People

No.34

update.2018.08.30

ネコのココロ。研究者のココロ。

この記事をシェアする

こんにちは。ザッツ・京大編集部です。
みなさん。今回は……タイトルの通り、ネコのお話です。

そう。ネコとは、あの、にゃあと鳴く。
こっちを見つめているからと、笑顔で手を広げると、ぷいと背を向ける。
かわいいけれど……何を考えているか、わからない(故に、ますます、かわいい)。

(リビ:メス・当時1歳) ※これ以降の写真中の文字は、あくまでも編集部の想像(願望?)です。

でも。なんと京大には、そんな、ネコの「心理」の研究なるものが!

これは。行かねば。会わねば。聞かねば。(仕事、仕事。……いそいそ)。
と言うわけで、今回、お話をうかがったのは、こちらの髙木佐保さん。

髙木さんは、なんと平成29年度「京都大学総長賞」の受賞者。

ちなみに、「京都大学総長賞」とは、学業や課外活動、社会貢献活動などで活躍をした学生に贈られる栄えある賞です。髙木さんは、そのネコ研究の成果が国際的にも高い評価を得たことで受賞されました。(……すごいですね)

今年の3月に京都大学大学院文学研究科の博士課程を修了。現在は日本学術振興会の特別研究員として、引き続き文学研究科の心理学研究室で、ネコ研究に打ち込まれています。

髙木さんの所属する、藤田和生教授の心理学研究室には、「CAMP」=「コンパニオン・アニマル・マインド・プロジェクト」があります。「CAMP-NYAN」はネコ研究チームで、「CAMP-WAN(イヌ研究)」もあります。

髙木さんの研究は、学問的な言葉で言えば、ネコを対象にした「比較認知科学」

わかりやすく言うと、ネコの「心の働きを研究している」のだそうです。

そしてこれまでの髙木さんの研究の結果わかったことは大きくは2つあるそうです。

  1. ネコは、音をもとにモノの存在を「想像」している。
  2. ネコは、一度経験したことを「思い出」として持っている。

……なんと?! ネコの想像? 思い出? ……気になります。教えてください!!

手品的実験でわかった! ネコの「想像」するココロ。

「私のこれまでの研究でわかったことのひとつは、ネコは音による「物理的推測」をしている――かんたんに言うと、ネコは音をもとにモノの存在を想像している、ということです」

――音をもとに「想像」……。ええと。具体的にはどういうことになるんでしょうか?

「例えば、箱の中でガラガラと音がしているのを聞いたら、ネコは「音が鳴っているから、あそこには何かモノがあるな」と思っているいうことです。これは、最初は、自分の飼いネコがエサの入った缶を振ると寄ってくる姿を見て、缶の音を聞いてモノがあるとわかっているのかな? と思ったのがはじまりで(笑)。その疑問を実験で確かめてみたんです」

――なるほど。でも、そのネコの思っていることを、どうやってわかるというか、確かめるんですか??

「これは、少し特殊な実験器具を用意して実証しました。箱の中に鉄のボールが入っていて、振るとボールが転がって音がするものです。そして、その箱を逆さにするんですが、その時、電磁石のスイッチをオンにしたり、オフにしたりすることで、ボールが落ちてきたり、落ちてこなかったりするケースを作り出すことができるものです。その器具を使って4つのケースをネコに示して、実験を行ったんです」

(エル:メス・当時7歳)

【ネコに見せた4つのケース】

①箱の中から音がして、箱をひっくり返すと、球が落ちてくる
②箱の中から音がして、箱をひっくり返すと、何も出てこない
③箱の中から音がしない。箱をひっくり返すと、球が落ちてくる
④箱の中から音がしない。箱をひっくり返すと、何も出てこない

「①は音がすれば何かモノが入っている(だろう)。④は音がしなければ何もモノはない(だろう)という普通の状態です。でも、②と③では、その普通の状態の想像が裏切られるような状況、手品的な状況を作ったんです。それで、①から④までのネコの反応を比して、「ネコは音を聞いて、モノがあるかどうかを想像している」ということを確かめたんです」

物理的推測実験のイメージ

――つまり、ありえない状況の②や③の場合に、普通とは違う反応――例えば「おどろく」などの反応をネコが見せるかどうか、ということですか。……なるほど、そうやって、実証していくものなんですね。。でも、その言わば、ネコの「おどろき」はどのようにして計測するのですか??

「それは、耳の動きや顔の動き、箱への注視時間の長さ、あとは、人間によるレーティング(5段階評価)といった要素から見ます。この実験の結果、②、③の「ありえない状況」については、注視時間が長くなるなどの「おどろいた」――「思っていることと違うことが起きた」と考えられる反応が見られました。つまり、ネコは「音をもとにして、モノがあるかないかを想像していた」と考えられるわけです」

――なるほど! そうやって「おどろき」を客観的に測るんですね。……いや、ネコに「おどろいた?」と聞いて「にゃー」と答えてくれるわけないですもんね(汗)。。私からするとそれもすごい「おどろき」です! それにしても、ネコが音とモノを結び付けて「あそこに、何かあるはず」と想像しているなんて。何だか、もっと通じ合えそうな気が……。

★スペシャル動画・レンくんが挑む! 物理的推測★

レンくん(オス・当時2歳)が物理的推測の実験に協力してくれたときの映像です。
レンくん、振られた箱から音を聞いていましたが、箱がひっくり返ってもモノが落ちてきません。
じっと見つめいるレンくん……かわいい。。


【ちょこっとコラム】 にゃんと! 実験装置、まさかの「手作り」?!

ちなみに、この「物理的推測」で使われた実験器具。

なんと、髙木さんたちの「手作り」なんだそうです。

「この実験では、ケース②と③のように本来は「あり得ない」状態を作ろうとしているので、その仕組み作りもまた工夫が必要で。なので、実験装置も自分たちで作る必要があったんです。これは、他の研究室生で自作が得意な人がいろいろ助けてくれて。実は、この箱は、もともとは、お弁当箱なんですよ(笑)……中に入れるステンレス板を丸く切るのに苦労しました……

――ええっ。お弁当箱なんですか? それに……なんですか、「ステンレス板を切る」って……。ちょっとした職人さんみたいになってますけど。。

「いや、みんなでいろいろやってますよ。ハンダごてを使ったり、アクリル板を切ったり(笑)

――ええと、髙木さんの所属、「文学研究科」、ですよね??


たった、一度の体験でも?! ネコが持つ「思い出」のココロ。

――さて。もうひとつの「ネコの思い出」も気になります! 髙木さん、教えてください!!

「はい(笑)。「思い出」の実験では、4つのお皿とエサを使って、2つの実験をしました。その結果、わかったのは、ネコは、「あのお皿に、エサを食べ残したな」と思い出したり、「あのお皿には食べ物じゃないモノが入っていたな」とその中身まで理解して、思い出すことができるということです」

(ピッチ:メス・当時3歳)

――なんだか、とても複雑な思考をしている気が……。ええと。すいません……どういうことですか??

「少し順を追って説明しますね(笑)。まず「思い出実験①」では、4つのお皿すべてにエサを入れておくんです。そして、そのうちの2つのお皿でエサを食べたら、残りの2皿はエサが残った状態で、ネコは見るだけで食べられません。ここで、一旦終了。ネコはその場から退出します。それから15分、時間をあけます。そして、もう一度、同じネコとお皿で実験を再開するのですが、この時は、4つすべてのお皿をカラにしておきます」

――つまり15分のインターバルの後に、ネコが戻ってきたときには、食べ残してエサが残っているはずの2皿も、カラになっちゃっていると。そうすると、何が起こるんだろう? …………あ。もしかすると、エサを食べたお皿とエサが残っているお皿に対する反応が違うとかですか?

思い出実験①のイメージ

「そうです。15分後にネコがもう一度部屋にもどってきたとき、最初に向かうお皿はランダムで、特別な傾向があるわけではないんです。ただ、一番長く、気にするお皿は、さっき「食べることができなかったお皿」なんです。そこを長く探すんです」

――「あれ、ここに食べ残したエサがあるはずなのに。おかしい……」みたいなことですか。食べ残した皿が何なのかを覚えていて。ネコが……あれ?って思うって、すごい。……そして、なごむ……。

★スペシャル動画・ミルちゃんの「思い出」実験①~訪問編~★

★スペシャル動画・ミルちゃんの「思い出」実験①~テスト編~★

こちらのミルちゃん(メス・当時2歳)は、髙木さんの飼っているネコです。

1つ目の動画「訪問編」では、ピンク、ミドリでごはんを食べて、残りの2つのお皿ではごはんを食べられず。見るだけで一旦終了。はてさて、「テスト編」では、どんな動きを見せてくれるのか??

そんなことまで?! ネコの持つ「思い出」以上のココロ。

――では、「思い出実験②」のほうは、どういうものなんでしょうか??

「実験②のほうはですね。間を15分開けて、もう一度部屋にネコが戻ってきたら4つのお皿がカラになっているという、インターバル後の状況は、実験①と一緒なんです。ただ、インターバル前――ネコが最初に部屋に入ってくる段階の状況が少し違うんです。最初はその4皿のうち、エサが入っているのは2皿だけ。しかもそのエサがあるお皿のうち、食べることができるのは1皿だけで、残りのもう1皿は見るだけで食べられません。そして、さらにエサが入っていない2皿のうち、ひとつは食べられないただの物体。もうひとつはカラという状況です」

――ええと、少し整理させてください。まず、聞きたいのですが、なんで「思い出実験②」をしたんですか?? なんだか、実験①でも十分、「思い出している! ネコさんすごい!」と思ってしまうのですが。。

「そうですね。わかりやすく、先に実験②の結論から話しますね。実験②では、15分後に部屋に戻ってきたネコは、まず、見るだけでエサを食べさせてもらえなかったお皿に行くんです。そしてそのお皿を最も長い時間、気にするんです。

思い出実験②のイメージ

――ふむふむ。でも、エサが残っているだろうと思う皿を気にするのは、実験①と同じようにも思うんですが……。

「はい。だから、実験②で大事なのは、最初にエサが入っていなかった2皿なんです。カラのお皿と、特に食べることのできないモノ(図の▲)が入っていたお皿です。これがあることで、「何かお皿に入っていた」ということだけではなくて、「食べられない物が入っていた」という、「食べ物だったかどうか」までわかって思い出していたことが実証されたんです」

――うわあ! なるほど!! そこまで「理解」して、「思い出して」いるってことですか!!
はああ……すごい。いや、ネコの思い出しているというココロは、もちろんなんですが……。髙木さんも、よくそんな実験を考え付きますね……すごいです(尊敬)。

(リビ:メス・当時1歳)


【ちょこっとコラム②】 ネコの手は、かんたんには借りれません。

――しかし、髙木さんの研究、実験のお話をうかがっていると、細やかなロジックが何重にも積み重なっています。実験ともなれば、いろいろと手がかかることも多いと思うのですが、特に手がかかる部分は何ですか?

「いや、それは、もう。……ネコそのものです(笑)。というのも、ネコって、実験室での実験ができないんです。とても臆病だし、敏感な動物なので。普段と違う環境に連れてくると、まさに「借りてきたネコ」になってしまって。実験しようにも、隠れて出てこなかったりしてしまうんです」

――「ネコの手を借りる」って、全然かんたんじゃないんですね。。
だから、総長賞の推薦理由・受賞歴等のところに書いてあったのか……。

●推薦理由・受賞歴等●
「多様な動物種を扱う比較認知分野において、その扱いづらさから敬遠されていたネコに対して新たな研究手法を開発し多数の成果を上げ、国際論文誌Springer社、Elsevier社に投稿された2本は国内外から高い評価を得た」

――「扱いづらい」のね……納得です。しかし、その実験室での実験が難しいという問題はどうクリアしてきたのですか?

「それは、ネコを飼っている個人の方や、ネコカフェさんに、いろいろお願いして回りました。本当に飛び込み営業みたいに(笑)。「こういう研究をしているんです」とお話しして、お願いをして」

――ネコが慣れている環境のほうに自らが行くことで、「借りてきたネコ」問題はクリアしたんですね。。しかし、その協力してもらうための営業とか関係作りとか……ゼロからの開拓、大変だったのでは?。

「いえ。「大変」とは、すこし違いますね。楽しいです。好きでやっていますから(笑)」

(ごまきち:オス・当時2歳)


ネコのココロを考える、研究者のココロ。

――ところで、そもそもですが、髙木さんはなんでネコの研究をはじめたんですか?

「私は大学院から京大に来て、今いる、藤田教授の心理学研究室に入ったんです。入ってからはしばらくデグーというネズミの研究をしていたんです。その次に、サルの研究をデグーと並行してはじめて。そうしたら、今度は、先輩の千々岩さんが――とてもネコが好きな方なんですけど――ネコ研究のチームを立ち上げる!と。そこで、私も「やりたいです!!」って手を挙げたんです」

――なるほど。ちなみに、「ネコをやりたい!」と思ったのはなぜなんですか?

それは、もう趣味ですね(笑)。ネコが好きだからです(きっぱり)。自分自身、学部3回生くらいからネコを飼い始めてて、いつもネコを見ていて、直感的に「研究したらおもしろそうだな」、「ネコと心が通じるところと通じないところは、どこでわかれるんだろう」とか考えたりしてはいたんです。……ネコって、ふと遠くを見ている姿とか、何かいろいろ考えてそうじゃないですか(笑)。それに、ネコの思っていることがわかれば、もっと通じ合えると思いますし」

――「好き」ゆえに、思いをはせていたと。シンプルにして最強の動機ですね(笑)。

ところで、大学院から京大に来られたとのことですが、学部生時代は、以前の大学でも動物の心理を研究していたんですか?

「そうですね。ただ、学部に入学した当初は――心理学部だったんですが、人間の心理をやりたいなと思って。それこそ臨床心理士の資格が取れたらな、と。でも学部生の途中から動物に興味が移って。その転換期の一番大きい理由は、非常勤講師できていた藤田先生の授業を受けたことなんです

――えっ?! その藤田先生って……今の心理学研究室の藤田和生教授 (http://www.kyoto-u.ac.jp/explore/professor/11_fujita.html)のことですか??

「そうです。藤田先生が、比較認知科学の概論の授業をしてくれて。それを聞いて、ああ! こうやって動物の心理を研究することができるんだ!って感銘をうけたんです(笑)。それからですね。それで学部3回生のときに、研究室見学に行きたいです、って藤田先生に連絡して。それで、大学院入試を受けます!という意思表明をしていましたね。……親が「京大、受かるのか?!」と心配していたので、一応、就職活動もしましたけど、自分はあくまでも大学院に進むと思ってましたね(笑)」

――藤田先生の講義が、はじまりなんですね。なんとも運命的と言いますか……。そのときの出会いと直感を、具体化してきた、髙木さんの行動と気持ちが……すごいです。。

CAMP-NYANのメンバー。上段左から、「CAMP-NYAN」創設者の千々岩さん、ブノワさん、下段左から髙木さん、荒堀さん、そして藤田教授。真ん中の堂々としたネコさんは、エル(メス・当時7歳)。
ちなみに、藤田研究室のゼミは「動物ばんばんざいの会」。名前からしてワクワクします。

研究者・髙木さんの、思うトコロ。

――藤田先生との出会いを経て、京都大学の大学院に入られて、そして現在は、日本学術振興会の特別研究員として研究者と歩まれて、いかがですか?

「そうですね。実際に京大に来てみて思うのは、本当に、良い環境だなということです。トップレベルの研究者が、学内にもたくさんいて、海外からも頻繁にきて。それに、周りの人たちの意識もレベルも高くて、とても刺激的です」

――それは、髙木さんの研究分野での実感ですか?

「そうですね。ただ、きっと他のいろんな分野でも、そうなんじゃないかなと思います。それに、京大はとても「研究」に対して寛容だなあと思います。特に動物の研究に対して。動物の研究をしていると言っても、「変わっている」とか「異端」みたいにならないですし。「ああ、ネコやってるんだね」という感じで(笑)

――なるほど。それは、もう、現総長からして、ゴリラ研究の第一人者――パイオニアですからね。

特別研究員になってから、フィールドを広げられて、「ネコ島」にも調査に行かれたとのこと。「島ネコは、とても人懐っこいんです。エサをもらうという意味で、生存戦略的なところもあるのかもしれません」(髙木さん)

「それに、学部生のときと大学院生で京大にきてから、大きく違うなあって思ったのが、「先行研究」――以前に誰かがそのジャンルを研究したことがあるか、どういう研究だったかということなんですけど」

――ええ。

「京都大学は、先行研究がないことに対して、とてもポジティブなんです。「あ。誰もやっていないんだ。じゃあ、やったら。やったほうがいいね」って。前例がないことを「何かできなかった理由があるはずだ」という風にネガティブには捉えないんです。「前例がない。よし、やってみよう」という(笑)

――髙木さんも、きっとそちら側ですよね(笑)。ところで、髙木さんは、心理学部に入られて、ヒトから動物へ研究対象が変わったり、一応とはいえ、就職活動もされていたりと、いろいろなところを見ながら進まれてきたと思うんですけど、今のご自分を踏まえて、後輩たち――例えば、中学生や高校生、大学生たち――にメッセージを送るとしたら、どんなものですか?

やりたいことを、やってほしい。それが一番伝えたいです」

――力強いですね。

「……研究者って、やっぱり経済的に安定しないとか言われてたり、実際、私自身、決して安定的ではないんですけれど。それでも、やっぱり、知りたいことを、自分で考えて、実証できるということは、何物にも代えがたい。やりたいことをやらないと、きっと後悔すると思うんです」

――何物にも代えがたい……経験を通した言葉ですね。では、最後に。髙木さんは、これから――将来はどうしていきたいと考えているんですか?

「もちろん、研究を続けていきたいです(笑)。高次的な――複雑なネコの心理をもっと知っていきたいです。複雑なこと――難しいこととか、わからないことって、おもしろいと思うんです。だからこそ、想像を超えるものに会える気がする、というか。今もまた新しい実験をしているんです。今回は「社会的な音」を使って。……ネコは、飼い主の声や同居している他のネコの声(音)で、その存在をどこまで認識しているのか?って」

――将来、どうしたいかなんて、愚問でしたね。

まさに、「今」、やりたいことを、やっている。その言葉のままです。

髙木さん、これからも、新しいココロ、見つけてください。