーンとは?
暗号化の技術を用いて、ネットワーク上で行われた取引の記録をブロックに格納し、時系列に沿って鎖のようにつなげ全履歴を維持する、データ管理の仕組みのこと。

――技術で先端を走っているというのは、すごいですね。分散型金融のブロックチェーン以外でも開発をされているんですか?

「昨年から京都大学大学院総合生存学館(思修館)の池田裕一教授が実施するプロジェクトで、電力使用権限のトレーディングを行うソフトウェアを共同開発しています。総合生存学館(思修館)の合宿型研修施設で暮らす学生さんに、どれぐらいの電力を使うかの見込みを事前に決めてもらい、ブロックチェーン上に記録するんです。それより多く使うなら他人から電力を買い、余ったら他人に売る仕組みをつくり、節電意識を喚起しながら柔軟な取引ができるようにしています。 開発には京大生にも加わってもらいました。エンジニアじゃなくてもアプリケーションがつくれる、ノーコードツールを既に他の開発プロジェクトでは導入しているのですが、これをこのプロジェクトにも活用していけば、今後さらに多くの京大生を巻き込めそうです」

電力使用権限のトレーディングを行うソフトウェアのアカウント登録画面
ソフトウェア内部で使用しているシングルプライスオークション方式の概要図。売り手と買い手それぞれが価格を指定して注文を入力し、需要曲線(黄色)と供給曲線(紫色)の交点で取引が成立する設計となっている。

――それはまた面白い取り組みですね。現在の進捗状況は?

「先日から実証実験という形で試験運用を始め、どれぐらい節電の意識が醸成されるかの観察を始めています。ここまで進めることができたのは、総合生存学館(思修館)の学生さんの協力のおかげだと感謝しています。本プロジェクトの指揮を執る池田教授によれば、ペンシルベニア大学など海外の大学でも同じようにブロックチェーンを使ったシステムを研究しているところがあるみたいなので、今後、何かしらの連携ができないか模索しようと考えています」

ブロックチェーンに関する国際会議であるBlockchain Kaigi 2022 (BCK22)にて、池田教授により本プロジェクトの内容が紹介された。

――事業面でも、京大と深く関わっているんですね。

「あと、普段の仕事とは少し違うのですが、今年の頭に印象的な出来事がありました。ある個人投資家のブロックチェーン上に記録された5億円分の暗号資産があわやハッカーに盗まれるという状況に陥ったのですが、プログラムを開発してこれを防いだんです」

――なんと、漫画みたいなお話ですね! どんな状況だったんでしょうか。

「助けてほしいというメッセージが知り合いを通じて来たので、話を聞いたんです。それで依頼を引き受けることになったのですが、責任が重すぎるため、もう一人同じようにこの事件に取り組んで、どちらかが成功すればOKという責任が分散するかたちで進めることになりました。でも結局、参加したもう一人が途中で抜けてしまって、僕一人でやることになってしまいまして…」

――それは責任重大ですね……。それでどうされたんですか?

「ブロックチェーン上の暗号資産が引き出し可能になった瞬間に、ハッカーより先に引き出せばいいわけです。今回、引き出し時期まで14日間の猶予があったため、その間にプログラムをつくりました。結果、ロックが解除され引き出し可能となったと同時に、最速で引き出せたんですが、もう寿命が5年分ぐらい縮みました(笑)。でもおかげで、かなり自分のスキルを磨けましたし、ブロックチェーンの業界の中での自分のプレゼンスも上がったように思います」

――成功したおかげで、技術のアピールにもなったわけですね。

イベント「BlockChainJAM2018」にて講演

開発のスキルはあっても、経営のスキルや経験があるわけじゃない

――ソフトウェア開発を始められたのは、どのような経緯からなのでしょうか。

「中学生の頃、携帯型ゲーム機にはまっていたんですが、ゲームを遊び尽くしてしまって、もっと楽しむ方法はないかと、ゲームプログラムのソースコードを解読したりしていました。部活を引退した3年生の夏休みで、まだ受験勉強に本腰を入れる気分にもならず(苦笑)。当時は日本語の情報があまりなかったので、海外のソースコードを見て、自分なりにプログラムを研究していました。」

――独学でそれはすごい…。だけど情報系や工学系ではなく、経済学部に進学されたのは、なぜだったんでしょう。

「多少できるのにさらに学んで特化するよりも、ある程度の関連があって興味をもてる別の分野からマルチに知識を得たほうが、総合的に能力が伸びるのではと考えたんですよね。高校も理系クラスにいたんですが、倫理と政経を独学で勉強して文系受験をしました」

――ということは、学部生時代に起業をするのも計算のうちだったんですか?

「いえいえ、当時は将来のことを考えない、向こう見ずな学生でした(苦笑)。だけどゼミに入った頃、ちょうどビットコインの売買が流行りだして。グループ論文にしてみようという話になり、ブロックチェーンの技術面を調査するようになったのが第一歩。そこから興味をもち、暗号資産を自動売買するbot(一定の処理を自動化するアプリケーション)を開発したんです」

――ブロックチェーンの技術面の調査から、いきなり開発に!?(笑)

「取引価格の履歴を見て、ある数値が一定以上になれば取引を始めるような、簡単なルールベースのbotだったんですけどね。最初は秒速+500円という、すごい記録を叩きだしたんですが、相場の状況が変わってくると、秒速-250円というすごい損失も叩き出すようになったので捨てました(苦笑)。そういったトレードbotを開発するところからブロックチェーンの技術を使い始め、どういうソフトウェアとして実現すれば活用できるかを意識するようになり、起業に至りました」

――お一人で起ち上げられたんですか?

「Twitterなどのインターネット上で、ブロックチェーンの技術に関する話題を共有していた人と一緒に始めました。彼は、外国語学部卒で、コンサルティング会社で働いていたんですが、僕の『ポテンシャルに惹かれた』と、今は退職して『CauchyE』の取締役として活躍してくれています」

創業初期、仲間と共同で開発している風景

――学部卒業後、経営管理大学院の専門職学位課程に進学されたのはなぜだったんでしょう。

「開発者としてのスキルはあっても、経営者としてのスキルや経験があるわけではありません。先人の知恵を体系立てて学んだ方がいいだろうと考えたのと、長期履修制度を利用すれば仕事との両立もできるように思い、軽い気持ちで進学しました。始めの1学期は課題が多かったので、土日にやらざるを得ないこともありましたが、休日を多少犠牲にする覚悟があれば、とくに難しいことはなかったですね。追い込まれたときのマルチタスク能力も上がったように感じます」

――集中力も高まりそうですね。現在は京都大学大学院情報学研究科の博士後期課程にも進まれていますが…。

「修士時代、ビジネス向けの機械学習について体系的にまとめたんですが、調べるうちに機械学習にとどまらない人工知能的な領域に関心が湧いてきて。マルチエージェント強化学習の技術でブロックチェーンの仕組みを改善できないかと考え、長期目線で追究していこうと進学したんですよ」

――マルチエージェント強化学習というのは?

「その前にまずシングルエージェント強化学習について簡単に説明すると、これは他人がいない想定で、どう動いたら環境に対して自分を最も望ましい状態にもっていけるかをモデリングするというもので、昔から研究されていました。それに対して、マルチエージェント強化学習は、他人の行動を考慮に入れながら、自分の行動を変えて最適な目標に到達することをモデリングする機械学習になり、近年、注目されてきています。分散型金融は無人で行う仕組みでありつつも、報酬の分配をどう行うかは現状、人の手が介在して意志決定が行われているため、どうしても曖昧さが残ってしまいます。超長期的スパンの先の未来の話にはなりますが、マルチエージェント強化学習の技術を応用することで、この人臭さを取り除き、明確な判断を自律的に行えるようにできればと考えています」

調査力など大学で磨ける高次元の能力が、知識を得るのにも役に立つ

――この先、どんな開発が進むのか楽しみです。今後の展望を教えてください。

「やはり世界に通用するブロックチェーンの開発を行っていくこと。そのためにも、基礎的な技術研究開発に強みをもつ、グローバルな組織にしていきたいです。小手先のテクニックで認知を拡大しようとしても、ユーザーが一番見ているのは、その仕組みが自分にどう役立つかの部分。結局は、基礎的な技術の研究・開発能力が一番大きな差別化要因になると思っています」

――「CauchyE」は現在、どういったメンバー構成なんですか。

「フルタイムベースだと7名、あとはパートタイムで数名。国籍もバラバラです。日本人もいますが、アメリカのマーケターやシンガポールのエンジニアなどもいますし、今後はどんどん海外からも採用していくつもりです」

――世界中の人たちをターゲットにするなら、チームもグローバルであるべきなんですね。起業を考える学生への助言にもなりそうです。

「世界が狭いと、いいアイデアも生まれなければ、いい組織もつくれません。まずはコネクションを広くとることが大切です。日本国内だけの起業は面白くない時代になるでしょうから、グローバル目線はもっておいた方がいいと思います」

事業拡大のためシンガポールに出張
ブロックチェーンイベント等を視察したという

――なるほど。ほかにもアドバイスがあればお願いします。

「大企業は別でしょうが、スタートアップのレベルなら、“技術がわかる経営者”であることは、ほぼマスト。プログラミングができて当たり前の時代になっていますので、そのあたりもカバーしておいた方がいいです。それから起業のために大学を辞める人がたまにいますが、今後、グローバルで活躍するなら、学部は出ておいた方がいい。大学で知識を得るというよりも、知識を得るための調査力など、高次元の能力が磨けて役に立ちますし、卒業しておいた方が就労ビザも取りやすくなりますしね」

――大学での経験は、木村さんがお仕事をされるうえでも活かされているということですね。

「僕の場合、研究する、論文に落とし込む、といった経験が、ブロックチェーンの技術を調査するのにすごく役立っています。京大で身につけられたメタな技能は非常に価値が高かったです」

――まだ博士課程での研究も続きますしね。これからのご活躍も期待しています!

木村さん、ありがとうございました!