2018.04.25
空中の頭脳戦~熱気球サークル「京大飛翔会」に迫る!~
今、話題の大河ドラマがきっかけとなり、あらためて注目されている『源氏物語』。世界最古の長編恋愛物語ともいわれ、今もなお世界中の人々に読み続けられています。
今回は、そんな『源氏物語』をはじめ、中古・中世文学や王朝物語を研究している、文学研究科の金光 桂子教授にインタビュー。『源氏物語』の魅力や放送中の大河ドラマの感想も交えながら、古典文学のおもしろさをお伝えします!
――本日はよろしくお願いします! 早速ですが、まずは先生の研究について教えてください。
「私の研究では、平安時代の終わり頃から鎌倉時代に成立した物語を中心に扱っています。12世紀につくられた『松浦宮物語』や『有明の別れ』、13世紀の『我身にたどる姫君』など。これらの物語は『源氏物語』などの先行作品から人物像や文章表現など、さまざまなレベルで影響を受けています。どの部分が『源氏物語』と同じであるかを明らかにすることで、逆に『源氏物語』とは異なる場面や表現などが見えてくるんです。そういったことが、その作品の個性を解明する手がかりとなり、作者が読者に伝えたかったことをより深く知ることができます」
源氏物語のプチ紹介
主人公である光源氏は、帝の第二皇子。母親の身分が低いため皇太子にはなれず、源姓を与えられて臣下となる。54帖ある物語の前半で描かれるのは、彼が准太上天皇に上り詰めるまでのサクセスストーリーと、その過程で出会うさまざまな女性との恋愛模様。後半は栄華を極めたのちに味わう人生の辛さが描かれ、子どもや孫世代の物語も繰り広げられる。
――なるほど。ちなみに、古典文学に興味をもったのはいつ頃だったのでしょうか?
「子どもの頃から読書が好きで、とくに日本史の本をよく読んでいました。小学生のときに『源氏物語』の子ども向けダイジェスト版も読んだのですが、どんな話なのかあまり分かっていなかった気がします。でも、中学生のときに友達から漫画『あさきゆめみし』を借りてどんどんハマっていて、現代語訳と原文も読みました」
――原文まで読んだのですか! 中学生でそこまでハマるのはすごいですね。どんなところに惹かれたのですか?
「はっきりとは覚えていませんが、昔から長くて登場人物が多く、複雑な物語ほどおもしろくて好きだったんです。小学生のときは戦国時代が好きだったのですが、それとはまったく違う平安時代の物語がとても新鮮で、そういったところに惹かれたような気がします。特に、人間関係がドロドロしているところとか・・・(笑)」
――生々しい人間関係ですか(笑)。今は『源氏物語』より後の作品を中心に研究されていますが、それはなぜでしょうか?
「実は、高校生のときから『源氏物語』以降の物語もちょこちょこ読んでいたんです。そのなかで『源氏物語』によく似た場面や登場人物が出てきたり、和歌を真似したりしている部分があることに気づいたのがはじまりです。最初は宝物を見つけたような気持ちになり、その発見にただ喜んでいたのですが、読み進めていると徐々にわかってきたことがあって。作品の中で『源氏物語』の影響を受けている部分があってもまったく同じではなく、作品ごとにその個性があるということがわかってきました。
そして、その個性――作品ごとの『違い』がなぜ生まれたかを、さまざまな手がかりとあわせて考えて行くと、それらの物語が成立した背景にあった当時の出来事とつながって、物語のおもしろさや作者の意図が、線として浮かび上がってくるのです。それがおもしろくて、研究対象として取り上げるようになったんです」
――高校生のころから作品ごとの個性に気づき、そこに喜びを感じていたんですね。現在は古典文学研究のどういった点に魅力を感じていますか?
「古典に限らず、文学研究のおもしろさというのは作品を主体的に読んでいくことだと思います。高校の古典の授業で文章を読むときは、わからない単語は辞書を引き、そこに載っている意味を当てはめながら現代語訳していきますよね。もちろん、大学で研究するときにも辞書は使うのですが、それだけでなく、一つひとつの言葉の用例まで調べ、その意味やニュアンスを自分で考えながら読んでいくんです。
『源氏物語』のような、すでに多くの研究がなされている作品であっても、自分なりの解釈を見つけることができる。それを発見した瞬間に、物語の作者と自分が直接つながったような気がしてとても嬉しいんです。それが、私にとっての研究の醍醐味ですね」
――先生は京都大学文学部の出身とのことですが、どのような学生生活を送っていましたか?
「とても自由な学生生活でした。図書館の蔵書数が非常に多いので、よく入り浸って本を読んでいましたね。図書館には古い時代の写本もたくさんあって、学生も比較的容易に手に取ることができるので、研究にも大いに役立ちました」
――大学時代から、将来は研究者になろうと考えていたのでしょうか?
「はっきりと考えていたわけではなかったのですが、企業に就職したいという思いはあまりなく、できれば勉強を続けたいと思っていました。一生学生でいられれば幸せだなと(笑)。大学院に進学して、勉強を続けているうちに気づいたら研究者になっていました」
――自然な流れで研究者になったのですね。長く京大を見てきた先生からすると、どんなところに「京大らしさ」を感じますか?
「そうですね、私の学生時代から今に至るまで、学生も教員もすごく優秀で個性的な人ばかり。周りにいる人たちからたくさんの刺激を受けられるのが、京都大学の魅力だと思います。とくに私が所属している国語学国文学研究室は、研究する作品も時代も自由。万葉集の研究者とキリシタン資料の研究者が机を並べていたりします。『国文学』という枠にとらわれず、異なる分野の人と交流できる環境なんです。そうした場に身を置くことで、視野を広げることができると感じています」
彩りの挿絵 | 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ
1999年に附属図書館 にて「お伽草子 -物語の玉手箱- 京都大学附属図書館創立百周年記念公開展示会」と題する展示会が開催され、当時大学院生だった金光先生も、他の院生とともに展示資料の調査や解説の執筆に携わったとのこと。その時の図録や、展示された資料の一部が「京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」にて画像公開されています。
――『源氏物語』についても質問させてください。2024年現在、NHKでは紫式部を主人公とする大河ドラマ『光る君へ』が放送中ですが、先生はご覧になっていますか?
「はい。小学生の頃から歴史ファンだったこともあり、今作も毎週欠かさず観ています。思ったより『源氏物語』は出てきませんが(笑)」
――なるほど。ぜひ率直な感想を聞かせてください(笑)。
「生身の役者さんが演じるのを観ていると、文献のうえではよく知っていた人物たちが、本当に生きていたということをあらためて実感します。最初は意外に感じたキャスティングもありましたが、観ているうちに『本当にこういう人だったのかもしれないな』と思ったり。これまで平安時代の人物がテレビで取り上げられることはあまりなかったのですが、今作をきっかけに、多くの人にとって身近に感じられるようになるのではないでしょうか」
――先生は、紫式部のことをどのような人物だったと思われますか?
「そうですね……『紫式部日記』を読む限りでは、あまり友達にはなりたくないという印象です(笑)。自分の本心を表に出さないので、付き合いにくそう。でも、さすがに洞察力は際立って優れていると感じます。さまざまなことを一歩引いたところから冷静に見つめて、分析を加えているような。人間や社会を見る目が研ぎ澄まされている人だからこそ、あれだけの物語を書くことができたのでしょうね」
――『源氏物語』は書かれてからおよそ1000年も経っていますが、今でも世界中で読み続けられていますよね。その理由は何だと思いますか?
「いろいろな考え方がありますが、現代にまで残った理由のひとつとして、権力の中枢でつくられたということが挙げられます。作者の紫式部が時の権力者である藤原道長の庇護下にあり、その作品が一条天皇にも評価されたというのは大きかったでしょう。
もちろんそれだけではなく、物語そのものの魅力もあります。時代が変われば価値観も変わりますが、どんな時代であっても受け入れられるような幅をもつ作品ということ。長編で複雑なのも関係していると思います。現代の価値観に照らし合わせると不倫の物語ではあるのですが、『源氏物語』を読み解くことで当時の文化や歴史を知ることができますし、時代や文化を超えて人間の普遍心理が描かれていることなど、さまざまな面から評価されています」
――ただ、時代によっては批判されることもあったと聞きました。
「現代でもそうですが、通俗的な娯楽作品に価値を認めないという人は一定数います。また仏教の影響力が強かった中世には、男女の色恋自体が罪深く、それを描いた作品の作者と読者は地獄に落ちるともいわれていました」
――ええっ!? 読んだだけでも地獄行きですか!?
「怖いですよね(笑)。ただ、そうした価値観のなかでも『読みたい』という読者はいたようです。そんな罪深いと言われた紫式部や『源氏物語』を供養・救済しようと『源氏供養』というものが行われたこともあります。どうやら『源氏供養』を行うことで、罪深き物語の読者たちもこれにより救済されるのだとか。また、紫式部は観音菩薩の生まれ変わりで、あえて罪深い物語を書くことで読者に色恋の虚しさを説いたという突拍子もないような説もあるようです。
私はこうした考え方の根本には、『源氏物語』を評価したいという多くの読者の思いがあったのではないかと考えています。仏教的な価値観も絡めることで、物語を正当化しようとしていたのかもしれません。後世の受容のされ方を見ていると、何かしら言い訳をしながらも読みたいという気持ちが伝わってきておもしろいです(笑)」
――先生は、高校への出前授業も行われているそうですね。どのような授業をされているのでしょうか?
「出前授業では、大学における古典の学問研究がどういったものかということや、高校での勉強との違いなどを伝えています。題材は『百人一首』や『竹取物語』、『源氏物語』のように高校生にもわかりやすいものや、共通テストで出題された文章などいろいろです。また、大学の研究とは違うといっても、高校での勉強が無駄になるわけではなく、基本的な文法の知識は最低限必要になるということも話しています」
――現代文や古典などの国語科目に苦手意識を持っている学生もいると思います。そういった学生たちにアドバイスをお願いします。
「苦手でもいいんじゃないかと思います。ひとつやふたつ、苦手なことがあってもいいじゃないですか。私は現代文のマーク式試験がなぜか苦手で、はやめに諦めてしまいました(笑)。
ただ、教科としては苦手でも、本を読むこと自体は苦手にならないでほしいです。どんなジャンルでもいいので、自分が興味のある本を手に取って、楽しく読んでください。回り道な方法に聞こえるかもしれませんが、結局はいろんな本を読むことが、読解力を向上させる早道です」
――まずは楽しく本を読むことが大切なのですね。先生にとっては、「文学」とはどのような存在か教えてください。
「いちばんは娯楽です。娯楽のなかで、思いがけず人生の道標のような言葉に出会えることがあります」
――最後に、京都大学への進学をめざす中学生・高校生に向けてメッセージをお願いします!
「京都大学に入学することが、すべての人にとって最適な選択肢であるとは限りません。ただ、先ほどもお話ししたように、京都大学には個性的で優秀な人がたくさん集まっているので、今後の人生に役立つ出会いが必ずあるはず。人だけでなく、図書館では多くの書物にも出会えます。京都大学をめざす方々には、ぜひ人や書物との出会いを求めてもらいたいです」
先生のお話を聞き、読書を通じて出会える作者とのつながり、時代を超える物語の奥深さや古典作品研究のおもしろさを感じることができました。そして、もっと本を読むことを「楽しみたい!」と思うきっかけになりました。
金光先生、ありがとうございました!