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No.126

update.2022.04.27

「宇宙医学」を追究して、宇宙に関わる人々、ひいては地上の人々の健康を守る!

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 昨年度もご紹介した『京都大学久能賞』。科学・技術分野において独創的な夢を持つ、意欲ある女子学生を支援する賞で(詳しくはコチラ)、2021年度は例年より1名多い3名が受賞しました。そのなかの一人、医学部 4回生(現5回生)の斉藤良佳さんが追究しているのは「宇宙医学」…!耳慣れない分野ですが、いったいどんな夢を抱いているのでしょう。オンライン取材でうかがいました!
斉藤 良佳さん

コロナ禍で気持ちがふさいでいたこともあり、新しいことを始めたかった

――『京都大学久能賞』、おめでとうございます! 受賞を知った瞬間、いかがでしたか。

「メールでお知らせが届いたときは、驚きとうれしさが込み上げて、すぐに親にLINEで報告しました(笑)。過去、素晴らしい先輩方が受賞されている賞だったので、本当に光栄です。申請時に『私の夢と志』というテーマのエッセイを提出する必要があり、自分の夢を語る場がいただけたらいいなと応募したんです。尊敬する久能悠子さんに認めていただけて、応援していただけるのがとてもありがたいなという気持ちです」

――どのような夢をつづられたのでしょうか。

「私が興味をもっているのは、『宇宙医学』という分野です。宇宙の環境は、放射線が飛び交っていたり、重力がなかったり、生活する場所が閉鎖空間だったり と、かなり特殊なんです 。それが人体にどんな影響を与えるのか、宇宙飛行士の身体をどう守るのかを考えるのが宇宙医学です。基礎疾患など身体の問題に妨げられずに、多くの人が宇宙に行けるような未来を創りたいというのが私の夢。さらにはその知見を活かして、宇宙へ行く人を支援するのはもちろん、地上の人を救うことにもつなげたいと思っています」

――発展すれば宇宙が身近になりそうですね。宇宙特有の問題として、具体的にどのようなことが起こるのでしょうか。

「骨や筋肉が使われなくなり、減っていってしまうのは有名です。ほかにも感覚が狂ってしまい、宇宙酔いと言って、いきなり嘔吐してしまうこともあるそうです。これは地上での乗り物酔いしやすい体質とは関係なく、なぜ起こるかも具体的にわかっていないらしくて。宇宙飛行士が地球に帰ってきたとき、誰かに支えられながら歩いているのは、骨や筋肉が弱っているからだけではなく、平衡感覚がおかしくなるからだそうです」

――そうだったんですね!

「私も最近知って『えーっ!?』と驚きました(笑)。自身が学ぶだけでなく、もっと多くの方に宇宙医学を知っていただくことも、自分にできる活動ではないかなと考えています」

――確かに宇宙医学って、あまり見かけない分野ですよね。どのようにして出会われたのでしょう。

「大学2回生の終わり頃、同学年用のLINEグループに、『Space Medicine Japan Youth Community』からセミナーの告知が届いたんです。宇宙医学に関心を持つ学生や若い世代が集まって学び合うコミュニティだったんですが、コロナ禍が訪れ、気持ちがふさいでいたこともあり、面白そうだなと参加したのがきっかけです。ちょうど基礎医学のなかでも個人的に最難関だった発生学の試験が終わったこともあり、何か新しいことを始めたいなとも感じていました」

――絶妙なタイミングだったわけですね。

オンラインセミナーや学会、宇宙航空医学研究室での実習なども体験。

――参加されたセミナーのどのあたりが心に響いたのですか。

「宇宙飛行士の健康を守るフライト・サージャンが、どういうお仕事をされているのかというお話が興味深かったです。それに、登壇されている研究者が、自分の夢や研究をとても楽しそうに語っていることにもびっくりして、次も参加してみようかなと思ったんですね。コロナ禍により、本来は全国各地で行われる予定だったスタディツアーがなくなってしまい、その代わりとして、オンライン上で盛んにセミナーが開催されていたこともありがたかったです。セミナー後には、参加者同士の交流の機会も設けてもらえて。学会で会う頃には、顔見知りの人が増えていました」

――コロナ禍で逆に良かった面もあったのですね。学会にも参加されているのですか。

「宇宙医学関連の方が集まる日本宇宙航空環境医学会は、かなりオープンに参加が認められているんですよ。学生が企画を考えたり、主体的に発表したりもしていて、そういう人たちとも話してみたいなと。さまざまな研究者や学生と出会うなかで、自分も宇宙医学を突き詰めてみたいという気持ちが強まりました」

日本宇宙航空環境医学会に参加時の様子

――かなりアクティブに動かれていますよね。興味があれば必ず行く、というようなモットーがあるのでしょうか。

「会いたい人がいると、どこへでも飛んで行きたくなります(笑)。コロナ禍を経験し、対面で会うのは貴重だと改めて実感するようになったので、そのチャンスは逃すまいと、いろんな人に会いに行くようにしています」

――すごいバイタリティです!

「ほかにも、東京慈恵会医科大学の宇宙航空医学研究室が主催している5日間の実習に参加しました。京都大学宇宙総合学研究ユニット*の企画として参加し、宇宙医学の研究活動も知見も面白いなと感じました」

*宇宙に関連した異なる分野の連携と融合による、新しい学問分野・宇宙総合学の構築をめざして設置された組織

――宇宙医学の実習というのがあるのですね。

「宇宙医学の難しさのひとつに、実際、宇宙に飛ばしたものでなければサンプルが取れないというのがあります。しかし最近、地上で無重力を再現する装置が開発され、実習はその装置を使って行いました。無重力下で細胞を培養してどんな変化が出るのかを調べるために遺伝子の解析などを実施。実習自体はもちろんとても興味深かったですし、参加していた他大学の学生との交流も楽しかったですね」

東京慈恵会医科大学での宇宙航空医学研究室の実習

――学内での学びはいかがですか。

「何度か聴講した有人宇宙学という講義では、学生を複数班に分けて、火星や月など、各惑星に社会をつくるというグループワークを行いました。人口構成や住居、文化を一から決めていくという内容で非常に面白かったです。いろんな学部の人が受講していて、文化人類学の先生から宇宙に行くと文化はどうなるかを伺ったり、法律の決め方を学んだり、とても学際的でした。その授業を取り仕切っていたのが宇宙飛行士の土井隆雄先生だったことでもテンションが上がりました」

――それは興奮しますね。

土井先生のサイン

日本でも宇宙医学を学びやすくするため、日本語版の教科書を作成中

――宇宙医学の学びは、どう進められているのでしょうか。

「京大で大学院生対象に開講されている有人宇宙医学の講義を聴講したり、ネットの記事を読んだり、英語の論文を読んだりして学んでいます。講義でいろんな先生のお話を聞けるのはいいんですが、そもそも日本語の教科書がないので、全体像を掴むのが難しい状況です。アメリカだと教科書も多く、宇宙医学の研修がある大学もある一方、日本では専門的に学べる大学がそんなにありません。そのなかでも京大の講義は質が高く、洗練されているので、しっかりと学べる方だとは思いますが……」

――宇宙医学を学べる場は少ないんですね。

「そうなんです。最近、先ほど話した宇宙医学のコミュニティの運営を手伝っているんですが、そこで研究室紹介サイトみたいなものを作ろうと動いています。宇宙医学の研究者がどこにいて、何をしているのかわかるものです。今はそのための資料作りを進めています。ほかにも論文抄読会の実施や、教科書の翻訳にも力を入れています」

――教科書がないなら創ってしまおうということでしょうか。

「自分もそうですが、英語版の教科書はハードルが高いと思う学生は少なくないと思います。それなら自分たちで翻訳しながら学び、せっかくだから共有したいなと。みんなで手分けしながら翻訳作業を進め、宇宙医学の先生方に確認をしてもらっているところです。先生の力を借りながら洗練されたものにして、うまくいけば出版までできたらいいよねという話はしています。ある程度は作業が終わっているので、今年度中のどこかでは形にしたいです」

――それはすごい! 学生主導で教科書を出版する、というのも夢の一つなんですね。

論文抄読会のスライド

宇宙医学の研究を始めたことで、医学部の学びのモチベーションも上がった。

――斉藤さんが考える宇宙医学の魅力は、どんな部分にありますか。

「地上で当たり前だと思っていたものが、宇宙ではガラッと変わってしまうことによって、研究の面白さが生まれる。そこが個人的には一番の魅力だと思っています。加えて、宇宙医学に関わる方々も、すごく好きです。例えば宇宙飛行士志望の方って目がキラキラしているし、リーダーシップや人への思いやりもお持ちで、素敵なんですよね。研究者の方々も、宇宙も研究も大好きだというのが伝わってきて、お話するのがとっても楽しいんですよ」

――人の魅力もあるんですね。

「おおいにあります。自分で何かを開拓していくような人たちの集まりです。純粋に宇宙が好きで研究をしている方もいれば、人の役に立つことがしたいという方もいて、どちらも許される世界なんだなと。栄養学や宇宙医学に近しい潜水医学の研究者、産業医の方面から入ってきた方や臨床心理士の方もいて、バックグラウンドもさまざま。医学系の方が多いんですが、人が宇宙に行くことを考えるという点から、建築や工学分野の方もいらっしゃいます。あとは、宇宙医学を通じて、きちんと医学を学べるのも、個人的にはうれしいことのひとつです」

――学部の学びとも密接につながっているんですか。

「そうですね。宇宙医学を通じて学んだことを噛み砕くとき、臓器の仕組みや、疾患が地上でどう起こっているのかなどを調べ直すことで、知識も補強されます。普段の勉強のモチベーションも、宇宙医学に出会ってから上がりました」

――医学部での専門を決めるときも、宇宙医学に役に立つようにという視点は?

「ありますね。まだ決めてはいないんですが、循環器や救急、産婦人科など、できれば全身を診られるようなところがいいかと考えています。一方で、まだ研究の進んでいない分野も面白そうかなと。たとえば、睡眠に興味があります。まだ個別の診療科にはなっていませんが、困っている人が増えているので、これから盛り上がっていく分野だと感じています。宇宙に関していえば、夜働いている管制官の人の健康を守るのも大事な仕事でしょうし、そもそも宇宙って90分の間に昼と夜を迎えるのですよ」

――90分周期なんですか!?

「ISS(国際宇宙ステーション)は90分で地球を1周するので、45分ごとに昼と夜が入れ替わるんですよ。船内は電気の点灯と消灯を24時間周期で行っていますが、外の影響は本当にないのかな?と興味深く感じています」

――「宇宙×睡眠」という新たなテーマも、研究しがいがありそうですね。

宇宙医学を応用させて、地上の人々も幸せにできればいい。

――今後、京大でどのように学んでいこうと考えていのか教えてください。

「宇宙医学もベースとなるのは、今ある地上の医学なので、これから始まる臨床実習でいろんな医療の形を見ながら患者さんと会話し、自分の知識を蓄えていきたいです。地上の医療で何かしらの専門を獲得してからの方が、宇宙でも応用できるかと思うので、まずそこを頑張ります。医学だけでなく社会についても広く深く学んで、実際に宇宙へ行く人が増えたとき、身体の問題で困らないよう支援できたらなと。そして宇宙でしかできないことがあるなら、宇宙で得られた知見や技術を駆使して地上の人々をもっと幸せにできればといいなと思っています」

――どういう仕事に就いてその夢をかなえたい、といったビジョンはありますか。

「まずは地上の医療者として専門性やマインドセットを学びたいです。そこから宇宙飛行士の健康を守る医療者や研究者でもいいんですが、この先、今までは存在しなかった宇宙関連の新しい仕事が生まれるのではないかとも思っているんですよね。今の形にこだわらず、自分が一番役に立てるところで貢献できればうれしいです」

――そのためにも今は専門性を確立しつつ、宇宙医学の知見も広げていくわけですね。期待しています!

斉藤さん、ありがとうございました!