2018.01.24
「知の道場」へようこそ~エグゼクティブ・リーダーシップ・プログラム~
People
No.149
update.2024.02.28
2023年11月にスタートした「京大先生、質問です!」は、京大の多彩な研究者が視聴者の素朴な疑問に答えるシリーズ動画です。毎月、新しい動画が京大の動画ポータルサイト「KyotoU Channel」にアップされ、再生時に表示されるタイトルロゴには、手書きの勢いと味わいがあります。実は、この元となる書は、京大書道部の部長を務める総合人間学部2回生の植村亮さんが書いたもの。今回は、植村さんにタイトルロゴのことや書道の魅力についてお聞きし、京大書道部の奥深い世界をのぞいてみます。
――「京大先生、質問です!」の題字、とてもかっこいいですね!撮影場所の和室(京大の施設「吉田泉殿」)の雰囲気にもピッタリで…、掛け軸としても飾られていて素敵です。
「ありがとうございます。これまで毎年、京大の能楽部からは演目のめくりを書いてほしいと依頼してもらっていたのですが、大学から書道部への依頼は初めてだったので驚きました(笑)」
――題字を書かれるうえで意識したことはありますか?
「やはり一番は見やすさです。書道的な美しさと見やすさは必ずしも一致しないので…。さすがに草書を使うわけにもいきませんしね。そのうえで、何かしらの印象を付け加えられたらなと。できるだけスッキリ見やすくしたり、かっこよさに振り切った感じにしたりと、複数パターンを書いて提案したんですけど、かっこよさに重点を置いたものを選んでいただきました」
――何枚も用意されたんですね。実際に書くうえで、こだわった点についても教えてください。
「一画目が左上にくる字が多いので左上を太く強調し、そことのバランスを取るために、右下にも太さを置くというのを基本構造にしました。書道は過去の作品や見本の字をお手本にして書く臨書が基本になりますが、こういった題字は自由度が高いので、何かにのっとるわけではなく、感覚的に書いた部分が大きいです」
――なるほど。バランスを調整することで、一体性を持たせているんですね。題字は、動画の冒頭に表示されていますが、「こういう印象を与えたいな」みたいな思いはあったんでしょうか。
「逆にあまり印象に残らない方がいいかなと思っていました。題字がメインじゃないですし、変に目立ちすぎてもな…と。いろんな先生方が出演されるコンテンツでもありますしね」
――色を出しすぎないのもポイントなんですね。動画自体はご覧になりましたか。
「見ました見ました!面白かったですよ。最初に見たiPS細胞に関する動画は、全然自分が通ってこなかった分野で、理系寄りの話だったんですけど、すごくわかりやすかったです。ぜひ多くの方にご覧いただきたいですね」
――京大書道部ではどんな活動をされているんですか?
「今は水曜と土曜の週2回、練習会をしています。基本的には、京大書道部として、年に2回開催している展覧会に向けて作品を制作しています。現在の部員数は70人ぐらいなのですが、最近になって留学生がいっぱい入ってきて驚きました。留学生は上手くなりたいというよりは、日本文化に親しみたいという感じだと思います」
――書道に挑戦しようという留学生が多いのは、なんだかうれしいですね。そのなかで部長はどんな役割を担っているのでしょうか。
「展覧会の準備の時期は、幹部の人たちに仕事を振り分けたり、展覧会自体の題字を書いたりしています。他にも、月に1回、来てもらっている指導の先生との調整も担当しています。他大学と一緒に展覧会を開催することもあるので、その対応もしています」
――書道部の運営で大切にされていることがあれば教えてください。
「仕切るというよりも、円滑に回るように努めています。トップダウンは苦手なんですよね。自分も無理をしたくないし、みんなにも無理をさせたくない。上から押さえつけて、ああしろこうしろとは言わないようにしています」
――その結果が、京大書道部のカラーにもなっているんでしょうか。
「そうかもしれませんね。みんな好きにやっていて、突飛なことをする人もいますし。他大学に迷惑さえかけなければ好きにやってね、みたいな方針なので。昨年9月には、第16回目の旧帝展(全国の旧帝国大学の書道部が合同で開催する書道展)が仙台であったんですけど、『京大は変なことしがち』ってアンケートにも書かれていました(笑)。臨書するにしてもちょっと変えたり、創作の方が多かったり。合作が多いのも特徴的ですね。それぞれの得意分野をかけ合わせたり、同じ文字を複数人で書いたりと、いろいろやっていますね」
――京大の自由さが存分に発揮されているわけですね(笑)。2月10日、11日には、第132回「京都大学書道部書展 冬樟展」を開かれましたが、いかがでしたか?
「京都文化博物館での開催は今回が初めてだったんですが、畳の部屋だったので、卓上作品をちゃんと座って見てもらえるなど、いい経験でした。展示スペースが限られていたのですが、その分、個々の作品に注力できたので、作品の精度は高かったと思います。それに、今回はいつもより合作が多かったですね。僕自身も、同じ文章を4人それぞれの好きな書体で書く合作や、印章を掘る篆刻(てんこく)でも4人での合作を手がけました」
――字を刻むのも書道の分野に入るんですね!合作の魅力はどういうところにありますか。
「個人で完結しないことが一番大きいでしょうね。複数の人で分担することによってそれぞれの得意なことを行ったり、最後までどうなるのか予想できなかったりすることも面白いと思います。1人だけの字じゃないから、作品にも独特の雰囲気が出ているはず。1つの作品の中に複数人の字が混ざっているのに、全体として調和が取れている作品は、見る分にも面白いんじゃないでしょうか」
――昨年の第73回「京都勤労者文化祭書道展」では、植村さんは特選賞を受賞されましたよね。応募されたのは、どういう経緯からだったんでしょう。
京都勤労者文化祭書道展とは…
働きながら芸術をめざす人々の祭典「京都勤労者文化祭」の一環として開催されている書道展
「習っている書道教室で大学生以上はみんな出そうという流れがあったので一昨年に応募したところ、二部で一番上の賞をもらえたんです。そこで昨年は一部に上げて応募しました」
――どういう作品で、どういうところに気を配られたのでしょう。
「今回、お手本にしたのは、四角い線が特徴的な中国・北魏時代の楷書です。楷書を書くときは、できるだけ文字を均等に配分するようにしています。その中で、画数の多い・少ないといった違いもあるので、そこは大小つけるなど、1字の中での組み立て方には気を配りました。それに起筆を太くして力強さを生むように心がけましたね。あと、どの作品でもそうなんですが、紙面全体の黒さを大事にしています」
――紙面全体の黒さ?
「空間取りの美しさで魅せる人も多いんですが、僕は隙間なくぎゅっと詰めて書くことで、パッと見の印象で目を惹くようにしています。公募展とかって、最初は大量に並んでいるなかから落としていく作業になると思うので、その際、できるだけ目を惹くようにと、黒を意識しているんです」
――なるほど、確かに力強い印象です。全体の中での見え方も意識して、あえて詰めて黒を押し出すのが、植村さんのスタイルなのですね。ちなみに、植村さんは、どういうきっかけで書道を始められたんですか。
「小学生の頃、もともと姉が習いに行っていたので、それに毎週ついて行くようになったんですよ。当初は正直、深く考えておらず、毎週通うことが習慣になっていただけだったんですけどね」
――そこからどうやって好きになっていったんでしょう。
「やはり、展覧会などで賞を取れたり、どんどん段位が上がっていったりすると、楽しくなっていきました。中学生までと高校生からでは、段が違うんですけど、中3のときに8段まで進んだあたりから、頭の中と手が一致してきたというか。臨書もそうですが、自分が思い描いた通りに書けるようになってくると、面白くなってきて。高校の部活では、教育系の部分だけでなく、芸術系の書道にもふれるようになり、さらに好きになっていきました」
――狙った通りに手足を動かせると楽しく感じるいうのは、どの分野でも共通していることかもしれませんね。
――書道が学部での学びに活かされたり、学部での学びが書道に活かされたりといった相乗効果はあるのでしょうか。
「現在、日本史を重点的に学んでいるんですが、史料のくずし字が読みやすいのは、書道の経験が活かされていますね。それに、鎌倉時代や戦国時代の武士の字を授業で見ることもあるのですが、こういう書き方もあるのかと視野が広がります」
――書道をしていると、なんだか歴史も身近に感じそうですね。今後、こういう書を書きたいとかってあるのでしょうか。
「手当たり次第、好きにいろいろ書いて、さらに幅を広げたいです。京大書道部は、60年ぐらいの歴史があるから、OB・OGやそのご家族、先生方からの資料の寄贈が多いんです。卒業してしまうと、これだけ資料のある環境には、なかなか出会えないと思うので、今のうちにたくさん吸収してうまく消化させられたらなと思っています」
――この部室にもギッシリ並んでいますもんね…。
「これだけ本の種類があり、古典から現代まで、いろんな書家の作品を見れる環境はかなり貴重です。現在、よく手本にしている傅山(ふざん)という書家の作品に出会ったのも、ここでなんですよね。今までは王鐸(おうたく)の作品ばかり手本にしていたんですが、世界が広がりました」
――それぞれどういった書家で、どのあたりに惹かれたんでしょう。
「明代末期から清代初期にかけてという、同じ時代の人なんですけど、王鐸は直線的な線が多く、字の中にあまり空間をとらないんです。一方、傅山は線が丸く、空間を多めにとる。それなのに、激しさを感じさせるのがかっこいいなと思って、書いているうちに楽しくなってきました」
――これまでの、ぎゅっと詰めて書くスタイルにとらわれず、新しいスタイルにも挑戦されているんですね。まさに、この部室で新たな扉が開いたわけですね。書道部の皆さんとの関わりで、変わられた部分ってありますか?
「部員たちの作品を見て触発されたり、それまで注目してこなかった書家に惹かれたりして、これまで書いたことのない作風に挑戦するようにもなりました。おかげで表現の幅がかなり広がった気がします。みんなそれぞれ書いているものが違い、個性的な人が多いので、刺激をもらっていますね」
――とても刺激的な環境なんですね。今後、挑戦してみたいことや力を入れていきたいことはなんでしょう。
「今までは授業数も多く、書道にあまり時間が取れなかったんですが、3回生からは公募展にもどんどん出していこうと思っています。それに1回生のときは実家から通っていたんですが、2回生から地塩寮に入り、今はその生活が楽しいので、寮内での企画もいろいろやってみたいなと。個人的には、やりたいことは全部やってやろうというスタンスでいます。手当たり次第、手をつけてみて、無理なら無理でまた次に、そのくらいの気持ちでいいんじゃないかなって。時間のある大学生時代に、できることは全てやっておきたいですね」
――とにかく全部やってみる、なんですね!今後、大学生活を送る人にも伝わる言葉な気がします。ありがとうございました!