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No.30

update.2018.12.27

小説家・森見登美彦 ✕ 編集者・田岡洋祐 卒業生対談 みんな何かと戦っている(前編)

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『夜は短し歩けよ乙女』、『有頂天家族』などで知られる小説家の森見登美彦さんが、ザッツ・京大に降臨!!
相対するは、今年、森見さんのデビュー作『太陽の塔』を漫画化した、講談社「モーニング」の編集者・田岡洋祐さん。
学生時代、一寸先は闇の人生に怯えていた2人の元・京大生。かたや小説家、かたや漫画編集者の道を歩みだし、2018年遂に運命が交差した2人。小説『太陽の塔』の原作者と、15年の時を経て、その『太陽の塔』の漫画編集に取り組む編集者が、京大での学生生活とお仕事を語り尽くします。(前編/後編)

 

僕らが京大を目指した理由

――ではまず、京大卒業生のお二人に伺いたいのですが、そもそも、どうして京大を目指したのでしょう?

左)森見登美彦(2005年 農学研究科修士課程修了) 右)田岡 洋祐(2008年 文学部卒)

森見
僕は、父親が京大の工学部卒だったことですね。父親から話を聞いたり、実際に大学に来たこともあったのでなんとなく漠然と……他に行きたい学校が思いつかなかったからかな。

田岡
森見さん、最初は医者の道も目指されていたとか…?

森見
いやもう……消したい過去です(笑)。僕の父親や祖父が医学部に行きたかったけど行かなかったみたいな、謎のモヤモヤを抱えていたんです。なので僕に「医学部へ行け!」という話になったんだけど、僕は現役時代に医学部受けて落ちてるんですよね。で、浪人してる時にバカバカしくなってきた。自分に務まる訳がない、僕ごときが医学部に行ってどうするんだ!と。
それで他の選択肢を考えた時に、父親が卒業した京大に行こうと思いました。父親が大学時代を振り返る口ぶりや、ぽろぽろっと出てくるしょうもないエピソードになんか心惹かれたんです。「猫ラーメン」とか、そういうやつですね。

田岡
猫ラーメン! よく小説の中にも出てきますよね。

森見
父親が言うには、京大正門の前の道のもうちょっと吉田神社寄りに、夜になると出てたらしいです。猫ラーメンっていうのが。
父親が大学生の時は、大学紛争でいろいろ大変だった時代。2回生の時には1年間授業がなかったらしいので、僕とはまったく違う学生生活だったとは思いますけどね。で、田岡さんはなんで京大に?

田岡
僕は、進路に迷ってた高校2年生の時に、京大のNF祭を友達と一緒見に行ったら、無人島ダンス(※)とかちょっとよくわかんないことやってて(笑)。 何を意味しているのか全然わからなかったんですけど、雑然としていて楽しそうだったんですよね。それで、ここで学生生活を過ごすのは楽しそうだなと思ったのがキッカケですね。

※:2000(平成12)年度・第42回 京大11月祭統一テーマ「無人島ダンス」

森見
京大らしいね(笑)。学部は文学部だっけ?

田岡
文学部です。僕はほんまに数学が苦手やったんで。なんかするんやったら文学部以外に生きる道はないって思ってました。中学生の時に、“高校入ったら文系と理系分かれるらしい”って話を聞いて「おー高校入ったら二度と数学やらんくていいんか!」とか思ってたら、まさか二次試験まで顔出してくるとは……「結局、文学部でもいるやんけ!」って思ったのを覚えてます。

森見
僕が農学部を選んだ理由も消極的ですよ。だって医学部志望崩れなので(笑)。 生物化学を選択していたから必然的に理系学部。でも、理学部や薬学部はなんか敷居が高くて、農学部ならどっか潜り込めるところがあるんじゃないかって。真面目に考えずにふわっと農学部に入ってしまったというか。高校生の時には、大学時代に小説家デビューするつもりやったんですよ。だから、大学には行くけど卒業して就職ということはあまり考えずに小説家になるんだとしか考えてなかった。

田岡
高校生の時点で小説家になることを決めてたんですね。

森見
阿呆でしたからね(笑)。 結果だけ見れば大学院生の時にデビューしているので、一応学生の延長でデビューはしたのだけど。まぁ、はじめからそれを狙う阿呆な高校生やったなと思います。小説を書くから大学では全然違うことをやろうと思った、それで農学部に行こうと思ったのはありますね。クラブもライフル射撃部とか、小説とは全然関係ないところに所属してました。

 

京大での学生生活はリアル“太陽の塔”

――京大でのキャンパスライフを、お二人はどのように過ごされてました?

森見
詳しくは、デビュー作の『太陽の塔』(※)に書いてあります(笑)。

※:森見登美彦氏伝説のデビュー作。こじらせ系の妄想男子京大生が京都の街を駆け巡る青春小説。(新潮社)

田岡
僕も『太陽の塔』を読んでハートを撃ち抜かれた人間です。まさに、この小説に出てくる腐れ大学生みたいな感じでした。写真とか見返しても、見事に女性と写ってる写真が1枚もない。
そんな学生時代の中で特に思い出深いのは、卒業旅行ですかね。僕はドイツに行きたくて、一緒に行く友達はトルコに行きたいと。折衷案で中間地点のギリシャに行こうって話になりまして。

森見
はっはっはっ。そういう決め方ってあるんだね。

田岡
雑な結論だったんですけどね。当時ギリシャは政情不安だったのに僕たちはそのこと自体知らなかった(苦笑)。アテネの街の中心部に歩いて行ってパンを買ってたら途中で銃声が聞こえて。「ヤバイ!」と思ってたら眼の前に急にモクモクと煙が……。なにかと思ったら催涙ガスなんですね。逃げ遅れて、もろにガスを浴びました。顔から出るものが全部出てて、ほんと苦しかったですね。

森見
卒業旅行でなかなかハードな体験をしたね……催涙ガス浴びるとか、他の人はまずないんじゃないかな。

田岡
森見さんはどうですか? 学生時代の思い出。

森見
思い出は…そうだなぁ。小説にも書いていた四畳半暮らしかな。クラブの友達が10人くらい、僕の下宿の四畳半に遊びに来たんですよ。友達、先輩や後輩がどこかで飲んでて、なぜかノリで「森見の家に行ってみよう」って。四畳半の中に全員入って、全員正座してるんです。狭いからびっちりと正座したまま誰も動けない。僕は、なんか机の上に乗って、こうみんなを見下ろして「よくぞお越しくださいました、狭い我が家へ」って。

田岡
神みたいな!? 何してたんですか? そこで。

森見
ひとしきりしゃべって、みんな帰ってったと思います。やってみたかったっていうだけかもしれないです(笑)。 そういうのはちょっと思い出ですよね。

田岡
漫画版『太陽の塔』(※)でも四畳半を描かせてもらってます。狭いから人物がぎゅうぎゅうになるので、多少は誇張してるんですけど。

※2018年6月発売の『月刊モーニングtwo(モーニング・ツー)8月号』(講談社)より連載されているコミカライズ作品。漫画担当は、かしのこおり。現在、WEBにて第一話公開中(リンクはこちら)。

左)小説版『太陽の塔』(新潮社) 右)漫画版『太陽の塔』(講談社)

森見
ほかで思い出の場所と言うと、北部キャンパスにある理学部の植物園かな。あそこは友達と一緒によくぶらぶらしてましたね。我々は研究室で竹の研究をやっていて、理学部の植物園に生えてる竹を切らしてもらって実験に使ったりしていたので、よく覚えています。あと、農学部の北側の構内に畑みたいな領域があって、そこに浅い水たまりのような池があったんです。よくゼミで先生に追い詰められてへこんだ友達がその池の周りでションボリしてて、僕らはその池を「へこみ池」って呼んでた(笑)。 「彼、どこ行ったんやろう」、「たぶんへこみ池にいるよ」みたいな。オフィシャルじゃなく、研究室のうちの学生が言ってただけなんですけどね。

大学院生時代の森見さん(右)。友人と研究室にて。

田岡
僕の京大の思い出の場所というと、図書館とかよく行ってましたね。ゆっくりできるし、新聞とかも読めて冷暖房が効いててお得だなと思ってよく利用してました。あとは食堂とか……ルネとか美味しかったんで。一時期、牛とろ丼ばっか食べてたんですよね

森見
あっ……! 牛とろ丼、僕も食べたと思う。美味しかった、美味しかった!

田岡
ほんとですか!? いや〜「こんな旨いものがこの世にあるのか!」って毎日食べてたんですけど、ある日張り紙が貼ってあって。
「材料の調達が困難になったため今日から販売中止します」って書いてあって「マジかよ…」ってすごい落ち込んで、崩れ落ちた手でサバの味噌煮掴んだんですけど、そのサバの味噌煮がめっちゃ美味しかったんです。

森見
良かったね(笑)。 牛とろ丼って、なんていうのかな。牛のお肉を細かくした冷凍フレーク……じゃないんだけど、生っぽい感じだったよね。ユッケでもない、どういう物質なのかよくわからない牛由来の謎物質(笑)。

田岡
……何か壮大な実験の一貫だったのかもしれない。よくわからない配分のタレがかかってて、なぜかそれがベストマッチするっていう……京都では一時期を境に売られなくなってしまったと思うんですけど、美味しかったですよね。

森見
まったく美味しそうに聞こえないな(笑)。 当時は生協やからって安心して何ら問題視せずに食べてたけど、言われてみれば謎の食べものだ……。

田岡
なんでも疑ってかかるのが京大生なのに何も疑ってなかった(笑)。 学生はほんと、安くてうまいもんに目がないんで。
もう一度学生生活やれって言われたら勘弁ですけど、当時は楽しかったなぁとくらいには思えるくらいになりました。学生の時は結構苦しかったんですよ。未来も見えてないし。

森見
今、思い出すからいいってのはあるよね。僕も当時は、「一寸先は闇」感がすごかった……。

田岡
ほんまそうでした! 僕は専攻が倫理学で、就職とかまったく結びつかないんじゃないかと思ってた。噂によると文学部の某学科を選択すると教授から親御さんに「就職できないですけどいいですか?」っていう確認がくるとか……ほんまやったんかな。倫理学だとややマイルドかなぁ、なんて思ってたんですが。

森見
ははは。マイルドはマイルドやけども(笑)。

大学生時代の田岡さん。疾走感が滲みでていますね。

田岡
学生の頃は、生きていく気あるのかっていうギリギリの、ちょっとだけ社会と繋がってるという気休めを元に生きてました。周りもみんなそんな感じで……森見さんの言葉を借りるなら、「男だらけのフォークダンスを踊り狂ってた」。狂騒状態であっただけで、冷めてしまったからこそ狂騒状態が懐かしいと思うんですよね。

森見
学生時代と言えば、僕は京都にある他の大学へ行くのが怖かったな……。なんか、もし入った後に京大生たることがわかったら石とか投げられるんじゃないかって。(一同大爆笑)
襲いかかられるとか勝手に妄想して、勝手に怖がってるっていう。

田岡
わかります!! 鴨川超えるとやっぱちょっと……賀茂大橋を渡るとなんだか安心します

森見
縄張りが違うよね。百万遍から東の方にかけては、我々京大の陣地。なんにも怖くない。堀川通までいったら帰られへんのちゃうかって。堀川通より西に行くって、なんかもう冒険ですよね。生活圏的には百万遍の大学界隈、四条河原町あたりが飛び地というか、ハレの場。だから、あの「ええじゃないか騒動」(※)もそこでやろうってことになったんです。やっぱり日常じゃなくて、非日常なんですよね。四条河原町のあたりというのは。

※:小説『太陽の塔』の中で、クリスマス・イブの夜に主人公達が巻き起こしたクリスマス・ファシズムに対抗する反対行動

田岡
北白川とか元田中とか、森見さんの物語の舞台はわりとエリア制限されてますよね。

森見
僕の小説は基本そうかも。僕が引っ越すにつれてだんだん街中の方に動いてく。自分が知ってる範囲しかできるだけ書かないようにしていますね。

 

小説家・森見登美彦の原点

田岡
森見さんは学生の時にもいろいろ書いてらしたと思うのですが、周りの友達は小説を書いていることを知ってたんですか?

左)森見さんが卒業時に自ら作成した、ライフル射撃部の裏ホームページでの連載をまとめた冊子『辞世録』。
右)『辞世録』の冒頭部分。ここに書かれた数々の暗黒童話(?)が、後の小説家・森見登美彦をつくりあげた。

 

森見
いや、小説を書いていることは周りには言ってなかったですね。その頃の小説は、わりと真面目なテイストで書いていました。今のようなふざけた文章は、クラブのパンフレットや、クラブの友達が運営していた裏ホームページ、そういうところで面白おかしく書いて、クラブの友達を笑わせてたんです。そのホームページを運営している友達と僕が仲悪い体で、友達の悪行を暴露するっていうややこしい連載をしてた。さすがにオープンでなく、ライフル部の部員だけが読めるものでしたけど。そこで連載していた文章を、4回生の追い出しコンパの時に自分で冊子にして配ったんですよね。そしたらすごく好評で「あれ、僕の才能こっちの方にあった?」と。一緒に卒業する同回生に配って、余ったから「欲しい人にあげるよ」って言ったら後輩がワッとやって来て、「お父さんが読んでます! 」って。

田岡
ファンが出来てました?

森見
そうそう。後輩のお父さんが面白がってその連載を読んでいたらしく、思わぬところに愛読者がいた! みたいな。こっちの方が受けるんじゃないかと思って、それで凝った文体で書いた初めての冒険が『太陽の塔』なんです。
それまで書いてたものはもうちょっとひっそりした『きつねのはなし』(※)のような静かめのものだったんですよね。インパクト的には弱い。文章的にはそこまで奇をてらってないものでした。

※:森見作品の中では異色のホラー作品。京都を舞台にした漆黒の京都奇譚集。(新潮社)

田岡
『太陽の塔』を初めて読んだ時の衝撃はいまだに覚えています。読書は元々好きだったんですけど、こんなにも主観的に読めて、共感できて、すごく不遜な言い方をすると「自分のために書かれたんじゃないか」ってくらい心に刺さったんです。文庫本とかも何冊買って配ったか……会社に入ってからも、まわりにめっちゃ布教してました。

森見
いやいや、恐れいります。おかげさまでよく売れました!

田岡
森見さんの小説に出てくる魅力的な登場人物は、実際に大学時代の友人をモデルにされたりしてるんですか?

森見
使ってる場合もあるし、妄想の場合もありますよ。実際の友人をモデルに、複数の人を一人の登場人物にまとめたりもしてるんですよね。ただ『太陽の塔』の主人公の友達とかはわりとリアルかも

田岡
飾磨くん(※)とか?

※小説『太陽の塔』に出てくる主人公の友達。おそろしく緻密な頭脳を持つが才能と知性を無駄遣いする孤高の法学部生で、作中の「ええじゃないか騒動」の首謀者。

森見
そうですね。完全にリアルでもないのだけれど。リアルと言うといろいろ語弊がある。「ええじゃないか騒動」とかやってないんでね(笑)。
あれは全部妄想ですから。飾磨くんのモデルにした友達と僕が部屋で酒飲みながら2人でしゃべってて、よくそういう妄想をしてたんですよね。なんでそんな話が出たのかは覚えてないのだけど、「四条河原町でやろうぜ」みたいな。やる訳ないし、やる度胸なんてまったくないのだけど。
あと、梅田のヘップファイブの赤い観覧車に彼女と行ったのに、「これは俺のゴンドラ」って言って一人で乗っちゃうやつ、あれもやってないですからね。「そういうことをやる奴がいたら俺たち尊敬するよね」って話をしていただけで、そういう妄想をたくさん入れています。そんなこと喋ってた友達が、今はドバイにいますよ。

田岡
飾磨くんドバイにいるんですか!?

森見
飾磨くんは弁護士になり、今はその仕事の関係でドバイにいます。こんなとこ(四畳半)にいたのに。

田岡
出世というか……広いところに飛び出していきましたね。

森見
彼からメールがきて「ドバイには本物のみりんが売ってねえ」とか(笑)。アルコール禁止の国やから。僕は四畳半の延長上で生きてるだけやけど、彼の人生は凄いですよ。

卒業生対談は(後編)に続きます!

 

【プロフィール】

森見登美彦
1979年奈良県出身。京都大学農学部卒業、同大学院修士課程修了。2003年『太陽の塔』で第15回ファンタジーノベル大賞を受賞し、デビュー。2007年『夜は短し歩けよ乙女』で第20回山本周五郎賞を受賞。2010年『ペンギン・ハイウェイ』で第31回日本SF大賞を受賞。その他『四畳半神話大系』、『有頂天家族』など作品多数。2018年11月に最新刊『熱帯』を上梓。

田岡洋祐
1983年大阪府出身。京都大学文学部卒業。文学部では倫理学を専修。2008年に講談社入社後、青年漫画誌の編集者として、『GIANT KILLING』、『宇宙兄弟』、『コウノドリ』、『仮面ライダーアマゾンズ外伝 蛍火』、『MOGUMOGU食べ歩きくま』などを担当。2018年6月より、編集担当として漫画版『太陽の塔』(原作:森見登美彦/漫画:かしのこおり)を、月刊『モーニング・ツー』にて連載中。2018年12月に第1巻発売。