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No.39

update.2019.05.30

ささっとわかる! イスラーム -文化から経済・お金まで-

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こんにちは、「ザッツ・京大」編集部です。

みなさん、海外旅行はお好きですか?

観光スポットを訪れるのも楽しいですが、日常的な場面でも文化の違いを見つけると面白いですよね。

例えばこれ。

ムスリム(イスラーム教徒)の女性のために作られたハラール化粧品の広告です。

上の写真の赤く囲った〇印が、「ハラール」のマークです。

そう、食べ物だけではないのです。

「ハラール」とは、イスラームの教えで「許されている」という意味。

化粧品では、アルコールなどイスラーム教で禁止されているものを取り除き、成分が調整されています。

中学校や高校ではイスラームについてじっくり学ぶことはありませんが、独自の思想があり奥の深い世界です。

また、最近はその経済システムやお金に対する考え方に注目が集まっているんですよ。

京都大学にはこうしたイスラーム経済を研究している先生が。

早速お話を聞きに行きましょう!

 

めぐりめぐって、イスラーム。

今回お訪ねしたのは、アジア・アフリカ地域研究研究科の長岡 慎介教授。学部時代を東京大学の文科Ⅲ類で過ごし、文学→農学→経済学とさまざまな分野を学ばれました。現在京都大学では、イスラーム経済を研究しています。

ちなみに、冒頭のハラール化粧品の写真は、先生が海外での研究活動の際に撮影したもの。今回は、先生の撮影したイスラーム世界の風景も交えながらお話を聞いてみたいと思います!

――どういった経緯で、学問分野を変えていったのですか?

「大学入学当初は西洋の社会思想に興味がありましたが、あるときふと農学の重要性に気が付いて、勉強し始めました。せっかくだから某省を受験しようかと試験科目の経済学に手を出したら、今度は数式の美しさにハマってしまって」

――なるほど。次々と興味をひかれる出会いがあったんですね。イスラーム経済との出会いはどんなものでしたか?

「将来の進路に迷っていたある日、加藤博先生(一橋大学 名誉教授)の『イスラム世界論』(2002年・東京大学出版会)という本をたまたま手に取って、私たちが慣れ親しんでいる資本主義とは全く違うイスラーム経済のことを知りました。経済システムそのものに面白さを感じたのはもちろんですが、先行研究が少なく未開拓の地を切り開くことにも興味を惹かれて、それから研究を続けています。京都大学ではアラビア語を全く読めない学生でも大学院からしっかり教えてもらえるということを聞いて、現在の勤め先であるアジア・アフリカ地域研究研究科に入りました」

――いろいろな学問にアグレッシブに取り組んだのですね。

「傍から見るとやっていることがコロコロ変わっているように見えるかもしれませんが、自分の中では一本の軸が通っているんです。それは資本主義というものをクリティカルに捉え直したいという思い。この思いは常に根底にありました。大学院から新しいことをする、しかも先行研究の少ない分野をやるというのはハードルが高くもありましたが、やりたいことに思う存分取り組める京大の〈自由の学風〉を後ろ盾に、これまで継続しています」

 

「自分のため」が「ひとを助ける」?! お金儲けと信仰のナルホド。

――経済学を専門的に研究されている先生から見て、「お金」ってどういうものだと思いますか?

「信用の連鎖によって成り立っている、不思議なものです。紙幣や硬貨はそれ自体に大した価値はありません。でもそれが「お金」だという共通認識があるから、価値あるものとして扱われます。今流行りの仮想通貨では、デジタルな信号がお金として扱われました。これはお金の究極的な形だと思います。貨幣をデジタル化する考え方がもっと世の中に受容されれば、将来、人の脳波がお金として扱われるなんてこともあるかも知れませんね」

――SFみたいですが、絶対にないとは言い切れませんね…。それでは現在の研究内容について教えてください。

「今の研究テーマはイスラーム経済。中東から東南アジアにかけて広がるイスラーム諸国における経済の実態を調べて、その知恵を国際社会に還元する方法を模索しています」

――イスラーム経済は日本の経済とはどう違うんですか?

「イスラーム経済の最大の特徴は、ムスリムの信仰心をベースにしていること。イスラーム法では、収入の2.5%を神にお返しすることが義務付けられています。これを「喜捨(ザカート)」と言います。集まったお金は困窮者に配られたり、学校や病院のような公共施設の建設費に充てられたりと、世のために使われます」

――そんなシステムがあるんですね。それって脱税みたいにズルして逃れる人が出てきませんか?(こらこら)

「いえいえ(笑)。喜捨をすると死後に天国に行けるとされているので、みんな喜んで払いますよ。稼げば稼ぐほど喜捨の額は大きくなり、本人が天国に行く確実性も高まる。Win-winの関係です。

ムスリムはお金を稼ぐことが大好き。私が以前サウジアラビアの国際会議を訪れたとき、現地の学者はみんな熱心に投資の話をしていました。日本ではお金を稼ぐことばかり考えている人は妬まれたり揶揄されたりしますが、イスラーム世界ではよく稼ぐ人は憧れの対象になります。自己利益のための行いが結果的に他者のためにもなるような仕組みの背景にあるものを、私は“利己主義的利他精神”と呼んでいます

――なるほど、自分のためにしたことが、他の人のためになっている、ですか。他にはどんな特徴がありますか?

イスラーム法では働かずにお金を得るのは悪いこととされています。だから人にお金を貸しても利子をとることは許されていません。イスラーム世界でお金を借りたい人とお金を貸したい人をつなぐ役割をするのが、イスラーム銀行。イスラーム銀行に行けば利子無しでお金を借りることができます。借り主は借りたお金を元手に働き、利益を生み出して貸し主に還元します。一方で貸し主は借り主がお金を適切に使っているかどうかを監視する義務を負っています。この監視が労働と見なされ、借り主からリターンを受け取る根拠になっているのです。借り主が利益を生み出せなかったときには見返りは得られませんが、これは監視が十分できていなかったためで、自己責任ということになります」

 

ドバイの金市場にて。イスラーム銀行ができるまで、銀行は利子でもうける悪いものとされており、ムスリムは自分で資産を保管していました。女性は資産を金に換え、アクセサリーとしてベールの中に身に着けていたそうです。

イスラーム銀行が最初にできたのは、1970年代半ば。ムスリムが資産を預けようとこぞって押し寄せました。写真は世界初のイスラーム銀行(ドバイ)。

 

――なんだか株式会社と似た仕組みですね。

「株式会社の仕組みは近代のロンドンで成立したというのが通説ですが、実はそのルーツは中世のイスラーム世界にあるんです。当時現地の富裕層が航海技術に長けた商人に資金を渡し、インドや東南アジアに香辛料を仕入れに行かせていました。それによりもたらされた利益を2者で山分けしたことが株式会社の起源です。出資者と実働者で利益も損失も山分けするというアイデアが、既にイスラーム世界にはあったのです。

イスラーム商人は南蛮貿易の時におそらく出島にも来ているんですよね。当時世界の海に詳しかった彼らが、オランダ人に遣わされて来ていた可能性が高いです。祇園祭の山鉾にはペルシャ絨毯を飾ったものがありますが、あの一部は彼らによってもたらされたものだと考えられます。私たちの生活には、イスラーム世界をルーツにしているものが潜んでいるんです

 

肌で感じたイスラームの世界と人。

トルコ・イスタンブルのニューモスク。 トルコでは人口の99%がイスラーム教徒です。

 

――へぇ、そうなんですか! なんだかイスラーム世界が身近に感じられてきましたよ。なかなか「イスラーム世界」ってどんな感じか想像つかなくて…。研究はどう進めるんですか?

「確かになかなか触れる機会はないと思いますが、イスラーム世界はすごく魅力にあふれていますよ。

研究は主に文献講読とフィールドワークで進めていきます。金融商品の成立や運営などに関する文献を読んだ上で、現地に赴き調査します。文献は現地語を含めさまざまな言語で著されているので、読み解くだけでも一苦労です」

――現地ではどんな調査をするんですか?

「イスラーム銀行や喜捨により建てられた公共施設の管理人を訪問し、経済システムがどのように成立したのか、金融商品や公共施設がどのように運営されているのかなどを質問します。研究を通して考えているのは、どういう風に経済システムを組み立てればより良い暮らしをつくり出せるのかということ。

金融商品で言えば、単にこの商品は利子をとらないから良いということではなくて、どんな人が商品を使い、どんな人の生活がどういう風に改善するのか、それによって国はどう発展できるのかというところまで考える。それが、私が今最も関心を寄せているテーマです」

 

現地の言葉で書かれた文献。「アラビア語は書き言葉と話し言葉が違っていて、書き言葉は古文みたいなものなんです」と長岡先生。書き言葉から言語を勉強したため、現地で先生が話すと「汝、我と共に来たりて…」というような感じに。随分古めかしい言葉をしゃべるやつだと驚かれるそうです。

本に埋もれた先生の研究室。隙間には先生が各地で買い集めたマグネットやタペストリーが。「この部屋は第一関門のようなものですね。この程度でおじけづく学生は入るんじゃない!みたいな。…まぁ冗談ですが」

 

――なるほど~。海外の銀行で調査なんて、緊張しますね。

「そんなことはないですよ。私が調査でよく行く中東や東南アジアの人たちはすごく楽観主義で、全くあくせくしませんね。それに、みんなとても親切!

私の初めての海外旅行は大学院進学後で、エジプトに行きました。空港到着後乗る予定だったバスが一向に来ず、とりあえず来たバスに乗り込んでしまったんです。車中で確認すると案の定目的地を経由しないバスだったんですが、どうしても行きたいと訴え続けるとルートを変更してくれて。他の乗客も仕方ないなぁなんて言いながら付き合ってくれました。なんて寛容な国だと感動しましたね。最初の渡航が良い思い出だったから、今までフィールドワークを続けられているのだろうと思います」

――フィールドワークを上手に進めるコツとか、ありますか?

「人とのつながりを大事にすること。平凡な答えのように聞こえるかもしれませんがすごく重要なことで、人の協力が無ければ何の情報も得られないし会いたい人にも会えず、調査が全く進みません

マレーシアのイスラーム銀行ATM。

 

新しい世界から、考える。長いスパンで、変化を見る。

――先生は子どもを対象にしたワークショップを開催しているとか。どんな内容ですか?

「ロールプレイを交えながら、イスラーム特有の助け合いの仕組みを教えています。対象は小学2年生~6年生くらい。お祈りをしてみたり現地のお菓子を食べたり民族衣装を着たりもして、イスラーム世界を体験してもらっています。先日のワークショップでは、イスラーム経済の仕組みを日本でどう応用できるのか、みんなで考えました。子どもは発想が自由で、日本にはまだ導入されていない社会制度の仕組みを、何の事前知識も無く思いついたりします。考え方の柔軟性はむしろ私が見習いたいですね」

――なぜそのようなワークショップを行われているんですか?

「研究者として社会に還元することの重要性を、最近とみに感じていまして。イスラームって小学校や中学校ではほとんど勉強しないですよね。だからワークショップを通して、まだ頭の柔らかい子どもたちに新しい世界に出会ってもらえたらと思っています。何十年か後に、そういえば昔イスラームのワークショップに行ったなぁと思い出して、何かの気付きを得てくれればいいなと。これまではグローバルと言うと欧米のイメージが強かったと思いますが、これからは若者人口の多いアジア・アフリカが世界の中心となっていくでしょう。ですからこの地域についてきちんと知った上で物事を考えていく力は必要だと思います

大人の参加もOKのワークショップには、他大学の教授がそっと紛れ込んでいることもあるとか。

 

――なるほど…。いろいろな活動をされている先生ですが、目標は何でしょうか?

「私がいる大学院には世界や日本をもっと良くしたいと考える若い学生がたくさんいます。そういった情熱は良いものではあるのですが、思い込み過ぎるとある種の社会悪をつくり出してしまうこともあり、注意が必要だと思います。重要なのは、長いスパンで変化を見守る目線。30年後や50年後、もしかしたら100年後に自分の研究が誰かのためになっているかもしれない。そういうモチベーションの研究者がいても良いと思いませんか。例えば株式会社の仕組みのように、自分の研究が何十年・何百年後に役立っていればいいなと私は思っています。そんな姿勢を許容してくれる風土もまた、京大の魅力の一つなのかもしれませんね」

――イスラーム経済の研究を通し、世界のより良い姿をゆるりと模索される先生。
お話し中の笑顔は輝いていました。ありがとうございました!