People

No.148

update.2024.01.24

ラオスでの出家体験から見えてきた!ラン科植物の保全と利用についての研究

この記事をシェアする

アジア・アフリカ地域研究研究科は、現地でのフィールドワークにより生態・社会・文化が複合した実態を調査し、地域に対する深い理解と国際的・学際的視野を養うことを特徴としています。そのなかで「ラオスにおけるラン科植物の保全と利用」をテーマに研究を進めているのが、博士課程3年の安松弘毅さん。ラオス滞在中には、なんと出家も経験されたのだとか。いったいどんな活動をされたのでしょうか。一時帰国の合間を縫ってお話をうかがいました!

ランは薬用植物としての需要が高く、世界的に絶滅が危惧されている

――ラン科の植物の調査のためにラオスに行かれ、出家をされたというのは、かなりインパクトのあるお話なのですが…その理由や経緯を教えていただけますか。

「ランは今、世界的に絶滅が危惧されているんです。ランといえば観賞用のものが一般的ですが、実は薬用植物としての需要も高く、そういった需要による野生個体の乱獲と、開発による生息地の減少が要因だと言われています。ラオスのどんなところにランが生息しているのかを探っていくなかで、多様なランを見つけられた場所の一つが仏教寺院でした。ラオスでは、森林の資源を利用することが生活の一部になっていますが、お寺の中やその周りの森では、ランを含めた動植物があまり利用されていないようだ、ということに気づきました。ラオスでは人口の6割ぐらいが上座部仏教を信仰しているのですが、どうやらその信仰心によって自然が守られているようなのです。そうなると、その土台にどんな考え方があるのか興味が湧いてきて…。それが出家をした理由の一つです。もう一つの理由は、もともと出家してみたかったからですね(笑)」

――なるほど、ランの研究のなかで仏教寺院との関係が見えてきたのですね。しかし、「もともと出家をしてみたかった」とは!?

「これまでにも留学や旅行で東南アジアのいろんな国を回っていたんですけど、タイやミャンマーなど、同じ上座部仏教の国で過ごし、お寺へ行ったり仏教行事に参加したりするうちに、人々が仏教に対してどう考えているのか気になっていました。街中でも僧侶をよく目にしますが、人々の尊敬の対象のようになっていて、気安く話しかけることもできず、身近なようで近寄りがたい存在だったので、いつか出家をして人々の考えを知りたいなと。あとはラオス語の語学力を高めたかったというのもあります。それで2019年11月中旬から2つのお寺で2週間ずつ、計1カ月間、出家をしました」

バリカンで髪を刈られる様子。剃髪自体には儀式もなく、実にあっけないものだったそう。
得度直後で、袈裟もまだうまく着れていない

――出家って簡単にできるものなんでしょうか。期間も短く感じますし、外国人でも問題ないんですか。

「例えばタイなら観光客の方が瞑想修行を行う1日出家などもあり、イメージよりはすごくカジュアルです。ラオスでも外国人であることが出家のハードルになるというのは、ほぼ感じなかったですね。一般的な手順はわかりませんが、僕の場合、会う人会う人に出家したいと話していたところ、あるラオス人が以前出家していたお寺の住職に口を聞いてくれることになったんです。ラオスでは、人からの紹介という手順を踏めばスムーズに物事が進むというのは、それまでのフィールドワークで気づいていて。そのときも紹介されたお寺で何の問題もなく出家できました」

――それは意外です。出家にあたり、何か儀式的なことはあるのでしょうか。

「まず髪を剃り、住職やそのほかの僧侶の前で、『これから僧侶として、戒律を守って修行に励みます』のような宣言をして、袈裟を着ます。ラオスの袈裟はオレンジ色や黄色の大きな1枚の布を折って巻くだけなんですけど、それで出家したことになります。還俗する、つまり俗世に戻るときは、同様に決められた文言を言って、袈裟を脱ぐことになります」

――日本の出家のイメージとは違いますね…。ラオスの人たちにとって、出家は日常的なことなのでしょうか。

「ラオスの男性は、出家経験のある人がほとんどです。成人前や結婚前に出家しておくことが親孝行にもなります。さらに誰かが亡くなったときは、親族の男性は全員丸坊主にして袈裟を着て、出家するという弔い方をします。このときの出家は朝にして、夕方には還俗してしまう事が多いんですが、それくらいカジュアルなんです。だから、人生で何回も出家したことのある人というのも少なくありません」

――先ほど出家が親孝行になるとおっしゃいましたが、これはどういう意味なのでしょうか。

「ラオスを含めた東南アジアの上座部仏教国では、出家は自分の救済のためだと考えられています。ミャンマーであれば女性も出家して徳を積めるのですが、ラオスでは基本的に女性は出家できないんです。それで、自分の産んだ子どもに出家してもらうことで、代わりに徳を積んでもらうわけです。あと、徳を積む以外の目的として、子どもを養いきれないときに出家をさせるというのも一般的です。僕が最初に過ごしたのは首都ヴィエンチャンにあるお寺だったのですが、首都にある大学へ行くために出家している人も多くいました。修行や戒律を守る必要はありますが、大学近くのお寺に無料で住むことができる。出家は社会保障のような役割も果たしています」

ラオスの人たちの生活の基盤を知ることができたのが一番の収穫

――出家中はどういう生活だったんでしょう。印象深かったことなども教えていただけたら。

「まず日の出前に起きて托鉢へ向かいます。托鉢は在家の人々が徳を積むため、僧侶に喜捨、つまり食事や金銭をあげるというものです。日の出になると、お寺が鳴らす鐘を合図に、僧侶たちが鉢を持ちながら、10人ほどで一列になって街を歩き始めます。近所の人々が道端で、主食のもち米やビニル袋に分けたおかず、少額の紙幣などを一人ひとりの鉢に入れてくれるのですが、それが終わると喜捨をしてくださった人たちに向けてお経を読みます。これを、地域を練り歩きながら、毎朝およそ1時間かけて行います。お寺に戻ると、喜捨された食事を集め、お経を少し読んだ後に朝食としていただきます。戒律で殺生は禁止されているんですけど、ラオスでは喜捨されたものに関しては関係ない。自分が殺してさえいなければ、肉でも魚でも食べられることには驚きました」

早朝から裸足で街を回る托鉢の風景
托鉢直後の鉢の様子。もち米やお菓子、お金などが入れられる。
托鉢で得られた食事を皆で囲む。出来立てのさまざまな家庭料理が食べられる。

――そのあたりも日本とは違いますね。

「面白いですよね。その後はお寺の掃除をし、昼前に朝食の残りを食べるんですけど、正午以降に固形物を食べてはいけないんです。そのため、正午以降は豆乳などを飲み、翌朝までもつよう頑張ります。出家者は3歳から大学生ぐらいまでが一番多く、午後はそれぞれ学校に行きます。夕方頃に帰ってきて掃除などの雑務をこなし、大きな仏像のある部屋に集まって1時間ほど読経します。このお経はパーリ語なのですが、その音をラオス文字で表した教本をつかって読んでいました。他の僧侶はすべて暗唱しているので、どの箇所を読んでいるのかを教えてもらいながら、必死でついていきました。ラオスは表音文字なので、僕でも読もうと思えば読めますし、文字を覚えるのにはとてもいい機会でした。それが終わると夜は自由。宿題や課題をする人もいますし、スマホでゲームをする子どももいます。僕はラオス語を教えてもらいながらしゃべったり、子どもの僧侶たちと一緒に遊んだりしていました」

――現地の人々と深く交流する時間でもあったんですね。2つ目のお寺に移られたのは、どういう理由だったんですか。

「ランの研究のためですね。ラオスには『森の寺』と呼ばれる種類のお寺があり、言葉通り、森の中の静かな環境で修行することに重きをおいています。そういった場所であれば、お寺と森の関係がみれるのでは、と人里離れたお寺へ移ったんですが、かなり生活の仕方が違いました。まず日の出の2時間ぐらい前に起き、読経と瞑想をしなければなりません。雑務も掃除だけでなく、仏像や建物をつくったり、土木作業をしたり。托鉢は荷台に何十人も乗ったトラックで街中へ行き、各地を回るのですが、街のお寺と違い、もらったものはお金も含め全部お寺に回収されてしまいます。その代わり、朝食は地域の在家の人々がお寺でつくってくれ、かなり豪華なものが食べられました。このお寺には小学校高学年ぐらいまでの小さい子が多く、昼から登校になるんですけど、夕方に帰ってからも2~3時間お経を読んで瞑想しなければならず、すべてが終わるのは夜の9時頃でした。毎朝4時に起きないといけないので、かなりハードでしたね」

舗装されていない道を回って托鉢
涅槃をまねて
袈裟の着こなしが様になってきた

――それは相当きつそうです…。出家されたからこそわかった、ラオス文化の特徴などはありますか。また、ご自身に変化はありましたか?

「托鉢でもらう食べ物ってかなりの量になるんですけど、僧侶が食べきれなかったものは地域の貧しい人たちにどんどん渡していくんです。そういった社会的な分配機能があることも、お寺に身を置くことでわかりました。変化としては、語学力はかなり上がりましたね。正直、仏教に入れ込むようになったとかはないんですが、ラオスの人たちの生活の基盤を知れたのが一番の収穫かなと。それに還俗した後、出家をしたことがあるという話をすると、現地の人とも一気に打ち解けることができ、その後のフィールドワークがやりやすくなったのもとても良かったです。ラオスに限らず他の国の人たちとも話が弾むので、東南アジアを回る場合、出家の経験はかなり役立つと思います」

ラオスや中国の人たちに、より良い自然の使い方を提案したい

――そもそもラオスをフィールドに、ランの研究をしようと思われたきっかけは何だったんでしょう。

「もともと親の仕事の都合で中学3年の夏頃からマレーシアに住んでいたんです。高校は1人で中国に留学したので、親が住むマレーシアと中国を行き来するような生活をしていました。その後は日本の大学に進学し、タイの大学に半年ほど留学したり、4年次にもミャンマーの大学へ短期留学しました。どの国も大好きになり、留学時も周辺の国を巡っていました。京大の大学院に進みラオスを研究フィールドにしたのは、まだ住んだことのない近くの国だったから、ということに過ぎません。ですが、文献やラオス各地を回って調査をしていったところ、ランが薬用植物として取引されており、そこに中国の人々が関わっていることを知って興味をもちました。これなら、中国語が話せる自分ならではの研究になるのではないかと」

ラオスの乾燥薬用ランは、中国の人々の人気が高く、高価で取引される
ラオスと中国の国境近くで建設が進められている経済特区。ラオスらしくない、きらびやかな建物が急増している。

――ラオスと中国って関わりが深いんですね。

「近年、ラオスと中国の関係が強まってきています。中国の支援で、ラオスに新幹線や高速道路が開発され、ラオスの人々の生活にさまざまなインパクトを与えています。その一方で、ラオスの森がどんどん少なくなってきています。加えてセッコク属のランは、中国では滋養強壮などの薬用植物としても需要が高く、九大仙草の一つと言われているぐらい珍重されているんです。なかでも野生のランは非常に薬効が高いとされ、ラオスの野生ランは中国の人々の間では高値で取引されています。そういった状況を踏まえ、ランを研究テーマの中心に据えることで、森林と生物多様性の保全に加え、地域住民の生業維持や国際関係に至るまで、多角的な視点でラオスを研究できるのではないかと考えました。採集から流通、利用までの流れを明らかにしようと、ランを扱うラオスの市場での聞き取り調査も行っています。興味をもって調査を進めていますが、今となっては風呂敷を広げすぎて、どうまとめればいいのか……」

周辺の森から採集した野生ランを植栽する様子はラオス各地で見られる

――ランの生息域だけではなく、流通部分も含めて調査されているんですね。最初のお話にもありましたが、仏教寺院周辺の森は、やはり神聖な場所だから乱獲されないんですか。

「そうですね。特に森の多いお寺は、瞑想修行などを重視している場所でもあるので、あまり人が立ち入りませんし、住民の信仰は僧侶だけでなくお寺やその周辺の森に対しても及びますから、植物も採られません。逆に、生物多様性保護区のような国立公園は、法律で禁止されていても、地域の人々はその資源を活用し続けています。ラオスの人々が自然を守る動機として、信仰心が大きいというのは面白いですよね。でも、ベトナム人や中国人など他国の人たちは、仏教寺院周辺の木も平気で切ってしまうようです」

――住んでいる方々の仏教への信仰心と自然環境の保全が密接に関係しているというのは興味深いです。現在は、どういうことを調査されているんですか。

「直近で行っているのは、ラオスのホームガーデンでランがどれぐらい利用されているかの調査です。190家屋ほどある村を対象に、庭に植えられているランの種類やルーツ、栽培の目的などを全世帯に聞き取り調査しました。結果、その村では半分ぐらいの家で何らかのランを庭に植えていて、そのほとんどが近くの森から採ってきたものでした。しかし採取元の森に行ってみても、それほど多くのランは見当たりません。開発が進み、森の面積が小さくなる一方で、『花がきれい』といった理由で地域の人々がランを持ち帰り、自宅に植えているようです。これまでは、乱獲のせいでランが減少したと思われてきましたが、一方で、乱獲されたことで、開発の影響を受けない場所での保護につながったというのは面白い現象だなと感じています」

ランの話を聞いていると、自慢の大株を見せてくれることも
お寺でのランに関する聞き取り。植物の利用に関する知識の深い住職と。
双眼鏡でランを探し、ランが着生している樹種やその大きさを記録する

――ある種、法律などシステム的なものではないところに、大事なものがあるんだということが見えてきますね。

「そうなんです。その調査の後に、村にあるお寺に行ってみたところ、20種類ぐらいのランが見つかりました。なかには、森でも庭でも見つけられなかったランも何種類かありました。おそらく森で見つけた稀少なランを、お寺に植えて守っていこうという発想もあるのではないかと推察しています。ラオスの自然を考えるうえで、お寺との関係は切り離せない。むしろ、そこに着目していくことで、何かが見いだせるのではと考えています」

――ランの研究を通して実現したい、最終目標のようなものはあるんでしょうか。

「ランを研究しようと思った動機の一つが、東南アジアと中国の関係からなんです。僕はどちらの地域も大好きなのですが、力関係でいうと中国が強く、その開発により東南アジアの人たちの生活が便利になっていく一方で、自然環境への影響も懸念されます。どうすれば生活も自然も守りながら、より豊かに暮らしていけるのか。ランの保全という目標もありますが、ラオスや中国の人たちにとって、より良い自然の使い方を提案したいというのが大きな目標です」

――ランの研究の先には、自然保護や国際関係など、大きな課題を見据えているのですね。ラオスでのフィールドワークが、いい成果につながることを願っています!