2018.07.20
「知のジャングル 京都大学」 3タイプのスペシャル動画で「京大らしさ」を伝える
こんにちは、「ザッツ・京大」編集部です。
今回ピックアップするのは、医学部構内にある京都大学高等研究院「ASHBi(アシュビィ)」。「The Institute for Advanced Study of Human Biology」の略称で、日本語だと「ヒト生物学高等研究拠点」なんですが…ご存知でした?
2018年10月に設立されたばかりの、“ヒト生物学研究”で今後世界をリードするであろうスポットなんですって。
いったいどんな場所なのか…中へと潜入し、研究者やスタッフの方たちにグイグイ迫りました!
場所はもともとの医学部B棟なので、外観はほかの学部棟と同じ感じ。いざ入ると、ガラス張りの研究室はどこもスタイリッシュ! それぞれオフィス家具のデザインが違っていて、なんだかかっこいい。
ラウンジもとってもおしゃれ! ゆったりくつろげそうで、街なかにカフェとしてあったら、普通に人気が出そうな雰囲気です。
別のフロアには、最先端の研究機器もあるようなんですが…ともあれ「ASHBiってなんぞや」の部分から、まずはASHBiの主任研究者(PI)の一人で、発生生物学が専門のジャンタシュ・アレヴ特定拠点准教授にインタビュー! リサーチコーディネーターの井上寛美さんに通訳&サポートしていただきながら、お話を伺いました。
――すみません、そもそも読み方は「アシュビィ」でいいのかな?ってレベルでやって来たんですが…どんなところなんですか?
アレヴ先生
ASHBiは、文部科学省とJSPS(日本学術振興会)が進めるWPIに採択された拠点の一つです。最も特筆すべき点はHuman Biology、ヒト生物学を研究しているところにあります。
ヒト生物学の研究をするというと、医学や治療といった臨床的なテーマを思い浮かべるでしょうが、そうではなく、ヒトとは何か、ヒトをヒトたらしめる特性はどうやって獲得されるのかといった、もう少しベーシックな研究を中心にやっています。ヒトの本質に迫るようなヒト生物学をメインとする研究所は、これまで世界にもありませんでした。
――ベーシックなのに世界初!?
アレヴ先生
今までの基本的な生物学には、マウスなどのモデル生物に基づいて得られる知見が多かったんですが、やはりヒトとマウスでは大きく離れていますよね。だからマウスで成功した治療法がヒトには効かない事例もたくさん出てきていたんですよ。だけど近年、iPS細胞からヒトの臓器のモデルを作成したり、遺伝情報を網羅的に解析する技術も発達してきました。そこでより深く、ヒトとは何かを研究して、人類の将来に役立てようというのがASHBiの目標になっています。
――なるほど…。WPIに採択されたのって、過去に例がなかったって理由が大きいんですか?
井上さん
そういうユニークな特徴があることに加え、大きな目標に向かって突き進める世界トップレベルの研究者が集まっていることも重要な理由です。WPIは現在、13拠点あるんですが、自然科学のいずれかの分野において世界と戦える環境をつくることをめざしているんですよね。
――目標を追える研究者がいてこそだったんですね。
――ASHBiには、どんな研究者がいらっしゃるんですか?
アレヴ先生
2021年6月現在、17人のPIがいて、研究体制のベースとしては大きく、発生生物学の研究グループ、サルを扱う霊長類モデルの研究グループ、病気などについて追究する基礎・臨床医学の研究グループ、DNAなどを調べるゲノム情報学の研究グループという、4つのグループがあります。そこへさらに、生命倫理や生命に関する哲学などを専門とする人文社会科学の研究者、そして数学の研究者がコラボレートして、今までなかった学術領域をクリエイトしていることが、ASHBiの大きな特徴です。
――そんな分野の違う皆さんが一つ屋根の下に!?
井上さん
各フィールドから、世界トップレベルの研究者や、新しい知見を見つけようとしている若手の研究者をリクルートし、今まで交わることのなかった研究者たちが一つの場所に集まりました。研究領域を超えた生物学者同士、生物学者と生命倫理学者、生物学者と数学者による融合研究を柱にして、いろいろなプロジェクトを進めています。
アレヴ先生
ヒト生物学を研究する場合、生命倫理は切っても切れない課題ですが、場所をシェアして一緒にいるのはとても珍しい試みです。
――数学者との関係性は?
アレヴ先生
生命現象は、さまざまな制御などが重なり合ってできている複雑なものなので、自分の見たい遺伝情報だけをとりだすのがとても難しい。膨大な情報を整理して抽出するのに、やはり数学者の力が必要なんですよ。
――まさに餅は餅屋な役割分担!
アレヴ先生
ここ10年ほどの間にiPS細胞やES細胞からヒトの臓器に似たものをつくる技術が発達し、現在では、それがモデルとして使えるレベルにまで到達してきました。そこから遺伝子情報を読みとる技術も、すごい勢いで進んでいます。これまで遺伝子情報を得るためには、何千何万もの細胞が必要でしたが、今は技術が進化して、一つの細胞からすべての遺伝子情報を読みとれるようになりました。
井上さん
それがここ、ASHBiの単一細胞ゲノム情報解析コア(SignAC:サイナック)で可能になっています。SignACは、コア長の山本拓也先生、コアマネージャーの辻村太郎先生、そして2名の技官で運営されています。最先端の遺伝子解析装置を多数導入していて、遺伝情報を大規模かつ短時間で読みとることができるんですよ。
――それはめちゃくちゃワクワクしますね!
井上さん
ASHBiでは、遺伝子解析になじみのない研究者に対してのサポートも行っていて、ASHBiの研究機器を京大外の研究者が利用できる仕組みも現在、つくっているところです。機器やサービスを提供することで、新しいコラボレーションやブレークスルーが生まれ、研究者同士の議論や交流が進むといいなと思っています。
――すごく風通しのいい研究拠点なんですね。サルの研究もこの場所でされているんですか?
井上さん
ASHBiには、ほかにも二つのリサーチコアファシリティがあって、一つは滋賀医科大学にあるサテライト機関の霊長類ゲノム工学開発コア(PRiME:プライム)。世界的にも珍しい、カニクイザルの遺伝子改変施設です。もう一つは、京大内にある霊長類表現型解析施設(NPAF:エヌパフ)。PRiMEでつくった病態モデルのサルの行動解析を行っています。これらの研究を一貫して行うことができる場所は類がなく、ヒトを理解するためにも重要な拠点です。いずれも違う分野の先生たちをつなげるハブになってほしいという願いがあります。
――現在、どんなプロジェクトが進んでいるんですか?
アレヴ先生
発生生物学グループ全体のプロジェクトとして、どんなふうに受精卵から赤ちゃんができていくのかを理解するために、ヒトやサルやマウスの初期発生を見るシステムをつくろうとしていています。日本ではヒトの胎児を使った研究は認められていませんが、技術発展は目覚ましく、今ではiPS細胞からヒトの臓器に似た器官も作成可能です。ヒトを使って研究できない部分を、iPS細胞やES細胞を使って補い、初期発生のような状態をつくって、どんなふうに臓器ができていくのかを研究しています。
――それは確かに、生命倫理とは切っても切れない…。
アレヴ先生
生殖細胞の研究をしている拠点長の斎藤通紀先生は、iPS細胞からヒトやマウスの精子と卵子をつくられていて、現在はサルのiPS細胞や胎児を使った研究もされています。しかし、生殖はどうしても倫理的な問題が多いので、生命倫理学の藤田みさお先生とも密接に連携して仕事をしています。
私自身は現在、ヒトのiPS細胞やES細胞を使って、発生過程で作られる“体節”という骨や筋肉・皮膚へと分化する構造体をコピーしたものをつくり、体がどうやって形づくられていくか、ヒトとヒト以外とではどう違うのかを研究しています。
いずれの研究も数学者のチームとコラボレートし、ヒトとそれ以外のモデル動物から得た遺伝情報から、ヒトに特徴的な情報をとりだそうとしています。
また、発生生物学のグループだけでなく、医学のグループでもマウスよりヒトに近いサルを使って、マウスとヒトの間にあるギャップを埋めていこうとしています。
アレヴ先生
いくつか例を挙げると、腎臓内科学の柳田素子先生は霊長類モデルのグループとのコラボで腎臓病のモデルモンキーをつくっています。腎臓病の原因だと考えられる遺伝子をマウスで確認しても病気にならなかったんですが、サルで試してみるとヒトの腎臓病によく似た症状が現れました。どうしてそうなるのかをゲノムグループと調べています。
神経科学の伊佐正先生も、統合失調症のサルのモデルをつくられています。マウスでは研究できない脳の高次機能を知るためには、ヒトにより近いモデル動物を使う必要がありますからね。
山本玲先生は造血幹細胞(血液のもとになる細胞)の研究を、もともとマウスを使ってされていましたが、ASHBiに来てから、もっとヒトに近いサルの造血幹細胞を使って、それがどう分化していくのかを調べています。
――どれもASHBiならではの融合研究なんですね。
井上さん
ASHBiでは、ヒト生物学を核に、そのなかで自発的にコラボレートが生まれるような環境づくりを心がけています。生物学者と数学者、生命倫理学者などが、もっと一緒に話し、交わってほしいと思い、ガラス張りの研究室を他分野で隣同士にし、みんなが集えるオープンなラウンジも設けているんです。
さらにはコラボレートをPIレベルではなく、若い研究者も自発的にできる仕組みを設けています。年に一回公募するフュージョンリサーチグランツという研究費支援制度をつくって、融合研究を奨励しているんです。
――若手研究者とのコラボレーションには、どんな研究があるんですか?
アレヴ先生
私は、生命倫理学の藤田みさお先生のグループに所属する澤井努先生と、これから科学技術の発展によって人類が直面するであろう問題について、先回りして議論を進めようとしています。たとえば、人工的につくった脳に似たものは生きていると言えるのか、という問題があります。2人で話すだけでなく、海外から有名な研究者を招待し、彼らと意見を交わしながら、人類の未来をより良いものにするための準備をしています。
興味だけに基づいて行う研究は危険です。科学的にできることと、やっていいことは同じではなく、ルールをつくる必要があります。その時、ASHBiに旗振り役ができるのではと考えています。
――技術の発展に私たちの認識が追いついていない部分もあるでしょうしね…。改めて、ヒト生物学を研究するって、どういうことなんでしょう?
アレヴ先生
これまでモデル生物において得られてきた知見ももちろん大切ですが、それだけでは充分ではありませんでした。しかし、技術的な発展のおかげで、「ヒトではどうか」ということも研究できるようになり、より深く自分たちを理解することにもつながってきています。それがヒト生物学を研究することの魅力です。ヒト生物学の研究によって、ヒトが進化の過程で獲得してきた、固有の機能や特性が分かります。また、ヒト特有の病気の仕組みを理解したり、臨床に応用することもできます。そして、こうした研究成果は、私たち人類がより健康的な生活を得ることにつながっていくのです。だからヒト生物学は、とても重要な学問なんです。
――これからどんなことが明らかにされているのか、楽しみにしています!
自分とは縁遠い世界なんだろうと足を踏み入れたけれど、「ヒトとは何か」って私たちの根本にも関わるテーマですよねぇ…。なんてしみじみしつつ、ASHBiでさらに気になったのが、井上さんの存在! 聞けばリサーチ・アクセラレーション・ユニット(Research Acceleration Unit)なるチームの一員として、ASHBiの研究活動を支えているとのことですが…いったい何ぞ? ユニットのメンバー、特定講師の清水智樹さんも呼びつけて、さらに突っ込んで聞いてみました!
――リサ…ユニット…直訳すると、研究を加速させる部隊…どういうチームなんでしょ?
清水さん
ASHBiでは、大学院生と若手研究者の育成、キャリアサポートにも力を入れていて、そのための専門プログラム、「Research Acceleration Program」を企画・運営しています。このプログラムを担当しているのが我々のユニットです。こうした研究者育成の専門プログラムは他のWPIにはない大きな特徴なんですよ。
――おおう、そんな無二の特徴がほかにも! 何人いらっしゃるんですか?
清水さん
現在の所属は3人で、ユニットを統括されるASHBi事務部門長の小川正先生も入れた4人で活動しています。僕が広報担当、井上さんがリサーチコーディネーター、もう一人の信田誠さんはURA(リサーチ・アドミニストレーター)で、研究費の申請や産官学の連携などに関するプロフェッショナルです。それぞれの持ち味を生かしながら、プログラムを企画・運営しています。
――そうそう、ずっと伺いそびれていたんですが…リサーチコーディネーターって、どんなお仕事なんですか?
井上さん
ザックリ言うと、なんでも屋です(笑)。私は昨年まではアメリカにいて、研究室のマネジメントをするラボマネージャーという仕事をしていました。もともと生物系のバックグラウンドがあるので、ある研究を進めようというときに、どういう法律のもとどんな手続きを踏んで研究するのかといったことから、物や人の管理までを担っていて、今はそれを研究室ではなく研究所という大きな単位で見ている感じです。
――日本でも一般的にあるお仕事なんでしょうか?
井上さん
こういった研究者と事務方の間のような仕事は、まだまだ少ないです。URAを配置する動きは15年ぐらい前から日本でもあって、それが京大ではKURA(京都大学学術研究支援室)にあたりますが、URAの方は研究費の獲得に向けて重点的に動いています。そこも含めた全般的なサポートが私たちのユニットの仕事です。
研究することはもちろん大切ですが、それは研究室で基本的に学べます。研究に直接は関係ないけれど、研究者として独り立ちするために必要な技術、そのための勉強の場を提供するのもASHBiの役割です。
――どんなセミナーやワークショップを開かれているんですか?
井上さん
研究者のキャリアステージに応じたサポートをめざしていて、たとえば初めて研究資金獲得をめざす研究者に対しては、どうやって研究費の申請書を書いたらいいのかというようなワークショップをやっていますし、研究費の申請書を書くことにある程度慣れている研究者の方には、個別のブラッシュアップのお手伝いをしています。
私が担当したものだと、論文に必要なフィギュア(図)をつくるための生命科学に特化したイラストレーションツールの使い方を紹介しました。
◆ほかにもこんなの!「Research Acceleration Program」
*海外メディアに向けた研究成果の発信セミナー
AAAS(アメリカ科学振興協会)が運営する世界最大手の科学ニュース配信プラットフォーム「EurekAlert!」を活用して、論文などの研究成果を効果的に全世界に向けて発信する方法を伝えるセミナー。研究成果を端的に表すイラストのつくり方も指南。
*ファシリテーションの理論と技法ワークショップ
独立研究者になった際、自分のプロジェクトを動かすためにどんなリーダーシップやコミュニケーションをとり、どうやって議論をファシリテートしていくのかといった、ソフト面のサポートを学ぶ。
――どれぐらいのペースで開催され、何名ぐらいの参加があるんですか?
清水さん
年間3~4回で、各セミナー100~200名の参加があります。とくにコロナ禍によりオンラインになってからは、よりたくさんの方に参加してもらえていて。研究者だけでなく、研究を支援するURAや広報担当の方などにも案内をして、参加できるようにしてます。
井上さん
すべてのプログラムは英語を基本としてやっているんですが、日本の研究費を獲得するのに困っている海外の研究者も結構いらっしゃったんですよね。基本的なプログラムにニーズが多いことも、スタートしてからわかりました。
――こういう形で研究者のサポートをしているところは珍しいような…?
井上さん
珍しいですね。海外では研究以外のスキルをアップさせる取り組みは結構ありますが、日本ではあまり体系立ててサポートされていないのが現状です。次世代の研究者を育成するのもWPIの大きな目標の一つなので、そういうシステムを構築する理念のもとで展開しています。
そもそもASHBi事務部門長の小川正先生は、以前、京都大学の次世代研究者育成事業である「白眉プロジェクト」と文科省の次世代研究者育成事業である「K-CONNEXプロジェクト」の両方でプログラムマネージャーをされていた方なので、そのノウハウも引き継いでいます。ASHBiの中だけではなく京大のすべての研究者に来てもらえるようにしているし、それ以外にもほかのWPIの研究者にもぜひ参加していただいて、よりブラッシュアップしていくことをめざしています。
――独立した専門機関としてではなく、研究拠点のなかにユニットがあるメリットって?
井上さん
セミナーの開催に限らず、各研究者にカスタムメイドしてサービスを提供できるのは大きいですね。ASHBiには国内外から異なるバックグラウンドをもつ先生方が集まってきていて、それぞれに必要な情報が違ってきますので。
清水さん
もし広報担当がいないと、研究成果をどうアピールするかまで研究者自身が考えなければいけません。プレスリリースはどう書いて、どこに出したら効果があるといったことを肩代わりできれば、その分、研究に集中でき、より効果的に成果を発信できますからね。研究者に頼まれたことは、「できません」とは言わないのが僕のモットーです(笑)。無理とは言わず、なんとかできる方法を考えるようにしています。
井上さん
せっかく世界中からトップクラスの研究者を集めてきて、最先端の機器や設備を提供したとしても、その他の雑用にとられて研究時間を創出できないのではすごくもったない。研究者が研究に専念してもらえる環境をつくることが、私たちの大きな仕事だと思っています。
――「世界と戦える環境をつくる」という目的には、そんなサポート部分も含まれていたんですね。今後の成果に期待しています!
ASHBiの研究成果等を知りたい方はこちらへ!