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No.146

update.2023.11.29

若手研究者のユニークな知見を、社会に還元していく仕組みづくり

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京都大学にはユニークな研究を行っている研究者がたくさんいます。その研究にスポットを当て、世間との接点を作っているのが、ジャルガルサイハン・ジャルガルマーさん(ジャルさん)。教育学研究科博士後期課程を修了し、現在は産官学連携本部で研究員として仕事をしながら、個人の活動として「偏愛講座」、「ぶらりさーちゃー」という事業を展開しています。マニアックな研究を紹介する活動やジャルさんご自身について、お話をうかがいました。

研究者が自らの「偏愛」を伝える機会を創出

――「偏愛講座」、「ぶらりさーちゃー」は、それぞれどのような事業なのでしょうか。

「偏愛講座は、若手研究者がその名の通り自身の偏愛するマニアックな分野について解説する講座。ぶらりさーちゃーは、研究者の案内のもと研究フィールドを巡るツアーです。研究者とぶらぶら歩くという意味合いで、「ぶらり」と「researcher」を掛け合わせた造語です。京都府や新規事業創設のための支援を行う株式会社フェニクシーの協力を得ながら、文学や生物学、動物学など幅広い分野の研究者とともに開催してきました」

偏愛講座のオープニング。講演者の丸岡さん(右)を紹介するジャルさん(左)。

――偏愛講座には、以前ザッツ・京大でもご紹介した「虫秘茶」開発者の丸岡さん(農学研究科博士課程学生)も登壇されたそうですね。研究者の案内で実際の研究フィールドを見に行く、ぶらりさーちゃーもとても興味深いですが、どのようなところに行くのですか。

「キリンの研究者の案内で京都市動物園に行ったり、学問の歴史の研究者とともに京都大学周辺を巡りながら京都大学設立以来の歴史をたどったり。コウモリの研究者と一緒に、超音波検出機を持ちながら3箇所でコウモリを探したこともあります。本物のコウモリからつくられた標本を示しながら、コウモリの生態について解説もしてもらいました。どのツアーも京都市内という身近な場所で実施したのですが、研究者の案内で歩くと、いつもとは全く違う景色に見えてきて、とても新鮮でした」

京都大学北部キャンパスでコウモリ探索中!

――どれも面白そう!企画を立ち上げるにあたって、苦労されたことはありますか。

「研究者と一緒に講座やツアーの内容を考えるのですが、一般の参加者に伝わる内容に調整するのに時間がかかりました。普段、研究者が講演を依頼されるときは、事前打ち合わせがない場合がほとんどで、講演の中身についての具体的な指示はないそうです。だから、聴衆の知識レベルや興味が分からず、学会発表のような堅い内容になってしまいがち。せっかく面白い研究をしているのに、もったいないですよね。

そこでこの事業では、みっちり打ち合わせをして、話の構成から配布資料まで一緒に考えていきました。参加者も10人以下に限定し、どのような人が参加するかを把握したうえで盛り込む内容を決めました。関心をもってもらえるよう、タイトルにもこだわりました」

コウモリの研究者と制作したオリジナル資料

――「聞こえないコウモリの声を聴く」や「毒ヘビのハンティング~死の接吻に至るまで~」など、ワクワクするようなタイトルをつけられていますよね。

「理学研究科の博士後期課程で毒ヘビの研究をしている児玉さんの研究テーマは、『ヘビ毒の進化機構に関する研究』ですが、これだと難しすぎますよね。多くの方に研究を知ってもらうには、タイトルや告知内容も大事だと思っています」

偏愛講座のチラシ

「好き」の気持ちだけでひた走る、”探究”の人たち

――これまで偏愛講座は7回、ぶらりさーちゃーは3テーマ開催されたそうですね。参加者からはどのような感想が寄せられましたか。

「偏愛講座については、少人数に設定したこともあり、研究者と直接話せる距離感がよかったと言ってもらえました。ユニークな研究者から知らない世界の話を聞くことで、新たな視点を獲得できたという声や、研究者の『好き』という強い気持ちが伝わってきたという感想もありました。

ぶらりさーちゃーの方は、普段何気なく歩いている場が学びの場になったという声が多かったですね。研究者がどんな質問にも答えてくれるので、その知識量に驚いたという人も。私も、ひとつひとつの質問に対して学術的な根拠に基づいた解説をする姿を見ていて、なんて誠実な人たちなんだろうと感動しました」

――最先端の研究をしている人から直接話を聞けるなんて、すごく貴重な機会ですよね。研究者の方々からはどのような感想がありましたか。

「普段接することのない人たちと意見交換ができたことや、一般の方に興味を持ってもらえるポイントが明確になったことに喜ばれていました。科学的根拠や正しさを提示するだけではなく、対話のなかで共感を得ることの大切さも感じていただけたように思います。研究者以外の人たちに自分の研究内容を伝える、トライアルの場としても活用いただけたようです」

――研究者の方々も、自分の研究に興味を持ってもらえるのはきっと嬉しいですよね。

「そうだと思います。質問もどんどん出てきて、すごく盛り上がったので、児玉さんは『こんなにヘビに興味を持ってもらえるとは思わなかった!』と驚いていました」

――ジャルさんはどんなことが印象に残っていますか。

「研究者の話は、どれも面白くて印象的でしたが、共通して感じたのは研究者の方々の高い柔軟性です。最初にプレゼンテーションを作ってきてもらい、それをわかりやすくするためのアドバイスを私たち運営スタッフからさせていただいたのですが、次の打ち合わせでは完璧に仕上げてきてくれるんです。その力量に感動しましたし、ポイントを掴めば、研究者は自身の研究内容をよりわかりやすく生き生きと紹介できるのだと確信しました」

――さすが研究の第一線で活躍している方々ですね。

「はい。それから、研究者のことを、すごくかっこいい人たちだとも思いました。純粋に自分の好奇心に突き動かされるように研究しているんです。大変な努力を重ねているはずですが、本人たちはそれを苦労とは思っていないんですよ。

例えば、アジア・アフリカ地域研究研究科の齋藤先生は、日本の野生キリン研究の第一人者なのですが、キリンへの愛がとても深いんです。『長年キリンと同じ時間を過ごすことで、キリンのコミュニティの一員になれた気がする!』と喜ぶ姿から、『好き』の気持ちが溢れていました。そんな風に、やりたいことを貫く姿勢や楽しいことに夢中になっている研究者の姿に魅了されました。真のイノベーションを起こす発見も、そういうところから生まれるのではないでしょうか」

ぶらりさーちゃーの後に、斎藤先生(右)と記念撮影

研究者を目指すなかで芽生えた、応援する気持ち

――ジャルさんご自身のことも教えてください。モンゴルのご出身で、教育学研究科に留学されていたそうですね。

「はい、モンゴルでは政治学部で、国を良くしたいという思いから政策を勉強していたんです。京都大学に留学してからは比較教育政策を学び、東アジアの高等教育政策の比較を研究テーマにしていました」

――具体的にはどういった研究なのでしょうか。

「簡単に説明しますと、その国の政治経済体制と、大学などの高等教育体制に相関があることを見出すとともに、国による違いの要因を明らかにする研究をしていました。例えば、市場経済を導入したモンゴル、中国、ロシアなどでは、高等教育機関による学費徴収の導入、私立高等教育機関の創立などの共通性が見られます。また、中国やロシアでは、こういった高等教育体制の変動により、コストが低い社会科学などの文系分野の拡大が見られましたが、他方でモンゴルでは工学分野の拡大期がありました。モンゴルは民主化したことで当時のソ連を頼ることができなくなり、自国での技術者育成に努めざるを得なかったという背景が、国別の比較を通して浮かんできました」

留学時代は、毎日深夜まで勉強していたそう

――学問発展の裏側には、それぞれの国が抱える事情が大きく影響しているんですね。ちなみに、留学先に京都を選ばれたのはなぜですか。

「日本に来る前は『日本イコール東京』と思っていましたが、たまたま京都の語学学校に留学できる機会があって、京都に来たんです。そしたら、自分の研究したい分野の先生が京大にいらっしゃることが分かって、本当にラッキーでした。実際に来てみると京都はすごく住みやすいですし、学問の街として、学問の自由の土台がある土地だと感じています」

――京都に来られたのは、最初はたまたまだったんですね。偏愛講座やぶらりさーちゃーを始めたきっかけは、なんだったのでしょうか。

「私自身も研究者になりたいと思っていたのですが、大学院で学んでいるうちに、真摯に研究に取り組む同級生たちを応援したいと思うようになりました。研究成果を出すには時間がかかります。そこで、研究成果以外のかたちでも研究に関することを社会に還元し、それが評価される仕組みを構築できないかと考えました。それを可能にするため、社会と研究をつなぐ仕組みとして考えたのが、偏愛講座とぶらりさーちゃーです。これらの事業は、9月でいったん完結したのですが、今後もさまざまな活動を行っていきたいと考えています」

偏愛講座とぶらりさーちゃーについて、京都大学アカデミックデイ のイベントで、ポスター発表するジャルさん

――今年の6月から、京都大学産官学連携本部でも勤務されていますよね。

「はい。産官学連携本部では、大学の知を産業界に繋ぐため、幅広い活動を行っているのですが、研究者を支援したいという私の想いと共通点を感じています。現在、私は起業による研究成果の事業化を目指す研究者の発掘を担当しています。社会課題の解決に貢献する手段として起業することは、研究者の新しいキャリアを開拓することにもつながると考えており、とてもやりがいを感じています」

――ジャルさんの更なるご活躍を期待しています。最後に、読者のみなさんに向けて、メッセージをお願いします。

「まず若手研究者のみなさんには、積極的にいろんな人と交流してほしいです。例えば、隣の研究室をのぞきにいったり、自分の研究テーマを一段階、広く捉えて、『昆虫』、『動物』などの大きな枠組みでほかの研究者とつながってみると、新しい発見があるかもしれません。

そして、高校生の方々へ。京都大学にはたくさんの教員・研究員がいて、それぞれが面白い研究を行っています。もし興味が湧くものがあれば、ぜひ研究者の情報などにアクセスしてみてください」

――ジャルさん、ありがとうございました!