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No.147

update.2023.12.27

新入生2人が心肺停止の男性を救助!その背景にあった、京大独自の取り組みとは

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2023年5月に、経済学部1回生の神谷康成さんと櫛田琢人さんが、路上で倒れていた男性に遭遇し、救命処置を行いました。救急隊員が到着するまでの数分間に適切な処置を行った結果、男性は社会復帰するまでに回復。2人には京都市消防局より感謝状が贈呈され、令和5年度の京都大学総長賞も授与されています。2人はなぜそのような行動をとっさに取ることができたのでしょうか。医学研究科の黒木裕士 教授と、西山知佳 准教授も交えて、お話をうかがいました。

インタビューの様子。左から、黒木裕士教授、西山知佳准教授、神谷康成さん、櫛田琢人さん。

僕たちの行動がなかったら「おそらく助からなかった」と聞き驚いた

――人命救助をされたなんて素晴らしいです。もし自分がその現場に遭遇したらと想像するだけで震えてしまうのですが…まずは当日の様子を伺えますか。

神谷さん
その日は一緒にショッピングモールへ行った帰り道で、「助けてください」という声が聞こえ、何事かと思ったら路上に男性が倒れていました。近くにかけ寄ってみると泡を吹かれていて、喉に何か詰まっているのではないかと2人で判断し、まず横向きにして背中を叩いたんですが何も出なくて…。もう一度仰向けにしたら、心停止の兆候である「死戦期呼吸」が見られたので、先に櫛田が心肺蘇生を始めてくれ、2分後くらいに自分が交代し、4~5分間行ったところに消防車がまず到着しました。

死戦期呼吸とは…
心停止直後に見られる、しゃくりあげるような不規則な呼吸のこと。この呼吸を見て「呼吸をしている」と判断して心停止が見逃され、その結果、救命処置の開始が遅れる場合がある。

櫛田さん
レスキュー隊の方々がAEDを持ってきてくれたのでお任せして、そのあと救急車が到着して搬送されていきました。警察の方も来られて名前や現場の状況を聞かれたので答え、それから帰りました。

――とっさによく動けましたね…。

櫛田さん
とにかく驚きましたが、助けを呼ばれたご家族もパニック状態だったので、僕たちがやるしかないなと。新入生向けに大学が実施している救命救急講習を受講していたからこそ対応できました。ただ、これまで意識のない方に触れる機会なんてなかったですし、自分たちのやっていることが本当に合っているのかという不安も大きかったです。人の生死に関わることですから…。

神谷さん
男性のご家族は本当に動揺していて、動けない状態でした。でも、もし倒れたのが自分の家族だったら、きっと僕たちも同じように動けないだろうなと、あとで2人で話していました。

――その後の状況については連絡などあったのでしょうか。

櫛田さん
いえ。だから心配で、あえて考えないようにしていたんですが、2カ月ぐらいして大学から連絡があって、消防署から感謝状が贈られると聞きました。

神谷さん
男性の命が助かったのも、そのときに知りました。感謝状にも驚きましたけど、ずっと気にしていたので、安心が一番大きかったですね。

櫛田さん
その後、ご本人ともお話し、僕たちの行動がなかったら、おそらく助からなかったと聞いて本当にびっくりしましたし、行動して良かったと心から思いました。

――すぐに処置することで、やはり救命率が格段に上がるんですね。

西山先生
はい。心肺蘇生が行われると約2倍、AEDが使われるとさらに2倍、救命率が高まるとも言われています。

消防署から感謝状を授与された櫛田さん(左)と神谷さん(右)

約3,000人におよぶ全学部の新入生を対象に「救命救急講習」を実施

――それでは、ここからは先生方に質問です。救命救急講習は、黒木先生が立ち上げられ、西山先生が運営を担当されているとお聞きしました。まずは救命救急講習がどういうものなのか教えてください。

西山先生
新入生ガイダンスに含まれている講習会で、毎年4月に、全学部の新入生約3,000人を対象に、2015年度から実施しています。心肺蘇生のなかで最も大事な胸骨圧迫とAED(自動体外式除細動器)の使い方を学ぶことに特化して、知識だけではなくて実技も体験してもらっています。コロナ禍の2020年度と2022年度は実施できなかったんですが、2021年度と今年度は体験型オンライン講習を行いました。

今年度の救命救急講習(オンライン開催)にて、学内のAED設置場所についての説明

――約3,000人が実技をするとは、すごい規模ですね…!救命に一番必要なのは、やはり胸骨圧迫とAEDだと。

西山先生
昔は、市民向けの講習でも人工呼吸の方法を説明していました。ですが、知らない人に人工呼吸を行うことは、ためらいますよね。それに、市民が胸骨圧迫だけを行った場合と、人工呼吸と胸骨圧迫の両方を行った場合を比較したところ、救命率に遜色がないことから、2010年頃から世界的に胸骨圧迫の実施を優先する流れに変わってきました。今では、市民は最低限、胸骨圧迫とAEDをしてくださいという流れになっています。

――救命救急講習は、どういう背景で実施されることになったのでしょう。

黒木先生
2013年にできた国際高等教育院という、京都大学の教養・共通教育を企画・実施している組織から医学研究科に、「救命に関する講習を行ってくれないか」という要請があったんです。命の尊さを学ぶことや経験することにもつながるので、ぜひやりましょうとなり、翌年、一部の学生に対してトライアルで行ったところ、国際高等教育院の先生方からも高く評価いただいて、2015年度から新入生全員を対象に行うこととなりました。

西山先生
黒木先生らがご尽力くださり、新入生が一気に集まるオリエンテーションのプログラムに組み込めたことは大きかったですね。

黒木先生
南4号館という建物の1~3階を借りて、3日間集中で実施しています。座学も当然、必要なんですけど、実際に体験してもらうことを重視しました。

2019年度の救命救急講習の様子
心肺蘇生のトレーニングキット「あっぱくん®」で実技練習

オンラインでもこだわった、”実際に体験すること”

――オンラインで実施されることになり、講習の仕組みも変わったんですか。

西山先生
教育の内容自体は全く変えていないんですが、なんとか実技を入れようと最大限工夫をしました。学生さんがわざわざ準備しなくても、家の中にあるものを使ってできるように…。ちなみに2人は、クッション類は何を準備してくれました?

神谷さん
自分は枕です。

櫛田さん
僕は座布団を使いました。

西山先生
というように、家の中にあるもので胸骨圧迫の練習をしてもらって。胸骨圧迫は倒れている人の胸が約5cm沈むぐらいの強さで押すことがガイドラインで推奨されています。成人男性の胸が5cm沈む適切な強さは30kgとされていますので、家にある体重計の上にクッションや枕、座布団を置いて、上から押すことで胸骨圧迫の強さを体験してもらいました。

――30kgというのは、かなり強い力な気がするんですが…!

櫛田さん
本当にそうです。「このくらいが適切な強さかな」と自分が想像する力だと弱すぎることは、この講習でも体験していたし、肋骨が折れるのを恐れないぐらいに押さないといけないことも知識として持っていたので、男性に胸骨圧迫をしたときは、かなり力を入れて押しました。話を聞くだけではなくて体験していたことが、今回実践できた理由かなと思います。

神谷さん
心肺蘇生の動画は中学校や高校でも見たことがあったんですが、実技は経験してなくて…。オンライン講習でも実践できるんだというのが新鮮でした。

――実際に救命処置を行うにあたり、講習のどういうところが役に立ちましたか。

神谷さん
動画のお手本を見ながら、一緒に同じ動きを行えたのは有意義でした。単に知識を与えられるわけではなく、当事者の意識になって実践できました。

櫛田さん
倒れている方がいらっしゃったら、こういうことをするんだという一連の流れも学んだんですが、実際に現場に直面したときに、あの知識がなかったらおそらく一歩も動けなかったと思います。

――習ったことと実際の現場が違ったということもなかったのでしょうか。

神谷さん
本当に同じだったと思います。あの状況ではもう、頭の中の知識に頼らざるを得なかったです。

櫛田さん
習ったことしかすることがないぐらいの状況でしたね。

――受講したおかげで、迷わず行動できたんですね。

25人に1人は大学4年間で人が倒れる場面に遭遇している

――「知っていたから動けた」というのは重要なポイントですね。

黒木先生
救命活動ができることは、いざというときに大きな強みにもなりますし、救命活動に関する情報が広まっていくと、より安心安全な社会になるはずです。受講した学生は今年度で累計2万人を突破したんですが、こういった実技指導を継続的に行っている大学は例がありません。国民全員の素養になれば、いつどこで誰が倒れても、誰もが動けるようになるはず。そうなるのが理想です。

――どこの大学でも取り組まれていることではないんですね。

西山先生
全学生に対して行っている大学は、日本国内では他にないと思います。海外では、自転車に乗るくらい、心肺蘇生をすることが当たり前になるようにと、小学校や中学校から積極的に救命教育を実施しています。例えばノルウェーでは、1960年代から救命活動に関する教育に力を入れており、今では心停止になった国民の約80%に、何らかの救命処置がなされているんです。

――日本でも、自転車と同じくらい救命活動が身近な存在になればいいですね。

西山先生
ちなみに2人が対応したとき、その男性のお顔は土色っぽくなっていた?

櫛田さん
よくは思い出せませんが、最初は喉に嘔吐物が詰まっているのかなと思ったんです。でも、違っていて。

神谷さん
心肺蘇生をしたらウッウッと声は出るものの、呼吸はできていなかったのでヤバイなと。

西山先生
緊急の場で、その症状が死戦期呼吸だと思い出してくれたことが衝撃です。ヤバイと思ったら迷わず胸骨圧迫を、というのがちゃんと伝わっていて、不安ながらも実践してくれたことが救命につながったわけですね。実は、京大の救命救急講習を受講した学生の追跡調査をしたところ、25人に1人は卒業するまでに人が倒れている場面に遭遇していたことがわかりました(詳しくは、Nishiyama C et al.)。

――そんなにも遭遇するものなんですね…!

西山先生
心停止現場に遭遇した学生の2人に1人は何らかの救命行動をとってくれていました。毎年3,000人を対象に開催している救命救急講習も効果があるのかなと感じます。

救命救急講習を行っている西山先生

見て見ぬ振りをせず、困っている人に声をかけ、行動できる人間に

――突然、心肺停止になって亡くなられる方って多いものなのですか。

西山先生
日本国内では年間約8万もの人が、心臓突然死で亡くなっていると言われています。例えば、急性心筋梗塞であれば、約3分の2の方が病院に到着する前に亡くなっています。運よく目撃があって救命処置がなされた一部の人たちだけが、病院へたどり着けています。さらに言うと、神谷くんと櫛田くんの行動は、男性の命を救っただけでなく、その方にとって大事な家族や友人も同時に助けたといえます。

――言葉にしていただくと重みが出てきます…。

西山先生
そのような場面に遭遇すると、パニックになるのが当たり前ですからね。ただ先ほど、第三者だからこそ落ち着いて対応できたと、話してくれたことが心に残りました。何より、「助けてください」の声に、よく立ち止まってくれたなと。

神谷さん
消防署で聞いた話なんですけど、自分たちが到着する前に2~3人が通りすぎたらしくて…。

西山先生
人が倒れた場面に遭遇した時、避けずに力になってほしいというのはもちろんありますが、私たちの真の願いとしては、もっと身近な場面、例えば具合の悪そうな人や困っている人がいたら声をかけるなど、見て見ぬ振りをしない人間になってほしい。それをいつも、講習の最後に伝えています。

――その想いが伝わったわけですね。

神谷さん
自分も先日、自転車で事故を起こしてしまって。山道で電話もつながらず、結構血だらけだったんですが、最初の3台ぐらいの車はこちらを見ても通り過ぎていったんですね。でも、4台目ぐらいの人が止まってくださり、助けてもらえました。その状況を照らし合わせてみても、「どうせ助かるだろう」、「自分が関与しなくても大丈夫だろう」と避ける自分を安心させるのではなく、他人事にせず向き合う勇気が本当に大事だなと強く思います。

櫛田さん
日本人は、良い意味でも悪い意味でも人と距離を取るというか、関わらない、干渉しないという文化があるのかなと思います。とっさに救命行動をとれる人が一人でも多く増えて、今回のことが、受賞という形にならないくらい当たり前のことになってほしいなと。同じ状況に遭遇したら、日本人全員が同じように行動できる社会になってほしいなと思います。

――神谷さんや櫛田さんのように、困っている人に手を差し伸べられる人が、もっと増えていくといいですね。最後に、先生方からもメッセージをもらえますか。

黒木先生
大学生の影響力って、とても大きいと思うんです。しかも新入生がこういうことを行えたのは、とても重大です。人の命を救うという経験をした2人は、周囲に必ず影響を及ぼすので、こういう取り組みで得たノウハウやスピリッツをずっと持ち続けて実践してほしいです。同じように受講してくれた全員が、自信を持って、社会で活躍していただきたいなと考えています。

西山先生
救命処置のスキルを学んでもらうだけではなく、自分自身のこと、周りの人のことを大切にできる気持ちを培ってもらいたいですね。倒れた人は、誰かにとっての大切な人です。その人たちを助ける、優しい人間性を4年間で育んでほしいと強く思っています。あとは救命救急講習が「自分にもできることがある」という自己肯定感の獲得にもつながったらなと。そういう素地をつけた学生さんたちが、真のリーダーになって世の中で活躍してもらえたらと願っています。

――これからも講習が続いていくことを応援しています!本日はありがとうございました!

京都大学総長賞の授与式の様子。西山先生らが推薦を検討していたところ、すでに授与が決まっていたそう。