2021.06.23
「ヒトとは何か」に迫り、世界をリードする研究拠点をめざす!「ASHBi」ってどん...
People
No.38
update.2019.04.25
こんにちは! 「ザッツ・京大」編集部です。
みなさん、動物は好きですか? 「動物に関わる仕事が夢だった」そんな人も多いのではないでしょうか。
さて、今回、編集部が向かったのは……。
\ジャン!/
京都市動物園です。
「京都大学の記事なのに、動物園? 編集部が動物園に行きたいだけじゃないの?」
そんな声が聞こえてきそうですが……。
動物園はれっきとした研究フィールドの一つなのです!
動物園は、飼育されている動物を見て、楽しむための場所だと思っていませんか。
もちろん、それも動物園の役割ですが、動物園の真骨頂はEnjoyだけではなくInteresting!
京都大学のフィルターをとおして、動物園をのぞいてみましょう!
屋根の上にはゴリラが! 反対側にはゾウがいるとのこと。みなさん、足を運んだ際にはぜひ、見つけてみてください。
集合時刻は朝の8時45分。開園前で、あたりはとても静かです。
天気予報の雨マークに不安を覚えながら、待ちあわせ場所のチャイムを押すと、門の向こうに人影が。
ピンポーン
この方が今日の指南役、田中正之先生です。
「朝の動物園はいいですよー。朝ごはんを食べようと活発に動く動物たちの姿が見られますから」
濃紺の作業服に身をつつみ、にこやかに話す田中先生は、京都大学野生動物研究センターの特任教授であると同時に、京都市動物園の生き物・学び・研究センター長を務めています。
京都大学の野生動物研究センター(WRC)とは、ズバリ、野生動物を研究するセンターです。
フィールドワークでの直接観察やDNAなどをもちいた実験室での研究など、多様な手法をつかって、空・海・陸、雪山から熱帯雨林まで、あらゆる場所に生息する動物たちの暮らしぶりや、仲間・群れとどのようか関係を築いているのかなどに迫っています。
野生動物研究センターのホームページがリニューアルされました。センターを紹介するオリジナルムービーは必見!(http://www.wrc.kyoto-u.ac.jp/)
そして、京都市動物園をはじめ、日本各地の動物園や水族館と連携協定を結んでいることも、WRCの特徴です。
「飼育下の動物を観察して、『野生』の動物のことがわかるの?」と不思議に思うかもしれません。でも、動物園では、野生ではなかなか出会えない動物を観察できたり、野生下の研究で学んだ知見を飼育にいかしたり、双方にメリットがあるのです。
田中先生の案内でバックヤードをぬけ、最初に対面したのはオスのアムールトラのオク。
シベリア地方など、寒い地域に生息するためか、保温性の高いモコモコとした毛が魅力的です。
お腹や腕もむっちり。悠然と横たわる姿を穏やかにながめていると、ガヤガヤと話す私たちの声に反応し、すくっと立ち上がるオクくん。体長3m、体重200kgもあるその姿に圧倒されます。
さて、この写真。注目すべきは、オクだけではありません。
目線を地面まで下げると……。
「ん……ダンボール?!」
そうです。この一見、捨て忘れのようなダンボールがポイントです。
「野生のトラが狩りの際にとる行動を引き出すために、この中に肉を隠すんですよ」。
──たしかに、ビリビリと破られたワイルドな痕跡が……。どうしてそんなひと手間を?
「野生下では、1日のほとんどを獲物探しや、狩りに費やしますが、動物園での食事は、一定の量が一定の時間に出てきます。日本の動物園はどうしても土地が狭いこともあって、動物たちにとって動物園の暮らしは変化に乏しく退屈なんです。退屈な時間が長くなると、発育や行動に影響が出ることも」。
動物たちの心と体の健康に配慮し、できるだけ野生に近い環境で暮らせるような仕組みづくりは「エンリッチメント」とよばれ、近年、世界中の動物園で重要視されています。トラ舎ではこのほかにも、ぶら下げられたブイや、エサ隠し兼おもちゃのタイヤ、丸太など、「トラたちが楽しく暮らせるように」と願うスタッフたちの汗と努力の結晶があちこちに。
こうした工夫が実際にどれだけの効果をあげられるのかを、WRCの大学院生が検証し、修士論文として発表したそうです。
「研究者や学生が加わってくれるのはとても心強いんです。飼育員も獣医も担当の動物は一種だけではなく、たくさんの仕事をかかえています。エンリッチメントが実際に効果的かどうかの評価や、科学的な検証までをじっくりと行うのは難しい部分もあります」。
京都大学吉田キャンパスから自転車で15分ほどの京都市動物園には、これまでに何人もの学生が、卒業研究や修士論文の研究のために観察に通っているとか。対象動物は、トラやゴリラ、キリン、ゾウなどさまざま。
(左上から時計回りに)キリン、カバ、ニホンザル、フェネック
「動物研究は調べてなんぼ、見てなんぼ。『とにかく来れる日は来てくれ』と学生には伝えています。とにかく怪しいものには近づかないのが動物の鉄則です。動物に顔や匂いを覚えてもらわなければ、寄ってもきてくれません。実験をはじめるまでに何か月もかかることはザラ。仲間の一頭が心を許して近づくと、ほかの個体も寄ってきたり……」
人見知りで臆病者の編集部、動物たちのその気持ち、とてもよくわかります……。
ちなみに、大胆なトラはダンボールをすぐに引き裂き、臆病なトラはダンボールになかなか近づかないなど、同じ種でも明瞭な個体差があるそうです。実はこれも、WRCの学生が観察をつづけるなかでわかってきたのだそうです。
穏やかなお話ぶりもあいまって、ベテランの風格がただよう田中先生ですが、動物園にやってきたのは、2008年、40歳になってからのこと。
「それまでは京都大学の霊長類研究所で毎日実験室にこもり、チンパンジーと向き合う〈ザ・研究者〉だったんですよ」。
霊長類研究所は1967年に設立された京都大学の研究機関です。1947年に、京都大学理学部の教授だった今西錦司先生が宮崎県幸島での野生のサルの研究をはじめ、日本の霊長類学の礎を築いたことに端を発します。
以来、京都大学は50年以上のあいだ、世界の霊長類学をリードしているのです。
そして、WRCが2008年に設立されたのですが、その時に掲げられたミッションの一つが、動物園との連携。
「動物園で研究する教員の公募があったんです。動物園なら多様な動物を研究対象にできる。『これまでにない新しいことができる!』という研究者としての欲が応募動機でした(笑)」
──たくさんの動物がいるなか、まず目をつけた動物は?
「やっぱりサル。いきなりまったく違う動物の研究をゼロから始めるのではなく、経験を活かしつつ、少しずつ研究を拡げていこうと考えました。当時の京都市動物園にはチンパンジーはいなかったので、ぐるっと見渡して、目をつけたのが彼ら。せっかくだし会いに行きましょうか」。
道中、朝ごはん中のレッサーパンダにあいさつする田中先生
田中先生の先導で対面したのは、赤い鼻筋が目印のマンドリル!
「こんなめずらしいサルを飼っている研究施設はそのころ世界になかった。これならオンリーワンになれるぞって」。当時の田中先生、研究者魂がメラメラと燃えていたそうです。
「ここに座って、霊長類研究所でも使っていたタッチモニターで実験を始めたんです。ふと横を見ると、シロテナガザルがいる。せっかく向かいにいるから、両方いっしょに研究しちゃえ!と(笑)。シロマティーとは、それからもう11年の付き合いです。いまでは動物園のなかでいちばんの旧友」
2012年7月、お勉強中のシロマティー。後ろに写る人影が田中先生。このときは、1から7までの数字の順番を覚える学習に挑戦。
研究の道具となったタッチモニターは、霊長類研究所のチンパンジー、アイちゃんが得意とする学習システムです。テレビ番組の資料映像で見たことのある方も多いのではないでしょうか。
なんと、京都市動物園では、これまで京都大学の研究施設でのみ実施されていた霊長類の認知実験を、一般の来場者にむけて公開しています。「動物園が研究に協力することはよくありますが、園内にこれだけの装置を実装し、勉強する姿を来場者も見られるのは、オンリーワンだと自負しています」。
そうして、つぎにやってきたのは京都大学ではおなじみ(?)、ゴリラが暮らすおうち。
取材時間は、室内でのんびりタイムでしたが、ゴリラのおうちにはひろびろとした運動場(右)もあります。
決められたお勉強時間になると、田中先生はお部屋のそばに配置されたタッチモニターの横で彼らがやってくるのを待ちます。
「チンパンジーは朝食、テナガザルたちはお昼、ゴリラは夕方に勉強の時間を設けています。ゴリラの場合は、ほぼ毎回やってくるのはお兄ちゃんゴリラのゲンタロウ。おとうちゃんのモモタロウは、『そんなめんどうなことするなら草食べてるわ』という感じ。(笑)それでも、やっぱりどうしても暇をもてあますのか、週に1回は来てくれますよ。夏の暑い日や気が向かない日は、だれもお勉強に来てくれず、ポツンと待ちぼうけを食らうことも……」
モニターに表示される数字を順番どおりにタッチして、みごとクリアすると、リンゴがもらえるしくみ。
「1日に取り組む行動の選択肢がたくさんあればあるほど、退屈な時間が減らせたり、日常に刺激が増えます。あくまでもゴリラたちの1日の行動の選択肢の一つで、課題に取り組むかどうかは本人の意思次第。こちらが強制することはありません。『いつものご飯じゃなくて、リンゴが食べたければおいで』というスタンスです」。
チンパンジー舎にも、りっぱなお勉強部屋が備わっています。京都大学との連携研究の開始をきっかけに改修され、2008年に完成しました。
本来は、ほとんどの時間を樹上で過ごすチンパンジー。動物園でも野生下に近い暮らしができるようにと、いまでは各地の動物園に高いタワーがつくられています。
なんとこれは、1995年に霊長類研究所ではじめて導入され、その成功を受けて、日本各地の動物園にひろがったものだそう! 日本各地でチンパンジーたちがのびのび暮らせている背景に、京都大学の知恵があったのですね……。
屋内にもタワーがあります。ネットの上のふかふかしたものは、チンパンジーがみずからこしらえたベッド。木の上に枝を編み込んでベッドを作るという野生のチンパンジーの行動を表出できるよう考えられています。
──そういえば、ゴリラに赤ちゃんが生まれましたね!
「そうなんです。兄弟間のコミュニケーションはなかなかデータをとれる機会がないですし、絶対におもしろいはず。これは、今、まさに自分自身で研究してみたいです」。
ふたたび、研究者魂がメラメラと燃えあがる田中先生。
お母さんのお腹から、すこしのぞいた顔を見ることができました!
「チンパンジー舎にも9か月前に子どもが生まれたんですよ。ずいぶん体も大きくなって、一人で動きまわるようになりました。気がついたらどっかに行っちゃうから、お母さんは目が離せないみたい」。
そうしているあいだにも、お兄ちゃんに抱っこされて運ばれる赤ちゃんを、あわててお母さんが追いかける光景が。顔と名前を覚え、群れの動きを目で追いかけていると、それぞれの性格がわかってきます。
大型類人猿も人間も同じヒト科。進化の隣人なので、類人猿のことは「一人」と数えるといいます。
「野生のフィールドに比べれば、至らないところも多い環境かもしれませんが、赤ちゃんが一人生まれて、活気づいた群れはとても魅力的に見えます。私たちのどんな工夫も、一人の赤ちゃんにはかなわない。究極的なエンリッチメントは、繁殖を定期的にくり返し、子どもが成長してゆく環境を作ることだと思うんです。そのために環境を整えるのが私たちの役目だとつくづく思い知りました。この彼らの姿こそ、だいじにしなきゃなって」。
(左)水浴びをするゾウ。(右上)ヤブイヌ。(右下)日本でもっとも長寿のライオン、ナイルくん。1994年生まれの24歳で、人間に換算すると100歳を超えます。加齢によって痩せていますが、生活の質が低下しないよう、医学的なサポートをつづけているそうです。昼になると屋外に出て、日差しを浴びながら昼寝をするのがナイルくんの日課。
さて、田中先生といっしょにめぐる京都市動物園の旅もそろそろ終了の時間。限られたわずかな時間でしたが、動物たちは私たちにさまざまな姿を見せてくれました。逆さまになっておしっこをするヤブイヌ(これもWRCの学生が研究したことがあるようです)、鼻でほかの個体をつつくゾウ、たがいに首をぶつけ合う2頭のキリン、新しい木の足場を探検するクマ……。見つめるほどに、「?」が浮かんでくる、ふしぎの宝庫です。
「動物研究の基本は、目視での地道な観察です。センサーカメラなどの技術の発展で、夜間のジャングルや危険な場所にいる動物たちの調査もできるようになりました。でも、この世界には、本当にたくさんの種類の動物がいます。めずらしい動物の場合は先行研究がないことも多いですから、自分で観察し、生態を学び、調査方法を検討することからはじめなければなりません。動物園は、動物研究の第一歩としてとても有効です」。
なんと、京都市動物園にはタナゴやオオサンショウウオもいます。園内には田んぼや小川も作られ、展示から生態系を考えることもできます。小川にはホタルもやってくるとか。「植物や生態系を研究したい学生も大歓迎!」。
──野生下だと、夜行性だったり、動きがすばしっこかったり、追いかけつづけることは難しそうですね。
「本来の生息地に調査に行っても、ほとんど実物を見られずに帰国する学生も多いです。動物園で得られる結果は、特殊な環境下の特定の個体にだけあてはまる限られたものなので、予備研究と思われることもありますが、動物園をフィールドにするメリットはなんといっても毎日見られること。卒業研究や修論研究などでは毎日見ることを活かした研究課題を立てて、動物研究の手法を学ぶにはもってこいです。重要な発見の一端となる謎もゴロゴロ転がっていますよ」。
──動物を研究するには、やはり生物系の学部に進むべきなのでしょうか?
「たしかに理学部や大学院の生物科学専攻なら、動物園での実習が授業科目に含まれていますし、より近道かもしれません。でも、農学部や文学部の学生や教員も動物園と連携し、研究していますよ。家畜で効果的だったエンリッチメントをゾウにも導入してみたり、シカの食害を防止するためのネットを開発したり、動物たちの〈こころ〉を研究したり、いろいろな分野とつながっているんです」。
胸に抱いた「はてな」と、その答えを追い求める心があれば、そこはフィールド。
新しい季節に、進む道を考えはじめる中学生・高校生、期待に胸を膨らませる大学1回生。そして、新たな自分を探す大人も、「知りたい」という好奇心にあふれた子どもさんも。
京都大学と動物園の「はてな」と「知」。楽しみながら、見つけてください。