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No.39

update.2019.07.25

着物の冒険 ~「もったいない」からアラブ世界まで~

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こんにちは。
ザッツ・京大編集部です。

夏祭りの季節ですが、みなさん浴衣は着ましたか?
京都にいると着物や浴衣姿を見かける機会が多くて、素敵だなあと思います。
とはいえ、なかなか着ることができないのですが……。

でも、そこは、古都・京都の大学、京都大学。
実は、そんな「着物」に関わる活動をしている学生さんたちがいるのです。

そのひとりが、総合人間学部3回生の西道 奎さん。
「Kistory」という活動の代表者です。

京都大学には、企業や卒業生、そして広く一般の方々からもご支援いただく「京大生チャレンジコンテスト(SPEC)」という学生支援制度があるのですが、「Kistory」は2018年度のSPECで見事採択されたのです。

その活動や、西道さん自身のこと、さらには着物のマメ知識まで、いろいろとお話をうかがいました。


京大生チャレンジコンテスト(SPEC)とは?

SPECは、誰もやったことがないような、ユニークでおもろい企画をやりたい! そんな京大生の挑戦を応援する新しい形の学生支援プロジェクトです(http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/education-campus/Recognition/spec)。
西道さんのSPEC採択発表会でのプレゼン動画もチェックしてみてください。


箪笥に眠る着物を、「思い」と共に新たな世代に。「Kistory」。

今回の取材場所は、京都大学の施設のひとつである吉田泉殿。
昭和9年築の風情ある建物に、西道さんは夏の着物姿で来てくれました。
日本の蒸し暑さをさらりとかわすような、涼しげな姿です。

帯はお母さんから譲られたお気に入りだそう。アジサイや昆虫など、初夏の風物が描かれています。

−−−今日は素敵な着物で来てくださって、ありがとうございます。さっそくですが、「Kistory」の活動について教えていただけますか?
「具体的には、まず、家の箪笥に眠っている着物を寄贈してくださる方を募集して、その着物についてのエピソードをお聞きします。それから、着物に興味のある若者を募集して、そのエピソードと一緒に着物を贈呈。受け取った方の感想もまとめて、寄贈者の方にお送りするという活動です。
着物を譲り受けた方には、自分で管理して大切に着ていけるようになってほしいので、たたみ方や着付けの方法なども教えています。
昨年度は寄贈者の方と譲り受けた方が交流できる『贈呈式』も行って、参加された方は、みなさん、とても喜んでくださいました」

−−−贈呈された着物はどれくらいあるんですか?
「それが、全国からすごくたくさん集まって。着物だけでも200点、小物まで含めると500点はあります

−−−500点!? それはすごいですね。
「お話を聞いていると『売りに出したくない』という方が多いんですね。なかには、おばあさん、お母さんの時代から受け継いできたという着物を寄贈してくださる方もいらっしゃいます」

−−−西道さんが「Kistory」の活動を始めたきっかけはなんだったのでしょうか?
「『Kistory』はもともと、京都着物企画というサークルの活動の一つなんです。
私は自分で着物を着られるようになりたくて、1回生のとき京都着物企画に入ったんですけど。先輩たちがファッションショーや着付け教室などいろいろな活動をしていて、そのなかでも私は『Kistory』がすごくいいなと思いました。それで、昨年、2回生になったときに責任者を任されることになったんです」

サークル「京都着物企画」のファッションショー。昨年、一昨年は平安神宮で開催しました。

2018年に行われた「Kistory」の贈呈式にて。着付け教室も行われ、参加者は譲り受けた着物に早速袖を通します。そして「これからどんな場面で着物を着てみたい?」など、みんなで話し合いました。

−−−「Kistory」のどういったところに魅力を感じたのですか?
「ただ着物を広めるだけじゃなくて、眠っている着物を『思い』と共に受け継ぐというところ。着物と一緒に、そこにある価値観も伝えていける活動だと感じました」

−−−価値観というと、具体的にはどんな?
「私が一番大事にしたいのは、『ものを大切に使う』という価値観です。私の母が着物好きでとても大切にしていたんですけど、見ているとけっこう面倒くさいんですよね(笑)。着た後は干して、畳んで、たとう紙に挟んで…っていう過程が必要。でも、そこに意味があるような気がします。
今は『消費社会』といわれる時代で、服でも1年着たら捨てるという話をよく聞きますよね。そんななかでも、『ものを大切にする』という別の価値観があっていいんじゃないかと思っています」

−−−「消費社会」への違和感も、「Kistory」に興味を持った理由のひとつだったのでしょうか?
「そうですね。もともとは『エコと着物』というテーマから始まったイベントで、箪笥に眠っている着物を出して使うことでエコに貢献しましょうっていう目的があって、そこに興味を持ったというのもあるんですけど。
私としては、そこに『ものを大切に使う』という価値観を加えて、それを広めていきたいという思いがあって。それで、活動の幅を少し広げてきました。参加してくださった方に『もったいない』という感覚をもっていただけるような活動にしたいなって」

【西道さんの着物マメ知識① ~着物の種類~】
着物には、大きく分けて「袷(あわせ)」と「単衣(ひとえ)」という2種類があります。それぞれ着る季節が決まっていて、単衣が6〜9月、袷がそれ以外です。
ただ、最近は暑いので5月から単衣を着る人もいます。浴衣は「昔の部屋着」という人もいますが、着やすくて洗いやすいのは事実。夏祭りはやっぱり浴衣がおすすめです!

着物のふしぎ。持っているだけで何かが変わる。

−−−価値観を伝えるというと、『Kistory』がどのような目的をもった活動なのかを発信していくというようなことでしょうか?
「もちろん、参加者の方にそういったことをきちんと伝えていくということもありますけど、やっぱり価値観を広めるというのは難しいですね。ただ、着物を管理する過程で感じてもらえることがある気がしていて。
着物ってすごく不思議で、なぜか捨てにくいんですよね。だから、着物を持っていることそれ自体に意味がある。
面倒ではあるんですけど、きちんと干したり畳んだりっていうことを続けていくことが、ちょっとした価値観の変化につながるといいなと思っています」

−−−「Kistory」は、SPEC(京大生チャレンジコンテスト)に採択されていますよね。応募されたのも、「価値観を広めたい」という気持ちがあったからなのでしょうか?
「そうですね。それまでの『Kistory』もいい活動だと思っていましたが、内にこもっているところがありました。そこで、規模を大きくするためにも、SPECに応募して寄付を募ることにしたんです。プレゼンの準備なんかですごく大変でしたけど、いろんな方に活動を知っていただける機会にもなりました。いただいた資金は、管理費と贈呈式の開催費用に使わせていただいています」

「Kistory」は、持続可能なキャンパスの実現を目指し、地域も巻き込みながらさまざまな取り組みをしている「エコ〜るど京大」とも連携しているのだそう。
そのなかで、今年は京都を代表する祭のひとつ・祇園祭の持続可能性を考えるプロジェクト「こんちきジーズ」に参加し、着物と浴衣の贈呈式を行ったりもしました。

今年の6月に行われた「Kistory 夏ver.」にて「Kistory」のメンバーと。男子のメンバーも多いんですね。

「Kistory 夏ver.」には、たくさんの方が参加者が集まりました。浴衣の贈呈や着付け、さらにはお茶を点てたり、百人一首をしたりと、さまざまな伝統文化に触れる一日に。

−−−「こんちきジーズ」に参加されたように、今後も大きなイベントには積極的に参加されるつもりですか?
「それはちょっと難しいところがあって……。規模が大きくなりすぎると、ビジネス的な視点が入ってきちゃうんですよね。それは、私が大切にしたいと思っている価値観と一致しない部分もあって。経済のなかに組み込まれてビジネス目的の活動になってしまうと、着物を寄贈してくれた方々の『売りたくない』という気持ちもないがしろにしてしまうことになってしまいそうで。
でも、たくさんの人に知ってもらいたいという気持ちはあるし、コラボのお声がけをしていただくこともあって、それもすごく嬉しいんです。どう折り合いをつけていったらいいか、葛藤しています」

【西道さんの着物マメ知識② ~お手入れ~】
着物はあまり洗いません。洗い(クリーニング)に出すのはシミがついてしまったときくらいです。着たあとは干すのが基本。着物用ハンガー(1つ1000円くらい)があると便利です。
ただし、着物の下に着る襦袢(じゅばん)は直接肌に触れるので、私は毎回洗っています。化繊の襦袢なら、ネットに入れれば洋服と一緒に洗濯できますよ。

着物と、アラブ世界?! 新たな「価値観」は、世界をめぐる。

西道さんのお話をうかがっていると、ものを大量に消費する資本主義社会への違和感と、それとは違う価値観を追求しようとする姿勢が感じられます。そこで、「Kistory」以外のこと――大学での「学び」についても聞いてみました。

−−−西道さんは、総合人間学部では、どんなことを専門に学んでいるんですか?
「ポストコロニアリズムです」

−−−ポス…トコ……? 難しそうですね。
「(笑)。わかりやすくいうと、植民地主義の思想が今の社会にどう影響しているかといったようなことを学んでいます。
ポストコロニアリズムに興味を持ったのも、やっぱり『よくある価値観とは別の価値観を見てみたい』という気持ちがあったからですね。いわゆる欧米中心の世界だけでなく、第三世界の、今まで知らなかった視点から世界を見てみたかったんです。
そうすることで視点が変わって、私たちが知らないうちに影響を受けているものに気づいたり、触れたりできたらいいなとも思っています」

−−−「知らないうちに影響を受けている」って、どんなことでしょう?
「たとえば着物。ファッションや文化など、着物にはいろいろな側面がありますが、『日本という国家を象徴するもの』といった思想が重ねられ、利用されることもあります。だからこそ、着物を着ることへの葛藤を感じることもあるんですけど。自分のなかで芯を持たないと、周りに流されてしまうと感じています」

−−−なるほど。ポストコロニアリズムには、入学当初から興味があったんですか?
「いえ、大学に入ってアラビア語の授業を取り始めたというのが一番大きなきっかけですね」

−−−外国語科目でアラビア語を選ぶとは珍しいですね!
「第一外国語で英語、第二外国語でフランス語を取っているんですけど、よくあるものばかりじゃおもしろくないなと思って。アラビア語がなんとなくよさそうっていうくらいの興味だったんですけど。
始めてみたらおもしろすぎて、アラビア語ばっかりやるようになっちゃいました(笑)」

−−−(笑)。アラビア語のどんなところがおもしろいんですか?
「アラビア語の奥にある世界観ですね。イスラームっていう文化もあるし、アラブ世界っていう文明もあるし。世界地図を見るとヨーロッパってすごく小さくて、アラブ世界はすごく広い。『私はこんなちっちゃいところしか見てなかったのか!』ってびっくりしました。
アラビア語を学びながら、これまで見えていなかった広い世界に絡め取られていったという感じですね(笑)」

−−−「Kistory」の活動とアラブ世界って、まったく関係なさそうな気がしますけど、西道さんのお話を聞いていると「価値観」という点で何かつながっていそうですね。
「自分のなかでは連動していると思っているんです。よくある価値観が『大量消費』や『欧米中心世界』だとしたら、私が大切にしたいのは『ものを大切にすること』や『第三世界の豊かさ』。
なんとなくいいなと思っていることの共通点を考えると、根底にあるのはやっぱり『よくあるものとは別の価値観』なんですよね。
私にとって価値観ってすごく大切で。日々の生活や今後の目標にも、深く関わることだと思うんです」

−−−今後の目標の話が出ましたが、卒業後の進路はもう考えたりしていますか?
「それはまだ決められていないです。私がしたいのは自分の価値観を人に押し付けることではなくて、『こういう価値観もあるよ』っていうのを知らせることなんですね。別の選択肢として提示するというか。そういうことを、『Kistory』や自分の専門分野に絡めていけたらいいなと思っているんですけど。
ただ、そういう活動を自分にあったかたちで仕事にしていくためにはどうすればいいのか、まだ見つけられていません。秋から1年間留学する予定なので、そこで何か発見したいですね」

【西道さんの着物マメ知識③ ~収納~】
着物の収納といえば桐箱や桐箪笥というイメージがあるかもしれませんが、なくても大丈夫! プラスチックの収納ケースでも、乾燥剤を入れておけば問題ありません。
私はたとう紙に包んで、ベッド下の収納スペースにしまっています。たとう紙は、着物をまっすぐにしたまま保管できる優れものです。
ただ、しまうときにはたたみ方がとても重要なので、事前に必ず確認してくださいね。

やりたいことが見つからないときは、無理に決めなくてもいい。

−−−最後に、これから京都大学を目指す人にアドバイスをお願いしたいのですが……西道さんはそもそもなぜ京都大学に来ようと思ったんですか?
「私、高校生のときに大学が決められなくて。何を勉強したいかがわからなくて、もう少し考える時間がほしいと思っていました。そんなときに見つけたのが総合人間学部で、すごく惹かれたんです」

−−−大学というより学部で選んだんですね。どんなところに惹かれたのでしょう?
「総合人間学部の教員プロフィールをもらったんですけど、読んでみたらどの先生の研究もすごくおもしろそうだったんですね。自分が文系か理系かもわからなかったので、そこにいる『人』を大事にして進学先を選ぶことにしたんです。
あとは、『変な人が集まる』っていう噂もあって(笑)。おもしろい人に会ってみたかったのも理由のひとつですね」

−−−そんな噂が(笑)。実際、入学してみてどうですか?
「おもしろいと思いますよ。みんな自分の芯を持っていて個性的。バランスは取れているんですけど、自分の考えをしっかり持っているという人が多い気がします。先生方のこともすごく好きで尊敬しているので、入学してよかったと思っています」

−−−そんな進路に悩んだ経験から、未来の後輩にアドバイスをお願いします。
迷うときは、迷っていいと思います。いつか自分の直感で『これ!』って決められるときがきっとくるので。私もアラブ世界のことを勉強するなんて全然考えていなかったけど、大学で出会いました。焦って決めなくてよかったと、今は思っています」

悩んだり葛藤したりしながらも、自分の価値観を大切にして納得のいく道を模索する西道さんらしいアドバイスですね。
ありがとうございました!