2017.03.01
365日火山愛!火山と向き合う人、の巻
こんにちは。
ザッツ・京大編集部です。
突然ですが、みなさんは「科捜研」という名前を聞いたことがありますか?
正確には「科学捜査研究所」。その名の通り科学技術を駆使しながら犯罪の捜査などを行う、警察の付属組織です。
科捜研が活躍するご長寿TVドラマを観たことがある方も多いのではないでしょうか。
今回取材させてもらった森本千恵さんも、高校生のとき、そんなドラマを観ていたひとり。
そこから科学捜査に興味を持つようになり、現在は京都大学大学院医学研究科の法医学研究室でDNAによる血縁鑑定の研究をしています。
2018年7月には新たなDNAによる血縁鑑定法を開発し、「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」を受賞。若手女性科学者を対象とした、栄誉ある賞です。
進路を考え始めた高校生の頃から、博士課程学生として法医学研究に取り組む現在に至るまで、森本さんの軌跡を聞かせてもらいました。
――まずは定番の質問ですが、京都大学医学部に入学されたきっかけから教えてください。
「高校生のとき、生物の授業が好きだったんです。とくに興味があったのは、ヒトの体。細胞の構造を習ったときには、体のなかにそんなに複雑な構造があるということにびっくりしました。自分のことなのに何も知らないというところのが、すごくおもしろかったんですね。
それで理系の研究がしたいなと思うようになって、最初は農学部や理学部への進学を考えていたんですけど。いろいろ調べているうちに、京都大学の医学部には人間健康科学科 検査技術科学専攻 があるということを知って、入学を決めました」(※)
――検査技術科学専攻では、どういったことを学ぶのでしょう?
※森本さんの受験当時。現在「検査技術科学専攻」は「総合医療科学コース」に再編されています。詳しくはコチラをご覧ください。→ http://www.med.kyoto-u.ac.jp/hs/hs-soshikisaihen/hs_mms/
「簡単にいえば、さまざまな医学的検査を行う専門家を養成する学科です。卒業後は病院や公的機関で働いたり、研究者として大学院に進学したり、研究職として企業に就職したりと、いろんな選択肢があるところに魅力を感じました。
あとは、ヒトに関する検査の一環としてDNA鑑定についても学べそうだったので」
――DNA鑑定に興味をもったのも、生物の授業がきっかけですか?
「それもありますが、TVの刑事ドラマで科捜研がDNA鑑定をしているのがカッコよくて(笑)」
――ええっ! ドラマがきっかけだったんですか?
「検査技術科学専攻の卒業生のなかには科捜研に就職している方もいるということを知って、ますます興味がわきました(笑)。ただ、そのときは絶対研究者になるとか、科捜研に入るとかいう強い意志があったわけではなく、いろんなことを勉強したいという気持ちの方が強かったですね」
――ちなみに、ドラマで観た科捜研のどんなところに惹かれたのでしょう?
「たとえば現場に落ちているわずかな砂を採取して、『これはどこの砂で……』みたいなことを特定したりするじゃないですか。それが実際にできるかはわからないですけど(笑)、そういうわずかな情報から真実にたどり着くのがすごいなあと思って観ていました」
――確かに、私もそういうシーンを観たことがあります。ほんの少しの皮膚片や血痕が大きな手がかりになったりしていておもしろいですよね。
でも、ヒトに関する検査法を学ぶなら、他大学でも可能かと思います。なぜ京都大学を選んだのでしょう?
「いろんな大学のオープンキャンパスに参加したんですが、そのなかでも一番雰囲気がよかったのが京都大学でした。研究室を見学したとき、実際に機器を触らせてもらえたり、人体標本も見せてもらえたりしたんです。高校生でも『自分からどんどん手を動かしてみよう』という空気が、とてもおもしろそうで自分に合っていると感じました」
――オープンキャンパスが決め手になったんですね! 実験が好きな高校生なら、珍しい実験機器を自分の手で動かすのはワクワクしそうです。
生物学への興味と科捜研への憧れから、人間健康科学科 検査技術科学専攻に入学した森本さん。
学部の4年間では病院で一般的に行うようなDNAの検査方法については学ぶことができたものの、いわゆる犯罪捜査に使われるような方法にはあまり触れることができなかったといいます。
「せっかくならずっと興味のあった法医学のDNA鑑定についてもっと深く勉強したいなと思って、大学院に進学することにしました。学部の先生にそのことを話したら、人間健康科学系専攻ではなく医学・医科学専攻の法医学研究室はどうかとアドバイスしてもらったんです。DNA鑑定の研究ができる大学は少ないのですが、法医学研究室でなら自分の興味を掘り下げることができると思いました」
――大学院から専攻が変わったんですね。それまでと専門が変わるって、大変じゃなかったですか?
「1年目はとくに大変でしたね。研究室に入って長い先輩方が多かったので、最初は周りのレベルについていけませんでした。何を言っているかもよくわからないし、研究もぜんぜん追いつけないし。初めて自分の研究データを研究室のみんなの前で発表したときには、もうボロッボロでした(笑)」
――おお……想像以上にハードそう。よく心が折れませんでしたね。
「やっぱり自分が勉強したくて入った研究室なので。大変なことはあっても研究自体は楽しかったんです。わからないことはその都度質問して教えてもらったり、自分の研究を進めながら知識を蓄えたりして、少しずつ周りとの差を埋めていきました」。
――研究ってそんなに楽しいんですね。とくにおもしろいのはどんなときですか?
「やっぱり結果が出たときですね。ささやかな発見なんですけど、世界で誰も知らないことを、自分が初めて見ることができる。予想していた答えとは違う結果があらわれることもありますが、その原因を考えるのもまたおもしろいです」
物腰穏やかで控えめな印象の森本さんですが、芯にはひたむきに努力する意志の強さがあるようです。自分の興味に向かってまっすぐに突き進み、2018年には見事「ロレアル-ユネスコ女性科学者 日本奨励賞」を受賞されました。
研究テーマは 「『またいとこ』までわかる血縁鑑定法の開発」。それがどのような研究なのか、筋金入りの文系である編集者にもわかるように基礎中の基礎から説明していただきました!
「私が扱っているテーマは、DNAによる血縁関係の鑑定です。できるだけ遠い血縁関係まで特定できるようにしたくて、またいとこまでわかるような方法を考えました」
――なるほど。そもそも、「またいとこ」ってどんな関係性でしたっけ?
「親同士がいとこ、というのがまたいとこです。ほぼ他人ですよね(笑)。そういう人を、DNAで特定できたらすごいなあと思って」
――親のいとこの子どもですか。私も会ったことないです。具体的には、どうやって鑑定するのでしょうか?
「そもそもDNAは塩基という物質が長くつながってできているんですね。塩基にはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4種類があって、これがいろんな順番で並んでいます。
ヒトはひとりひとり顔が違ったり、体質が違ったりしますが、そういった違いはこの塩基の並び方によって決まるんです。
塩基の数は、ヒトの場合だと30億対。お父さん由来のDNA30億対と、お母さん由来のDNA30億対が組み合わさっていて、膨大な情報量になっています」
――合計60億! ものすごい数でめまいがしそうです。
「ただ、30億対のなかでも人によって違いが観られる部分っていうのはある程度決まっています。それが『SNP(スニップ)』と呼ばれる領域。ヒトだと1千万ヶ所くらいあるんですが、私の研究ではこのSNPのなかからだいたい17万ヶ所を調べています」
――60億に比べたら少ないですが、それでも膨大な数ですね。このSNPを、どのように扱うのでしょうか?
「たとえばAさんとBさんの血縁関係を調べたいとします。2人が同じSNPを持っていたとしたら、その部分はDNAが似ているということになりますよね。
ずらーっと並んだ塩基配列のなかから同じ部分を見つけていき、その長さを合計することで2人がどのような関係かを見分けるんです。塩基配列を点ではなく、線として見るという発想ですね。
この2人はSNPの同じ部分が長いから兄弟だろうとか、短いから従兄弟だろうとか。またいとこになるとすごく短いんですけど、赤の他人と比べたらSNPを共有している部分が多くなります」
――なるほどー! 共有している部分の長短によって、血縁関係の近い・遠いがわかるということですね!
――SNPが共有している部分を調べるこの方法は、一般的に行われている血縁鑑定とはどう違うのでしょう?
「現在のDNA鑑定では、STRという領域から15ヶ所を調べる方法が主流です。SNPとは別の領域ですね」
――15ヶ所? 森本さんが開発された方法に比べると、かなり少ないんですね。
「少ないんですけど、人によってかなりバリエーションがある部分なんです。SNPは2種類くらいなんですが、STRは1ヶ所でも20種類くらい違いが出てくるので、情報量が多いんですね。
ただ、15ヶ所というのはやっぱり少ないので、2人の間の血縁関係は親子か兄弟までしか特定することができません。SNPのほうがSTRよりも数が多いので、DNA全体をくまなく調べることができます。この『くまなく』というのがポイントで、より網羅的に細かく調べられるという点で、STRではなくSNPを対象にしました」
17万ヶ所のSNPのデータは、森本さんが自分で組んだという独自のプログラムで解析するのだそうです。
……プログラミングはもともと得意だったのでしょうか?
「いや、全然(笑)。『R(アール)』という統計解析によく使われる言語を使っているんですが、この研究室に入ってから先輩に教えてもらったり勉強会に参加したりして覚えていきました。
もっと実験とかするようなイメージで入ったので、最初のうちは『あれ、なんで私プログラムをやってるんだろう? 思っていた感じと違うぞ』とは思いましたけど(笑)。慣れてくると、自分で思った通りの処理方法を書けるのはすごく便利ですね」
――この研究をするうえで、とくに苦労したのはどんなことですか?
「苦労したことはたくさんありますけど、一番はサンプル集めだったかもしれません。
まずはPC上で模擬の家系図をたくさん作って、関係性によって同じSNPの長さがどのくらいになるかシミュレーションするんですね。それを、実際のヒトのDNAを調べて正しいかどうか検証するという2ステップで研究開発していたんですけど。
肝心なDNAサンプルがなかなか集まらないんですよ。研究室の人にも協力してもらって、お盆に親戚が集まるときなんかにみんなから採取してきてもらったりしました」
――たしかに、またいとこなんて会ったことがない人の方が多そうですし、集めるのは難しそうです。DNAはどうやって採取するんですか?
「基本的には、綿棒のようなもので頬の内側をこすって、粘膜細胞を採取します。乾けばDNAは割と安定するので、そのまま封筒などに入れてもらえばサンプルとして使用できますね」
――密閉容器に入れたりしなくても大丈夫なんですね! ちょっと意外です。それで、最終的には何人分のサンプルが集まったのでしょうか?
「全部で67人分集まりました! そのうち、またいとこは5組。私もまたいとこには会ったことがないんですが、まだ赤ちゃんらしいんです。それで、親御さんに手紙を書いて、サンプルを送ってもらえるようにご協力をお願いしました。やっぱり、実際のデータで検証しないことには説得力が出ないので、集められてよかったです」
森本さんの研究について伺ったところで、実験を行なっている研究室も見学させていただきました!
……今は、何をしているところなのでしょう?
「試料に薬をかけて、DNAを抽出しています。このガラスの箱のようなものは『クリーンベンチ』といって、実験者の皮膚や唾液、汗などが混入することを防ぐもの。手袋をした手だけを入れて作業します」
――実験する人のDNAが混ざってしまわないように、細心の注意を払うんですね。
「そうですね。DNAの量が多ければまた話は変わってきますが、法医学で扱う試料は微量であったり、傷んでいたりするものも多いんです。そのため、わずかな混入でも避ける必要があります」
森本さんの手つきを見ていると、なかなか繊細な作業のようです。抽出したDNAは、温めることでその量が増えるのだとか。DNAが増えるとは、未知の世界です…。
さて、クリーンベンチの隣には冷凍庫がありました。設定温度は…なんとマイナス80℃!
「このなかには、歯や爪、抽出したDNAなどの実験用サンプルが入っています」
院生それぞれの専用ボックスがあるそうで、サンプルはそのなかに整然と整理されていました。超低温で保管されているので、取り出すときには厚手の手袋が必須なのだそうです。
実験室を見学させてもらったところで、「『またいとこ』までわかる血縁鑑定法の開発」についてのお話をもう少し聞かせてもらいました。
――先ほど「できるだけ遠い血縁関係まで特定できるようにしたかった」とおっしゃっていたんですが、そう思ったきっかけはどのようなことだったのでしょうか?
「東日本大震災が、すごく大きなきっかけになりました。大きな災害が起こると、どうしてもたくさんのご遺体が出てきますし、なかには身元がわからないような状態になってしまっていることもあります。
そういうときにDNA鑑定などで身元を調べるんですけど、先ほどもお話したように今の方法だと親子や兄弟までしかわからない。甥や姪の方がいたとしても、たどり着けないんですね。
私は震災が起こったときまだ大学1年生で、現場には行っていないんですが、指導教官の先生からは、『震災当時、ご家族が身元特定に協力したくても技術的に難しかった』という話をうかがいました。
震災から7年以上経った今でも、まだ60体以上も身元がわからないご遺体があるそうです。時間が経つほど、DNAの鑑定はますます難しくなってしまうという問題もあります。
もちろん、大きな災害は起こってほしくはないんですけど、万が一の場合には、一刻も早くご遺体の身元を特定することにこの方法を生かすことができたらと思っています」
――未だにご家族の元に帰れないご遺体が、そんなにあるんですね。ご遺体のDNAは、どのようにして採取するのでしょうか?
「血液が取れるのであれば、血液で。それが難しい場合は爪から採取したりします」
――森本さんが開発した方法では、爪でも鑑定できますか?
「それを今、検証しているところです。血液や口腔内の細胞に比べると、爪はDNAの量が少ないんですね。少ない情報量でどのくらい検査できるのかを調べています。実用化できるように、今後も研究を続けていくつもりです」
――最後に、高校生のときの自分に伝えたいことがあったら教えてください。
「そうですね……ちょっとでも興味のあることがあれば、そのまま追求してほしいと思います。高校生くらいになると、自分の好きなことや苦手なことがだんだんわかってきますよね。私の場合、物理は苦手だけど、生物は好きでした(笑)。そういう自分の気持ちを大切にして大学を選んでほしいですし、その先の進路も考えてほしいです」
ご自身が夢に向かってまっすぐ歩いてきからこその、説得力のある言葉ですね。
森本さん、ありがとうございました!