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No.138

update.2023.03.29

気持ちは今も山で遊んだ子どものまま。スポーツと勉強を両立させる、元日本代表クライマー

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2021年に東京オリンピックの正式種目に加わったスポーツクライミング。競技では、クライミングウォールと呼ばれる壁を登る速さや到達地点を競いますが、じっくりと長い時間をかけて岩登りに挑戦している人がいます。それが、理学部4回生の清水陽華莉さん。岩場を登るフリークライミングに取り組みながら、トンビが人の食べ物を取る行動について研究をしています。クライミングの魅力とは?学業と両立する方法とは?清水さんのこれまでについてお話をうかがいました!

木登り好きの少女が、旅先で出会ったボルダリング

――最近「ボルダリング」という言葉もよく聞きますが、「クライミング」と「ボルダリング」はどう違うのでしょうか?

「クライミングのなかでも、ロープを使わずに岩や壁を登ることを『ボルダリング』と呼びます。高さは3〜5mくらい。ロープクライミングは道具と安全確保する技術が必要なので、ボルダリングから始める人が多いですね」

――清水さんもボルダリングから始めたのでしょうか?

「はい。小学2年生のとき、旅行先にたまたまボルダリングの施設があって初めて体験しました。もともと木登りが好きだったので、それをスポーツとしてできるのが楽しくて。京都に戻ってからジムを探したんです」

――旅行先での偶然の出会いから始まったんですね。中学3年生のときには「全日本クライミングユース選手権ボルダリング競技大会2015」で2位となり、日本代表としてイタリアで開催された「IFSC世界ユース選手権 アルコ2015」に出場されたのだとか。

「民間の大会には小学生の頃から出ていましたが、公式戦には中学生になってから出場するようになりました。大会ならではの緊張感や、限界を突破していく感じが楽しかったですね。自分の実力がどの程度かよくわかっていませんでしたし、この日本大会が世界大会の選考会ということも知らなかったので、世界大会に出場できるというのも、ほかの選手から聞いて初めて知ったんです。世界大会ではずっと地に足がつかないような気持ちで、今となってはあまり記憶がありません」

IFSC世界ユース選手権 アルコ2015出場時の様子

――中学生のときにはすでに頭角を現されていたのがすごいです。今は京都大学の体育系サークル「フリークライミングクラブ」、通称「京大Wall」で活動されているそうですね。

「はい。実は中学2年生くらいのとき、京大Wallに体験に来たことがあるんです。ただ当時は身体が小さかったし登る力も弱くて、男子大学生と同じ壁を登ることはできませんでした。でも大学生になったら普通に登れるようになっていたので、楽しく活動できています。高校生の頃まで通っていたクライミングジムは同世代が少なく、学校ではあまり関わることのない方々と交流できて楽しかったです。周りの大人にかわいがってもらえたのもうれしかったのですが、今は大学生同士で登れるのもうれしいですね。みんなでクライミングツアーに行ったりもしています」

京大Wall内のクライミングウォールをダイナミックに登る清水さん。「ホールド」と呼ばれるカラフルな突起物の配置は、年に一度、部員同士で話し合ってチェンジするそう。

京大Wallの活動

――京大Wallではサークル部屋内のクライミングウォールだけでなく、自然の岩場も登るそうですね。「岩を登る」って、危ないことのようにも思えるのですが、具体的にはどのように行うのでしょうか?

「落ちても大丈夫なように、マットを持って登りに行きます。高い岩やどこに落ちるかわからないような岩を登るときには何枚も必要なので、駐車場から何往復もしないといけなかったりするんですよ」

三重県でマットを運ぶ清水さん。マットが大きすぎて、清水さんが見えない…。

――マットを持参するんですね!実際に落ちることも……?

「登ったらたいがいは落ちます(笑)。特に今は難しい課題に挑戦中なので、30秒も登らず落ちて15分くらい休む、の繰り返し。休憩時間の方が長いです。人気の岩だと、人が多すぎて順番待ちをすることもあります。」

――クライマーが殺到する岩もあるんですね。清水さんはどこに行くんですか?

「今は岐阜県に通っていて、片道4時間くらいかかります。車を運転していくのですが、1年以上同じ課題にトライしているので、さすがに道も覚えてきました(笑)」

――そんなに遠くまで!それほど魅力的な場所なのでしょうか?

「なんでそんなに登りたいのか自分でも分からないのですが……初めて見たときに魅了されて『絶対に登るんだ』と思ったんです。これまでは長くても4〜5回通えば登れたのですが、今の課題は自分の実力より高いレベルなのでまだクリアできていません。お金も時間もかかりますし、精神的にもしんどいのですが、どうしても登りたいのでがんばって工面して足を運んでいます。冬の間は積雪と凍結で通えないので春まで待たないといけなくて、それもちょっとしんどいですね」

現在、挑戦している岩。この日の待ち時間には、卒業論文のためのデータ分析をしていたそう。

――クライミングウォールとは違う、岩場を登る魅力ってどんなことなのでしょうか?

「ずっとそこにある、ということだと思います。たとえば大会の課題だと、与えられた時間内に登れなければ二度とトライできないんですよね。でも岩はずっとそこにあるので、何年でも諦めずに挑み続けることができます。先輩が登った岩というような記憶もありますし。『自然の姿のまま変わらずそこにある』というところに、クライミングの哲学が詰まっているんじゃないかなと思います」

――なるほど。オフシーズンの間は、筋トレなどをされるのですか?

「考えてトレーニングするタイプの人もいますが、私は基本的に登るだけ。いっぱい登って強くなろう!と思っているので、オフシーズンの間は室内で登ったり、冬は太平洋側や南の地域に行ったりするつもりです。遠方まで行くのは大変な面もありますが、観光も兼ねて行くのは楽しい。一昨年は一人で東北に行き、3週間くらい滞在しました」

――クライミングを通して身についた力はありますか?

「困難に立ち向かう力。最初はできないと思ったことでも、努力して乗り越えられるようになるというのが大きいです」

クライミングジムや大会にも問題集を持参。文武両道の秘訣とは

――京都大学に入学しようと思ったきっかけは?

「周囲からの薦めもあって、高校生になる頃には京大に行こうと思うようになりました。自由の校風にも惹かれましたし、京大Wallもありますし。オープンキャンパスにも参加して、理学部に ヤモリの性格を研究している先輩 がいると知り、ますます入学したくなりました。『こんな研究もしていいんだ!おもしろそう!』と思って」

――高校時代にもボルダリングユース日本選手権大会や、JOCジュニアオリンピック大会に出場されていますが、受験勉強とはどのように両立されていたのでしょうか?

「高校2年生の秋に大会に出てから、1年間は受験勉強に専念するためにクライミングはお休みしていました。クライミングジムには月に1回くらい、気晴らしに行く程度でしたね」

――本格的に受験勉強が始まる前は?

「クライミングって、体力的に毎日はできないんです。なので中高生の頃は月・火・木曜日の放課後に塾に行き、水・金曜日にクライミングジムに通っていましたね。土曜日は翌週出されそうな宿題を予想してまとめてやってしまい、日曜日はまた1日クライミングという生活でした。テスト前はクライミングジムにも数学や物理の問題集を持ち込んで、待ち時間に勉強していたこともあります」

――クライミングの合間に勉強なんて、すごくストイックですね!中学生の頃からですか?

「小学生のときからですね。県外の大会に参加したとき、待ち時間に塾の勉強をしていたら、周りの子達に驚かれたのをよく覚えています。勉強しながらクライミングというスタイルはずっと続けてきたことで、それは大学に入ってからも変わっていません。最近も、岩の前で卒論を書いています(笑)」

――ずっと両立してきたからこそ、クライミングでも勉強でも結果を出し続けることができるんですね。今後も大会には出場されるのでしょうか?

「来年の国体には京都代表として出場する予定ですが、それを最後にしようかなと考えています。中学・高校でいい成績を残すことができましたし、これからは岩をメインにしていきたいです。岩に登っていたおかげで大会にもいい影響が出ているような気がします」

京都・鴨川名物、トンビの生態に迫る

――先ほど、オープンキャンパスで理学部に興味を持ったというお話をうかがいましたが、今はどのような研究をしているのでしょうか?

「動物生態学の研究室で、トンビが人の食べ物を取る行動について研究をしています」

――京都の鴨川にはトンビがたくさんいて、人が食べているものを奪い取っていきますよね。

「そうなんです。身近な話ですがあまり先行研究がないので、実態調査のためにトンビの様子を観察するところから始めています。鴨川の河原に立って、トンビとごはんを食べている人を双眼鏡で観察しています。トンビはしょっちゅう取っていくような気がしていたのですが、観察すると意外と少なくて、多いところでも1~2時間に1回くらいでした」

鴨川で観察している清水さん。

――もっと多いと思っていました!何か食べていると、頭上をぐるぐると回っていて狙われている気がしますし……。

「みんなでぐるぐる回っているときは、食べ物を取りに行かないんですよ。木などに止まっている状態から、食べている人を見つけて取りに行くことが多いです。不思議なのですが、食べもの以外を狙っていることもあって。見えていないはずはないと思うんですけど、紙ナプキンを取って行ったり、スマホや本を読んでいる人が狙われたりもしています」

――身近な生き物でも、知らないことって多いんですね。

「そうですね。おもしろそうという気持ちからスタートした研究ですが、大学院に進学してさらに発展させていく予定なので、トンビの被害を減らし、人とトンビが快適に共存できるまちづくりに貢献できたらと思っています」

――ほかに、トンビについて発見はありましたか?

「顔がナマケモノに似ていてめっちゃかわいいです!あと凛々しい表情をしているときもありますが、寒いのか羽毛をふくらませて、ふわふわ・もこもこになっているときもあって。観察しているうちに、すごく愛着が湧いてきました」

フェンスの上で、何かを食べているトンビの様子。
鴨川では、地面にトンビがいるのは珍しいそう。

――屋外で長時間観察をするのは大変そうですが、清水さんはとても楽しそうですね。

「幼い頃から自然の中で遊ぶのが好きだったので。木登りをしたり、虫や魚を捕まえたりして、日が沈むまで山で遊んでいました。当時から生き物を見て『どうしてこんなことをするんだろう』と考えていたんですよね。その気持ちのまま、何も変わらず大学生になった気がします」

高校時代も山岳部に所属し、自然を満喫。先輩には、京大出身の学者・探検家である西堀栄三郎や今西錦司がいるのだそう。

早くやりたいことを見つけるほど、打ち込む時間もたくさんできる

――学部卒業後は大学院に進まれるとのことですが、将来の目標は?

「修士課程の修了後は就職したいと考えています。なかなか見つかりませんが、学んできたことを活かせる仕事を見つけたいです」

――なるほど。クライミングの方はいかがでしょうか?

「岩をメインに据えてこれからも続けていくつもりです。つい先日もスペインに1ヶ月滞在してきました」

――スペインにクライミングの名所があるのでしょうか?

「はい、周りのクライマーがこぞってスペインに行くんですよ。私も友達に誘われて、二つ返事で決めました(笑)。最近は基本的にボルダリングなので高くても5mくらいなのですが、スペインではロープを使って高いときには50mほど登りました。そこら中に魅力的な岩があり、どれだけ時間があっても足りなさそうです」

スペインのrodellar
崖を登る清水さん。スケールの大きさに圧倒されます。
清水さんがいる左上の頂上付近は地上約50mなのだそう。

――最後に、これから京都大学を目指す高校生に向けてメッセージをお願いします。

「受験生のときは『こんなに勉強する必要ある?』と思っていました。合格発表のときに『こんなに勉強する必要なかったな』と言うのが目標だったのですが(笑)、やっぱり受かったのはうれしかったです。がんばらなくて後悔するくらいだったら、できる限りのことをしたらいいと思います。
入学後は、何をやりたいかある程度考えながら過ごすのがおすすめですね。ぼんやりしていると、大学生活は何もできずに終わってしまうので……。早いうちに取り組みたいことを見つけられれば、それだけ打ち込む時間もできます」

――時間の使い方が上手な清水さんらしいアドバイスですね。ありがとうございました!