2021.10.27
SDGsとは何だろう?未来のために私たちができること
学問に接したことのある人なら、「学問で社会は変えられるだろうか?」と一度は考えたことがあるのではないでしょうか。その答えは人によってさまざまですが、環境問題やエネルギー問題といった世界規模の課題が噴出する中で、今こそさまざまな分野の知を結集して立ち向かっていくことが求められています。 元・国連職員という異色の経歴を持つ総合生存学館の武田秀太郎特定准教授(2022年5月より九州大学准教授)は、さまざまな分野の研究を社会課題の解決へと結びつける新しい学問領域「計量サステナビリティ学」を立ち上げられました。さらに、昨年末にはその知見を活かした画期的な「SABI水素プラント」の構想も発表されました。計量サステナビリティ学とは一体どんな学問なのでしょうか? さらに、武田先生のこれまでの歩みについても伺いました。
――先生は国連から京都大学に着任されて、新しい学問を立ち上げられたそうですね。一体どんな学問なのでしょうか?
「計量サステナビリティ学は、一言で言えばサステナビリティ(持続可能性)をデータで捉える学問です。自然環境やエネルギーなど、サステナビリティに関係する学問分野は多岐にわたりますが、実社会に落とし込む際には、具体的なデータによってそれらを統合することが非常に重要です。SDGsは模範的な例です。17のゴールを細かく見ていくと、すべて『何年までにこの値を何%にする』といったような数値目標が示されているんです。
私たちはさらに一歩踏み込んで、数値化したデータをもとに、今まで見えていなかったサステナビリティの指標を作り、企業などが行うサステナビリティへの取り組みを後押しすることをミッションとしています」
――サステナビリティの指標を作るとは?
「たとえば衣類業界を見てみると、発展途上国での労働環境の改善と、CO2排出量の削減という大きな課題があります。これらは二律背反とまではいかないまでも、両立させるのが難しい対立項になっていて、さらにこれらを解決するにはコスト面も考慮する必要があります。
そこで私たちが一番に取り組むのは、社会や環境といった異なる価値観を一つに統合する作業です。具体的には、世界中の投資家やNGO関係者、消費者などのステークホルダーにアンケート調査をして、これらの価値観を数値化するということをやっています。こうした価値観の異なる指標を階層化・重み付けして、ひとつの体系にまとめるのです。
さらにその中で、企業活動のどんな点が社会や環境にどんな影響を及ぼすのかをAIを使って割り出します。そうすることで、サステナビリティに貢献しながら企業価値の向上につながるような意思決定の指針を示すことができるというわけです」
――とてもユニークな発想ですが、どういうところから着想を得られたのでしょうか?
「国連の職を離れて日本に帰国し、京大に赴任したのが2021年の年始でした。その頃ってちょうどコロナが猛威を奮っていて、世界経済が最も落ち込んでいた時期だったんですね。とくに、各国のSDGs(持続可能な開発目標)への投資が目に見えて弱まっていることに危機感を覚えたんです。せっかく大学に戻るので、研究を通してSDGsやサステナビリティに貢献するにはどうすればいいかを考えました」
――既存の研究分野で環境問題やエネルギー問題に貢献するのではなく、新しい学問を立ち上げようと思われた理由は?
「もちろん個別の課題にアプローチする研究も非常に大切なのですが、コロナを通して多くの人が実感されている通り、科学的な知見と世論や政策の間にはいまだに大きな隔たりがあります。国連職員としての経験からも、学術研究の成果をそのまま発信するだけでは世間の理解は得られないということを痛感していました。
危機の時代を乗り越える知恵を求めて歴史を振り返ってみると、人類はちょうど100年ほど前に世界恐慌に直面しています。この時どうしたかといえば、『計量経済学』、つまり経済学に統計学を取り入れて、定量的に先を見通すという新しい知見によって大きな危機を乗り越えたんです。この前例にならって、サステナビリティという概念に統計学やデータサイエンス、さらにはAIを取り入れることで、サステナビリティへの関心の弱まりを乗り越えられるのではないかと考えました。
そこで、さまざまな分野で研究されてきたサステナビリティを定量的に捉えて、社会にフィードバックしていくことを目的とした学問分野が必要と考えました。その新しい学問を『計量サステナビリティ学』と名付け、研究会を立ち上げたんです。京都大学や九州大学の先生をはじめ多くの方に参画いただき、今年の9月には正式に学会を立ち上げることが決まっています」
――そんな計量サステナビリティ学のユニークな取り組みとして、昨年末には「SABI水素プラント」という画期的な水素プラントの構想を発表されたそうですが、詳しく教えていただけますか?
「計量サステナビリティ学の中核にあるのがエネルギー問題です。現在、クリーンなエネルギー源として水素が注目されていますが、電力を消費せずに水素を生産する有効な方法は確立されていません。核融合という究極の方法が将来可能になるかもしれませんが、今すぐにでも実現できる解決策はないかと考え、九州大学のアンドリュー・チャップマン先生、釜山開発機構の南ホソク先生とともに、太陽光と森林資源を組み合わせた再生可能なエネルギーシステムを構想しました。
SABIプラントは、太陽光を集めて得た熱エネルギーによって、電気を介さずに木材を加熱・分解して水素を取り出す仕組みです。簡単に聞こえるかもしれませんが、一番のポイントは、商用化に耐える安定性を備えていることです。日中だけ運転する仕組みならばそれほど難しくはありませんが、それでは実用化することはできません。一時期はこの点が解決できず暗礁に乗り上げてしまったのですが、デュアルチャンバー流動床ガス化炉という新しい装置を考案することで、昼夜を問わず安定して連続的、長期的に運用できる構想が完成しました。
もちろん環境負荷の試算もしっかり行っていて、従来のどの方法よりも二酸化炭素の排出量を少なく抑えられることがわかっています。それだけでなく、樹木が蓄えた炭素を分離して地下に貯留する仕組みを加えることで、地上のCO2を減らすサイクルも実現することができます。さらに言えば、木材の代わりになる材料さえあれば、例えば月面や火星でも理論上は無電源で水素エネルギーを得ることができるのです」
――お聞きすればするほど夢が広がります。
「これから先、人々の生活を豊かにするのは何かを考えたときに、それは電気ではないなと思ったんです。新しいエネルギー源で、電力以外の価値を人々に提供できなければならない。だけれども、現在行われているエネルギーの研究は、どれも最後は電力頼みになってしまっている。SABIプラントを発表した背景には、そんな現状に警鐘を鳴らしたいという思いもありました。実はすでに企業から声をかけていただいていて、構想をさらに発展させた形で実装に向けて動き出しています」
――武田先生の構想が実際に社会を動かしてゆく胎動のようなものを感じました。計量サステナビリティ学のどんなところに面白さを感じますか?
「社会との接点が多いことですね。SABIプラントのような企業との共同開発もあれば、ESG経営(環境、社会、ガバナンスの観点に立った経営)の顧問として関わらせていただくこともありますが、その中でいろいろな企業の方が案件をお持ちいただいて、貴重なデータを提供してくださいます。そのデータをもとに行った研究成果を、また企業の活動に還元していく。こうしたサイクルで社会と関わることができる点は非常に大きな魅力です。もちろんその分、学問としての独立性や研究者倫理も強く意識して、上手にバランスを取っていく必要があることは言うまでもありません」
――企業以外の、たとえば行政機関に対する働きかけはいかがでしょうか?
「行政との関わりは重要ですが、それ以上に国際的なルールメイキングに食いついていきたいと考えています。世界規模の問題に対処していくにあたって、国連をはじめとする国際機関への働きかけが今後重要になってくるでしょう。及び腰な国内の機関に比べて国際機関のほうが動きが良いですし、上流からルールを作っていくことができるので、より大きな可能性があると思います」
――国連に勤めておられた武田先生がおっしゃると、説得力が違います。
――国連職員という異色の経歴も気になりますが、武田先生のこれまでの歩みを教えていただけますか?
「中高生の頃から社会を良くしたいという思いが人一倍強く、反戦を訴える社会運動に参加したりしていました。科学にも興味があったので、社会に貢献できる研究者になりたいと考えて京都大学工学部に進学しました。その中でも研究職として幅広く活躍できる材料工学を専攻したのですが、勉強していくうちに、もっと直接的に、すぐにでも人の役に立ちたいという思いが自分の中にあることに気がついたんです。
そんな中、大学院への進学を控えた2011年3月に東日本大震災が起こりました。居ても立ってもいられなくなってすぐに休学届を出し、とにかく体を動かし、汗を流して人の役に立とうと思い、自衛隊に飛び込みました」
――思い切った決断ですね。
「それ以前から、公のために身を粉にして働く自衛隊員の方々には尊敬の念を持っていたんです。今振り返っても大胆な選択でしたが、大学が引き留めようとせず、休学をすんなり認めてくれたことがありがたかったですね。
自衛隊員として2年間従事した後、やはり科学技術で社会に貢献したいという人生の目標に立ち返るために、修士課程から大学に戻ることにしました。そのときに選んだのが思修館(総合生存学館)です。『グローバルリーダーの育成』を掲げ、さまざまな専門分野の研究者が集まる思修館なら、科学的探究と社会貢献、どちらの軸も持ったままで目標に向かっていけると思ったんです。その選択は間違っていませんでした」
――一度は離れたアカデミアに戻り、どんなふうに学びに取り組まれたのでしょうか。
「思修館のユニークな点のひとつは、全寮制を敷いていることです。法学や経済、哲学などさまざまな分野の同級生と2年間生活を共にする中で、私自身の視野も広がりました。その中で気づいたのは、あらゆる学問が社会貢献のツールになりうる一方で、それらを束ねる軸がないと発散してしまうということです。この考えが、後に計量サステナビリティ学として実を結ぶことになります。
その他にも、青年海外協力隊としてバングラデシュに行かせていただくなど、この2年間は人や社会と関わり、見識を広げることに費やしました。
博士後期課程ではエネルギー科学研究科に進み、エネルギー技術の専門知識を身に着けて博士号を取得しました。さらに、エネルギーを研究したのにその社会への影響を勉強しないのは片手落ちのように感じて、当時はまだ珍しかったサステナビリティ学を学ぶため、ハーバード大学の修士課程に留学しました。ここでは、地球環境や人間社会の課題、それらの分析手法、最後に社会実装と、サステナビリティの一連の流れを体系的に学ぶことができました」
――学びに対する貪欲さがすさまじいですね。それからどうなったのでしょうか。
「その後いくつかのキャリアを経て、科学の成果をもっとも意味ある形で社会にアピールできる仕事は何だろうかと考えて選んだのが、国連傘下のIAEA(国際原子力機関)で働くことでした。IAEAでは科学応用局に所属し、SDGs達成に向けた持続可能なエネルギー開発の社会経済分析に関する業務に携わりました。
そこで直面したのが、先程も申し上げたように、科学的な知見が世の中の意思決定につながるルートがほとんど存在しないという現実でした。各国が主張する国益が優先されるため仕方のないことではあります。一度は落胆したものの、逆に言えば、伝え方を変えることでさらに提言していく余地があるのだと捉え直して、データをわかりやすく可視化して届けることに注力しました」
――まさに計量サステナビリティ学の考え方ですね。それから京都大学に戻られたのは一体なぜですか?
「正直に言うと、京大の自由さが気に入っていたんです。国連は世界中に何万人も職員がいる、言わば超巨大なピラミッド型の官僚組織です。何をするにしても書類の山が必要で、自分の意思決定を反映させる余地が少ない環境でした。そこで改めて京都大学という場所がいかに自由だったかを思い知りました。国連で大きな仕事に携わるやりがいももちろんありましたが、私にとっては大学で自由にやるほうが向いているなと考えて、2021年に思修館に教員として戻らせていただくことになりました」
――今後、どのように教育に取り組みたいですか?
「まず私自身のことを振り返ってみると、京都大学でなければこうして教員として呼び戻していただくことはおろか、大学を卒業できていたかどうかも怪しいと思うんです。NHKの『素顔のギフテッド』という番組に出演させていただいたことがあるのですが、ギフテッドと呼ばれる特別な才能がある人たちのなかで、大学を卒業できる人は実はとても少ない。日本の画一的な教育システムに馴染まず落伍してしまうんです。その点、京都大学の懐の深さは、私のように興味の対象がたくさんある人間にとっても理想的だと思います。
だから、今度は私が学生さんの多様な熱意を受け止められる教育者になりたいですね。学生さんはそれぞれやりたいことがあって思修館に入ってきます。教育の枠組みにある程度当てはめていく必要はあるものの、やはりまずは学生さんの熱意を第一に据えるべきだと考えています。そのうえで、一人ひとりの目標を達成できるように環境やツールを提供することが教員の役割ではないでしょうか。目標に至る過程で論文が書けるような、そういったサポートをしたいと思っています。
海外だと学生と教員はお互いにファーストネームで呼び合って対等に接するのが当たり前ですが、日本の学生さんは教員のことを立てすぎのようにも思います。教員というのはあくまで学生さんを支える存在ですから」
――さまざまな経験を経て、今も新たな挑戦を続けておられる武田先生ですが、最後に計量サステナビリティ学の今後のビジョンを教えていただけますか?
「社会の関わりだけでなく、多様な研究分野を統合する学際性が鍵になってくると思います。企業でも研究者でも、いろいろな方がサステナビリティを掲げて活動されていますが、その中身まで具体的に踏み込んで議論されている例はまだ多くはありません。SDGsのゴールを掲げるだけでなく、一歩踏み込んでみていただくと、あらゆる分野が相互に関係していることがわかるはずです。そうした関係性を結びつけるツールやプラットフォームとして計量サステナビリティ学を発展させていくことができればと考えています。あるいは、計量サステナビリティ学というひとつのフィロソフィーのもとで、各分野のメソッドを統合すると言ってもいいかもしれません。
今必要なのは、まずは仲間を増やすことですね。賛同してくれる研究者や企業を募って、協力して形にしていきたいです」
――武田先生、ありがとうございました!