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No.136

update.2023.01.25

私たちはどうして感動するのか?心理学研究からわかること

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映画を観たとき、美しい景色に出会ったとき、人の優しさに触れたとき…心を動かされる瞬間はたくさんありますよね。教育学研究科博士後期課程の櫃割仁平さんは、そうした感動体験を心理学の視点から研究しているそう。

いったいどんな方法で「感動」を研究するのでしょうか?学生団体での活動についても教えていただきました。

感動体験の個人差を、俳句から研究する

――櫃割さんの研究内容を教えてください。

「認知心理学の分野で、感動をテーマに研究しています。そもそも研究のとっかかりは、自分自身が感動しやすいこと。学校行事や自分の関わったイベント、芸術作品を鑑賞したときなど、感動するたびに価値観や人生観が変容するような感覚があり、そこにすごく力を感じていました。それがほかの人にとっても同じで、感動というものにそんな力があるのだとしたら、研究する価値があるのではないかと思い始めて。そこで、感動体験の研究をするために大学院に進学したんです」

――ご自身の実感が、研究のきっかけになったんですね。

「はい。ただ『感動』という日本語はいろんなところで使われているので、すべてを対象にして研究するのは難しくて。言葉の定義を調べてみても、やっぱり曖昧な概念なんですよね。そこで、芸術に絞って研究することにしました。芸術といってもまだ範囲が広大なので、そのなかでも言語芸術の俳句に絞っています」

――研究対象として、俳句を選んだ理由は?

「五・七・五という型が決まっているので、研究に適しているというのがまずあります。あとは日本で生まれ、海外でも知られている芸術なので、論文を海外の学術誌に発表したらおもしろがってもらえるのではないかという狙いもありました」

――なるほど。具体的には、俳句からどのようにして感動体験の研究をするのでしょうか?

「実験心理学の手法を用いています。例えば、数十人から数百人ほどの人にテストを受けてもらい、その結果を統計的に分析。そこからどのような傾向が読み取れるかを調べます。 テストは2種類あって、ひとつはパーソナリティーを知るためのもの。もうひとつは数十句の俳句を鑑賞してもらい、それぞれどのくらい美しさを感じたのか点数をつけてもらうというものです。どういった性格の人が、どんな俳句に魅力を感じるのかを調べるのが目的です」

――これまでわかってきたことはありますか?

「わかりやすいところでいうと、『どれくらい美しさを感じましたか?』という質問と一緒に『どれくらいイメージが鮮明に浮かびましたか?』という質問もしてみたことがあります。結果としては、イメージが鮮明に思い浮かぶ俳句ほど、強く美しさを感じる傾向にありました。つまり俳句は文字の芸術ですが、視覚に依存しているんですね。視覚的な想像力はひとりひとり違うので、その能力に依存しているともいえます。 俳句を読みながらにおいを感じる人もいるようなので、これからは視覚だけでなく嗅覚や聴覚との関連も調べたいと考えています」

本実験結果を表したグラフ

MRIに入って俳句を読む?! 脳科学から見た「美しさ」とは

――「美しさ」というところから感動の程度を測るんですね。

「『感動』と『美しさ』は似た概念ですね。『美とは何か』という問いは、それこそ古代ギリシャのプラトンやアリストテレスの時代から探求されてきました。人類にとってもっとも古くからある関心ごとと言っても過言ではないと思います。 ただ、美の基準や観点はひとりひとり異なりますし、『人それぞれ』と言われてしまえばそこで終わってしまうんですよね。それが感動や美を研究するときの難しさですが、先ほどお話したようにパーソナリティーについての質問も同時に行うことで、個人差を測ることができると考えています。あとは最近、脳科学の分野から明らかになってきていることもあって。神経美学という新しい学問分野も立ち上がってきています」

――どのような研究をする分野なのですか?

「ごく簡単に説明すると『美しい』と感じているときの脳領域のはたらきを、MRIなどを使って観察するんです。そのなかで、音楽を聞いて美しいと感じたときに活性化する領域と、絵画などの視覚的な芸術を美しいと感じたときに活性化する領域がオーバーラップしているということがわかってきました。それが、内側眼窩前頭皮質という部位。違う芸術であっても、その受け取り方には共通する部分があるんです」

――なるほど。櫃割さんも脳科学方面からアプローチをする予定はあるのでしょうか?

「実はそうなんです。もともと興味があって、心理学のなかでも脳科学・神経科学の側面から研究されてきた野村理朗 准教授の研究室に所属しました。今年から、実験の参加者の方にMRIに入ってもらい、俳句を読んでもらっています」

AIがつくる詩は美しい? 美しくない? 実験からわかった価値観

「最近、AIの俳句を読んでもらう実験もしました」

――AIが俳句の創作までするんですね!

「AIの俳句と一口に言っても、AIだけが創作した俳句とAIの創作になんらかの形で人間がかかわる俳句の2種類があります。そこに人間作の俳句も加えて、それぞれ40句ずつ読んでもらい、美しさを評価してもらいました。」

「実験参加者は385名だったのですが、そのなかでもっとも美しいと評価されたのは、AIの創作に人間がかかわった俳句。また、参加者は俳句を読んで人間がつくったのかAIがつくったのか正しく見抜くことはできませんでしたが、『AIがつくった』と思う句は評価が低くなるようです。『アルゴリズム嫌悪』という現象ですね」

――人間作なのかAI作なのか、区別がつかないところまできているんですか。すごいです。

「少なくとも俳句創作の分野で、AIの創造性が一つの側面では、人間に匹敵しつつあるのかもしれません。また人間とAIが共作することで、よりクリエイティブな作品を生み出せる可能性もあると考えられます」

記者会見にて説明する櫃割さん

積み上げられてきた研究から、新しい一歩を踏み出す

――研究するなかで、苦労されていることはありますか?

「無限にありますが(笑)、僕は『これが美しさです』『これが美しいと感じる体験です』という定義づけをしているわけではないんですね。人それぞれに感じる美しさを評価してもらっているので。ただいずれは『主観的な美しさとはなんなのか』という大きな問いが立ちはだかってくると思うので、常に頭の片隅に置いています」

――やりがいやおもしろさを感じるところも教えてください。

「研究自体はすごく楽しくて、先行研究を読むのも、実験計画を立てるのも、論文を書くのも、学会などで発表するのも、どの工程も好きです。実験は大変ですが(笑)。でもあえてひとつ挙げるなら、論文を発表することですね。既にある研究論文を読んでいると、今まで積み上げられてきたものに対して畏敬の念を感じます。そこに、自分もジョインできること。すごく小さい一歩かもしれませんが、新しい一歩として連なることができるということがとても誇らしいです。これも感動体験のひとつですね」

Association for Psychological Science 2022にて論文発表
2nd Conference of Music and Eye Trackingにて論文発表

教員をめざす学生がゆるくつながる「Teacher Aide」

――櫃割さんは研究活動のほかに、「Teacher Aide」という学生団体を立ち上げられています。「教員1人ひとりを幸せにする」というビジョンのもと活動されているそうですが、設立のきっかけはなんだったのでしょうか?

「教員の働き方について考えるようになったのは、大学3年生の終わりから1年間、ニュージューランドへワーキングホリデーに行ったのがきっかけです。当時は京都教育大学で英語の教員を目指して勉強していたのですが、ニュージーランドの人たちはすごくスローで豊かな暮らしをしていたんですね。日本では教員というと激務が当たり前のようになっていますが、現地の教員たちは15〜16時には帰宅しますし、土日は働きません。それを見ていると、日本での教員の働き方にすごく違和感を持つようになって、自分にはやれないと思い、教員になることを断念しました。

その後、帰国したときには同級生たちが一足先に卒業して教員になっていたのですが、みんなすごく辛そうで。何十日も連続で勤務して、精神を病んでしまった友達もいたんです。それを見ていて、自分にもできることがあるんじゃないかと考えるようになりました」

ニュージューランドで語学学校メンバーと記念撮影

――Teacher Aideでは、勉強会などのイベントを開催されているそうですね。

「はい。学生にリーチしやすく、つながったり広げたりすることに長けているという学生団体の強みを活かして活動しています。規模の大小はいろいろですが、教員をめざす学生が集まって、全国各地に支部ができました。より多くの人に知ってもらって、一緒にアクションを起こそう!というスタイルで続けています」

――全国各地に支部があるとはすごい!

「ありがとうございます。学生同士が集まっただけで教員の働き方を変えることができるのかという意見もありますが、みんなやがては教員として現場に入って仕事をするようになりますよね。学生のうちにつながっておき、ソリューションを考えておけば、現場を変える動きができるのではないかと思います。また、イベントには現役の先生方も参加してくださっていて。僕たちが直接学校に入って何かできるわけではないので、各自が学校のなかで使えるようなアイデアや手法をシェアしています。 草の根的な活動なので、本当に先生方の助けになっているのか……自信をもって『イエス』とは言えないのですが、種まきをしていると考えるようにしています。いつかきっと実を結ぶのではないかと」

――種まきだからこそ、たくさんの人とつながっていくことが重要なんですね。研究しながら学生団体でも活動するのは大変だと思いますが、両立させる秘訣はありますか?

「両立できているといえるのか……(笑)修士課程のときは活動のほうに力を入れすぎて、うまく研究に時間を割けなかったこともありました。今はゆるく連帯するということをモットーに活動しています。やりたいことを、思いついたとき・必要なときに、参加したいメンバーが集まってするというのが理想です。活動できるとき・できないときで波はあっても、長く続けていきたいですね」

――無理はしないというのがポイントなんですね。

「はい、義務感で活動しなくていいと思っています。いろんな団体がありますが、一生懸命やりすぎるとしんどくなってきたりもするんですよね。でも、まずは自分の生活が大事なので。団体から離れても、思い出したときに戻ってきてもらえたらうれしいです」

Teacher Aideの活動の様子。教育とキャリアについて対談。

ワクワクと憧れが、受験を乗り切る力になる

――もともとは教員をめざしていたとのことですが、どうして心理学を研究することに?

「学校の教員をめざしていたときから、教育心理学は学んでいたんです。人の心を知るってすごくおもしろいので、教員になるのを断念してからも心理学への興味はなくなりませんでした」

――なるほど。心理学を学ぶ場として、京都大学大学院教育学研究科を選んだ理由も教えてください。

「京都大学への憧れはずっとあったので、大学院でめざすのは自然な流れでした。これだけ大きな大学なので、自分のやりたいことにマッチする研究室もあるだろうと思って。一般的にはやりたいことが先にあって、それを実現できる場所を探すのがいいといわれているので、僕の入り方は邪道かもしれません(笑)でも、ワクワクする・憧れるっていうのも強いモチベーションになるので、悪いことではないと思います」

――実際に入学してみて、京都大学のどんなところに魅力を感じますか?

「学生のレベルは高いし、各分野の権威である教員ばかりだし……最初は圧倒されてばかりでしたね。そこに混ざれていることがうれしかったです。あとは、研究環境がすごく充実していること。読みたい本や論文にはすぐにアクセスできますし、実験ではいろいろな道具を使えますし、すごく感動しました」

――櫃割さんの今後の目標を教えてください。

「実は、将来のことを考えるのはあまり得意ではないんです。だから短期的なスパンでの目標になりますが、海外のラボで研究してみたいですね。とくに興味があるのは、美しさについての研究が盛んなドイツ。コロナ禍でもアーティストが守られていたり、アーティストビザがあったりと、芸術が大切にされている国であるからかもしれません」

――「将来の夢」といったものは、あまり持たないタイプなのでしょうか?

「そうなんです。やりたいことはそのときどきで変わっていきますし、あまり先のことまで確定させないほうがおもしろいと思っていて。海外のラボで研究するという目標が実現できたら、きっとまた新しくやりたいことを考えつきますよね。今ぜんぶ決めてしまわなくてもいいと思います」

――最後に、これから京都大学へ入学をめざす人へメッセージをお願いします。

「僕は京都大学に憧れて深く考えず入学しましたが、今振り返っても間違った選択ではなかったと確信しています。京大生になって勉強している自分を想像すると、本当にワクワクしてきますよね。そのイメージを大切にして、受験期も乗り切ってください。

それから、研究するのはすごく楽しいです!大学院への進学は経済的に難しいと考えている方も、いろいろな制度があるので一度調べてみてください。知的好奇心を大事にしてほしいと思います」

――櫃割さん、ありがとうございました!