2017.12.20
最高の焼きイモ体験を!~スーパー安納芋プロジェクト始動~
皆さんは「iGEM Kyoto」をご存知でしょうか?合成生物学の研究プロジェクトの成果を競う国際的な学生コンテスト「iGEM」に出場するため、京大生が2008年に結成したチームです。2021年度の世界大会では、通算6度目となる金賞を受賞。2023年度はさらなる上位を目指し、11月のパリでの大会に向けて準備を進めているところです。いったいどんな研究プロジェクトが行われているのでしょう。そもそも合成生物学って?実験責任者(PI)である北畠真先生のお立会いのもと、4人のメンバーにお話を伺いました!
――「iGEM」には世界各国の学生が参加するそうですね。どういったコンテストなんでしょうか。
石橋さん
2003年にMIT(マサチューセッツ工科大学)の教育プログラムとして始まったものらしく、例えば遺伝子組換え技術を使って社会問題の解決を目指すなど、合成生物学の良さを活かそうというコンテストです。
北畠先生
「合成生物学を使って、世界をより良い場所にする」という統一標語が掲げられており、社会問題の解決に限らず、合成生物学の新しい仕組みをつくったり、医療に役立つ遺伝子をつくったりと、幅広い内容が発表されています。
石橋さん
ちなみに、合成生物学の大会ですが、実験の結果だけでなく、数理的なモデリングだとか、ソフトウェア開発だとか、コンピュータ上のシミュレーションだとかも評価の対象になります。現場の方々から問題点などを取材し、実態に即した解決策を提案することも重視されるんです。
北畠先生
クライテリア(評価基準)が完全に公開されていて、例えば利害や立場の異なる複数の人たちを取材してプロジェクトに反映させたかとか、数理モデルから予測されたことで実験を改善できたかとか、求められるものが非常に厳しい。その分、教育的な効果が高く、だからこそiGEMが世界中に広がったのだと思います。
――なるほど。そもそも「合成生物学」とは、どういう学問なんでしょう。
合屋さん
比較的新しい学問で、生物それぞれがもつ遺伝子を別の細胞に組み込むなどして、新たな機能を細胞に付け加えたりする分野です。DNA配列を修飾改変して細胞に面白い機能を与えてみようとか、そういったことも含まれます。
三笘さん
例えば、大腸菌など育てやすい生き物に、蜘蛛の糸を生成するDNAを導入して大量につくらせたり、インスリンをつくれるようにして糖尿病の患者さんの治療に役立てたり…。
北畠先生
20世紀に分子生物学が発展し、遺伝子やDNAに関する技術や知識が蓄積してきたので、それらを組み合わせてツールとして役に立つものをつくろう、となったのが合成生物学と言えるかもしれません。
――非常に応用性の高い分野なんですね。
――皆さんのチームである「iGEM Kyoto」についても教えてください。
石橋さん
現在は1~2回生の学生15名で運営しています。メインは理学部と農学部で、年代によっては医学部や工学部、薬学部などの学生も所属しています。
合屋さん
京都大学ではiGEMには主に1~2回生が出場しています。3回生以上になると、アドバイザーというか、陰からちょっとサポートするような形になります。
三笘さん
全体ミーティングは週に1回。金曜の夜に集まって、今週の進捗がどうだとか、もっとこうしようだとか、いろいろ議論をしています。
北畠先生
学生だけで運営をしている団体なんですが、大会に出るためには、大学教員を2人、PIとして置かなければいけません。学生たちから依頼を受けて、ここ数年は私とiPS細胞研究所(CiRA)の准教授であるウォルツェン・クヌート先生とが担っています。
合屋さん
日本のチームはなかなか安定的に組織を保って出場を続けるのが難しいようなのですが、京都大学のチームはその中でも珍しく、長期間出場を継続できているチームです。OB・OGのなかには、海外で学位を取ったり就職したり、自分たちで会社を興したりと、世界的に活躍されている方々がたくさんいらっしゃいます。海外でも名の通った大会なので、自己アピールにもなるんですよね。
――それはすごい!今までにどんな成績を収められているんですか。
古賀さん
これまでに6回の金賞、3つの部門賞ノミネートを獲得しています。
合屋さん
金賞は結構な数が出るんですけど、2019年度と2021年度は、上位5チームだけが選ばれる部門賞にノミネートされました。
――世界のトップ5ですか!ちなみに何の部門にノミネートされたんですか?
古賀さん
2019年度は環境部門です。それに加えて、優れた遺伝子パーツを作成したチームに与えられるベストパーツコレクションにもノミネートされました。2021年度はベストソフトウェア部門で、葉っぱがウイルスに感染しているかどうかを見分けるシステムをつくり評価されました。
北畠先生
2019年度のボストン大会では、引率されたクヌート先生の提案で浴衣を着て参加し、大ウケだったそうです。古賀さんと合屋さんが参加した2021年度はコロナ禍によりオンライン開催だったので残念ではありましたが、今年はパリに行くので…。
石橋さん
さすがに浴衣は寒いんじゃないですか(笑)
北畠先生
鹿のプロジェクトだから、鹿の角とかつけてみる?(笑)
――めちゃくちゃウケそうですね(笑)。世界大会はどのように行われるんですか。
合屋さん
300チームが十数会場に分かれてプレゼンを行い、4日ほどかけて審査されます。
北畠先生
ボランティアでジャッジを行う専門家が各会場に6~7名います。上位3チームがファイナリストになり、大会最終日におよそ3,000人にものぼる全参加者の前でもう一回、プレゼンする機会が与えられるんです。そこで最終投票をして1位を決める流れです。
――皆さんがiGEM Kyotoに参加されたのは、どんな理由からなのでしょう。
古賀さん
僕はもともとiGEMのことは知らなかったんですが、生物系のサークルを探しているなかで見つけ、面白そうだなと入りました。学部1回生で実験ができる機会ってなかなかなくて、あっても基礎的な実習ぐらいなんです。だけどiGEM Kyotoは、テーマを自分たちで決めて、計画を立てて実験をするという一連の流れを体験できますからね。
三笘さん
生物学オリンピックに出場した人も入ってきますよね。3分の1ぐらいはそうじゃないですか。
――生物学オリンピック?
古賀さん
大学入学前の人を対象にした生物学の大会で、まず考察問題などを解く予選が全国各地であって、上位の人が決勝で実験などの技術を競うんです。僕も出場したんですが、そのとき同じ部屋だった林泰瑶さん(理学部4回生)とiGEM Kyotoで再会しました。
石橋さん
僕も古賀さんみたいに、学部の早い段階から模擬研究のようなことができるのが一番大きな動機でした。自分たちで問題を見つけるところから始めて、立案、実行、最後にまとめるところまで体験できるのがiGEMのいいところ。あと、もう一つは競技科学の面白さです。僕が生物学オリンピックを知ったのは、高校3年生になってからだったので、時すでに遅しで…。科学ですごい人たちと競いたい欲もありました。
合屋さん
私は高校時代、生物ではなく物理を勉強していたんですけど、医学部で基礎の研究をするにあたって、生物を究めたような人たちから刺激をもらいたいというのが、最初の大きなモチベーションでした。iGEM Kyotoの存在は、高校生のときからSNSやWebサイトで調べて知っていたので、すぐに入ろうと。
三笘さん
僕も合屋さんと似ています。高校での生物の授業って、暗記ばかりで全然面白くなかったんですよね。だけど大学へ入る前、DNAに関する本を読んで、生物も勉強したくなって…。とはいえ一人で授業を受けて勉強するだけだと、やる気がなくなっちゃいそうだと思っていたら、新歓で配られたビラに、ゲノム編集や遺伝子組換えをするサークルみたいなことが書いてあって、「これだ!」と(笑)。朱に交われば赤くなるみたいな感じで、詳しい人たちと活動すれば勉強にもなるかなって。
――もともと詳しい人たちばかりじゃないんですね。
合屋さん
生物って気力と体力の勝負みたいな部分も大きく、初学者ながら活躍できるところが結構あるんですよ。仮説を立てて実験で検証して考察するというのがスタンダードな流れですが、仮説ですべてを見通せるほど生物のシステムは単純じゃない。成り立たなかったからと諦めるんじゃなく、Aがダメなら、BからZまで全部やろうぐらいの気合いが必要なのかなと。ビギナーの意見ですけどね(笑)。
――2021年度のチームは、どんなプロジェクトに取り組んだんですか。
古賀さん
花を長持ちさせようというのが大きなテーマです。例えば、病気にかかった葉っぱを早期に検出するシステムをつくったり、害虫がつくのを防ぐ農薬や花瓶の水の中の細菌を繁殖させないように抑える抗菌ペプチドを大腸菌からつくったり…。生産から花瓶に入れるところまで、いろいろな段階で長持ちさせる実験に取り組み、切り花が大量に廃棄される問題をSDGsの観点からも解決しようとしました。
――かなり総合的にアプローチされるんですね!
合屋さん
一般的な研究と違い、iGEMはヨチヨチ歩きの学部生が、2~4カ月程度で形のあるものにしないといけないんですよ。だから仮説段階でこけちゃうのを回避するためにも、複数の課題に取り組みました。それに農家さんへのヒアリングで、いろいろな課題があることは分かっていたので、せっかくならできることは全部挑戦してみようと。
北畠先生
コロナ禍だったので、一つの研究室にメンバー全員が集まれず、分担して実験する必要もあったようです。
――イレギュラーな年だったんですね。振り返ってみて、印象深かったことはありますか?
古賀さん
夏休み早々に実験を始めたんですけど、当初は1週間くらいで終わるかなって思っていたもののうまくいかず、結局夏休み中ずっと取り組んでいたことです。殺虫用のRNAであっても、花瓶に入れる抗菌ペプチドであっても、まずはプラスミドっていう、遺伝子を載せる土台になるものをつくらなければいけないのですが、これが意外と大変で…。試行錯誤の連続でかなり時間を使いましたが、いい経験になりました。
合屋さん
実験室に毎日通って、夜遅くまで取り組んで…。成果物を紹介するホームページやビデオをつくらないといけないものの、自分たち実験チームが結果を出さないと、この作業を担当するメンバーにバトンを渡すことができない。ものすごくプレッシャーを感じていたんですが、そこまで大きなストレスを抱えることって学部2年生でそうそうありません。結果、その後どんな研究に携わっても「あのときのことを考えれば、まだまだ頑張れる」と思えるようになり、限界を超えられた気がします(笑)。
――根性もつくわけですね(笑)。お二人も手がけられたこのときの研究内容を論文にまとめたものが、今年5月に国際学術誌『Genes to Cells』のオンライン版に掲載されたそうですが、これは…?
古賀さん
プラスミドをつくる段階で使う試薬のことです。その試薬はキットで買うと1回分で2,000円近くかかるんですよ。でもiGEMって研究費をもらっているわけでもない学生のプロジェクトだから、少しでも費用を抑えたい。そのため自分たちよりもっと前の先輩たちが、専門の先生からお話を聞いて、いろいろと安価でできる方法を試されていたんです。自分たちの代では、ある程度、方法が出来上がっていたので、それを最終的に論文にして発表したという経緯です。
北畠先生
論文のデータをつくったのが著者になっている学生たちですが、かなり多くの人が関わっています。だから謝辞のところにも「iGEM Kyotoチーム」と入れています。
――連綿と歴史がある中で、集大成ができたと。「iGEM Kyoto」の名前とともに結構ニュースになっていたので、「おおっ!」と思っていました。
――そう言えば、先ほど2023年度は、「鹿」というキーワードも出ましたが…。
三笘さん
はい。鹿が嫌がる匂い物質を大腸菌につくらせようというプロジェクトです。もともとは鹿が電車にぶつかる事故の問題を解決しようとスタートしたんですが…。
石橋さん
テーマを決める段階で、そういう問題があると知って調べてみたところ、日本での農業被害の約4割が鹿によるものだとわかったんです。林業もそうで、被害額の約7割を鹿による食害が占めていました。しかも好きな草から食べ進めるから、生態系の遺伝的な多様性も失われてしまいます。さらにお腹が空いたら、木の樹皮も食べるんですが、そのときに樹皮の奥の形成層という、再生する際に必要な層まで食べてしまうんですね。そうすると木は回復せず、結果、枯れてしまう。木がなくなると、土地が使えなくなったり土砂崩れの危険性が出たりもするんです。
――かなり深刻な問題が起こっていたんですね…!
石橋さん
現状、電気柵などで物理的な防御もされているんですが、設置に費用がかかりますし、山間部は高齢化が進んでいることもあって維持や管理の課題も多くあります。そこで合成生物学を使って、より安価で手軽な、鹿を追い払うメンテナンスフリーのデバイスがつくれないかとプロジェクトが生まれました。
――大腸菌に鹿が嫌がる物質をつくらせ続けるということですか。
三笘さん
そもそも大腸菌って、液体培地で育てるんですが、20分に1回分裂して倍々になっていくから、すごい勢いで増えるんですよね。でも、すぐに増えすぎて、その場にある栄養を使い切ってしまい、栄養不足で死んじゃうんです。だから大腸菌を適度に間引きつつ、殺した大腸菌の中に入っているDNAやタンパク質を分解して栄養として再利用したら、長持ちするものがつくれるんじゃないかと考えて進めています。
――メンテナンスフリーのデバイスということは、自動的に匂いが出るような装置をつくるということでしょうか。
石橋さん
目指しているのはそこなんです。大腸菌も生きるのに空気が必要だから、実験室だと攪拌しながら培養するんですけど、それを外でコストも低く抑えてつくれたらと話しています。
――今はどういったことを検討されているのでしょうか。
石橋さん
まず、ししおどしから着想を得て、一定の間隔で装置を振ってくれるものがつくれないかという話になって。そこから、「水飲み鳥」というおもちゃに辿り着きました。水飲み鳥は、頭部から水が蒸発して前に傾き、くちばしから水を吸収して、またもとの体勢に戻る動きを繰り返すのですが、その仕組みを使って、自動攪拌できる培養装置をつくろうと考えています。
――まさか、ししおどしや水飲み鳥からもヒントを得られているとは!今回はクラウドファンディングにも挑戦されましたが、どういう経緯で行うことになったんですか。
石橋さん
実はiGEMは、出場するだけですごくお金がかかるんです。チームとして登録するのに5,500ドル、現地で審査されるために3,000ドル、合わせて8,500ドル、日本円にすると約120万円が参加費としてまずかかります。しかも会場に入るのにも1人あたり55ドル、全員でおよそ8万円が必要になる。実験費はもちろん、渡航費や宿泊費などを考えたらもう、何百万というすごい額になっちゃうんですよね…。そこで8月頭から9月末までを期間として目標金額40万円のクラウドファンディングをスタートさせました。OB・OGの方を中心に、先生方などからもご支援いただいて、ありがたいことに8月中に達成することができました。
――そんなにも費用のかかる大会だったんですね!そして、たくさんの人に応援されているんですね。
――2023年度のメンバーに対して、先輩方お二人から何かアドバイスはありますか?
合屋さん
とにかく「仲良くやろう」ということですね。学部生にしては、かなり荷が重いプロジェクトです。そのなかで、メンバーそれぞれの得意なことや苦手なことをリーダーが見極めて、調和のとれたチームで挑めば、すごい良い経験になると思うんです。iGEMって世界中の人が参加するので、同世代の海外の方と話すと「僕もやっていた」みたいなことが結構あるんですよね。そういう素晴らしい体験を、みんなで仲良く味わってほしいです。
古賀さん
初めて手がけることばかりだと思うので、先輩や先生に相談をして教えてもらうことを大切にしてほしいです。僕たち自身、自分たちだけで計画を立てて進めたことで、発表前に「このやり方だと絶対できないのでは」と教えてもらって慌てたことがありましたからね。こまめに相談して進めていくのが大事だと思います。
――周囲にも頼りつつ、みんなで力を合わせることが大事ですね。参加されるお二人からは、意気込みをお願いします。
三笘さん
あんまり気負い過ぎずというか、楽しくやれたらいいなと思います。かかっている額が額なので、プレッシャーはあるんですけど、仲良くやっていきたいですね。
石橋さん
仲良くやるのが一番ですね。昨年は資金の問題もあって出られなかったので、今年はベスト部門賞を取って、まだ日本人チームが達成したことのないファイナリストに残ることを目指します!
――ぜひ楽しみながら取り組んでください!
2023年11月2日~11月5日にパリで開催されたiGEM Grand Jamboreeにて、見事、金賞を受賞!さらに、Best Agriculture project・Best Hardware・Best Wikiの3つの部門賞にノミネートされたそうです。おめでとうございます!