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No.45

update.2021.01.28

イグ・ノーベル賞研究者の音声教室 ~言葉と「コミュ力」まで~

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こんにちは!
ザッツ・京大編集部です。

みなさんは「イグ・ノーベル賞」をご存知でしょうか?
ノーベル賞のパロディで、「人々を笑わせ、そして考えさせる業績」に贈られます。毎年ユニークな研究内容がニュースになるので、注目している人も多いかもしれません。

昨年・2020年のイグ・ノーベル賞では、ヨウスコウワニにヘリウムガスを吸わせて声の変化を調べる実験を行なった国際研究チームが、「音響学賞」を受賞。
この研究チームには、京都大学霊長類研究所の西村剛 准教授が参加しました。

そこで今回は、イグ・ノーベル賞を受賞した西村先生にインタビュー!
ワニの実験に加えて、先生の専門である霊長類の音声や人間の言葉、そして現代のコミュニケーションについてもお話を聞かせてもらいました。

動物の音声に興味のある人はもちろん、コミュニケーションについて考えたい人もぜひご覧ください!

「音」と「声」の違い。ヘリウムガス実験からわかること

今回もオンラインで取材敢行です。なんだか、オンラインのほうがお部屋拝見感が出てくる気がしてきた今日この頃です。西村先生、お邪魔します!

西村先生は、終始笑顔で取材に応じてくれました(研究室のHPはコチラ)。

――西村先生、あらためまして、昨年はイグ・ノーベル賞受賞、おめでとうございました! それではさっそく、イグ・ノーベル賞を受賞された研究についておうかがいしたいのですが……

その前にお断りしておきたいのですが、私はワニのことをよく知らないんです

――えっ?!

「以前、シロテテナガザルにヘリウムガスを吸わせる実験(※)を行ったことがあり、そのつながりもあって今回の研究に途中から参加することになりました。音声データの分析を担当したのですが、ワニのことは本当に知らなくて。鳴くということもこの研究に参加して初めて知ったほどです(笑)
(※ 実際には、すべての実験で、ヘリウムガスに20%の酸素を混合しているとのことです)

――ええっ?! そうだったんですね。でも、どうしてワニやシロテテナガザルにヘリウムガスを吸わせるのでしょうか?

そもそも生物がつくる音には、『音』と『声』があります。たとえばコオロギの鳴き声は、羽根の振動から生まれる『音』。机を叩いたらコンコンと音がするような、物体そのものの『音』ですね。それに対して、私たちの『声』というのは共鳴によって生み出されています」

――「共鳴」ですか?

「私たちが声を出すときはまず、声帯で空気を震わせるんですね。スマホのバイブレーションに近いもので、この段階では『音』です。次にその音で、声帯から唇に至る空間である『声道』にある空気を共鳴させます。その際に、ある周波数の成分だけが強調されて唇から出てくる。リードのある楽器に近い仕組みです。つまり『声』というのは、物の振動音ではなく空気の共鳴音なんですよ

――声帯の震える音が、そのまま出ているわけではないんですね。

「そうです。そして生き物が『音』を出しているのか『声』を出しているのかを確かめるのが、ヘリウムガスでの実験です。
ヘリウムガスは通常の大気よりも軽い気体なので、ヘリウムガスで満たされた中では音速がはやくなり、共鳴の仕方が変わります。それに対して、『音』の場合は変化がありません。ヘリウムガスを吸って鳴き声が変われば共鳴しているということなので、『声』であるということがわかるんです

――おおっ! ヘリウムガスを吸うと声が変わるのはそういう理由だったんですね!

「はい。これまでに行われてきた実験で、ヒトやサルなどの哺乳類、鳥は『声』を出していることがわかっています。両生類のカエルでも実験をした人がいるのですが、このときは鳴き声に変化がみられませんでした」

――えっ? カエルはちがうんですか! なんだか意外です……。

「カエルはいかにも共鳴させてそうですから、実験者もびっくりしたと思いますよ(笑)。ですので分類群でいうと、哺乳類は『声』、両生類は『音』を出している。その間にいるのが爬虫類です。分類学的には鳥も爬虫類で恐竜の仲間なのですが、『鳴管』という発声器官があるなど、ほかの爬虫類に比べて非常に特殊化しているので、爬虫類全体の共通祖先が共鳴を使っているかどうかまではわからなかった。そこで、実験をすることになったんです。爬虫類は大きくカメ、ヘビ、ワニに分けられるのですが、カメは鳴かない、ヘビもほとんどは鳴かないということで、ワニが選ばれました」

こちらが実験の主役(?)のヨウスコウワニ。(撮影:Jim Darlington)。その音声の変化などは研究グループの中心人物のひとり、Stephan Reber スウェーデン・ルンド大学・博士研究員(当時はオーストリア・ウィーン大学院生)のWebサイトでどうぞ。

――実験の音声を聞きましたが、ワニの鳴き声はヘリウムガスを吸う前と後とで変わっていましたね。

そう、それでワニは『音』ではなく『声』を出しているということがわかったんです。鳥と恐竜のグループにいちばん近いのがワニなので、恐竜も鳴いていたとすれば共鳴を使っていたと考えられます。
ちなみに、ヘリウムガスを吸う前と吸った後との『声』を聴き比べると高くなったように感じますが、これは錯覚。ピッチ(音の高さ)は声帯の振動で決まるので、共鳴の仕方によって声が変わりましたが、ピッチそのものに影響はありませんでした」

熱帯雨林に響き渡るソプラノボイス。シロテテナガザルの高度な音声操作とは?

――なるほど……ワニにヘリウムガスを吸わせたことで、そんなことがわかるのですか! ところで、先生の専門のシロテテナガザルの研究についても教えてください。

「はい。実は、シロテテナガザルのヘリウムガス実験をしたときは海外からの評判がよくて、それこそ『イグ・ノーベル賞もの』と言われたりもしたんですけどね。ゲップのようなワニの鳴き声に比べて彼らのソングは美しすぎるので、イグ・ノーベル賞向きではなかったのかもしれません(笑)」

最初がもともとの音声。2番目に聞こえてくるのがヘリウムガスを吸った後の音声です。その研究は『Nature』でもニュースになったとのこと(詳しくはコチラ)。

――なるほど(笑)。ちなみに「ソング」とは?

「テナガザルの鳴き声は『ソング』と呼ばれていて、森の中で聞くと本当に歌っているように聞こるんですよ。彼らは東南アジアの熱帯雨林で、地上30mくらいの樹冠に暮らしています。オスとメスのペア型社会なのですが、ご近所同士は仲がよくないんですね。だから朝起きるとまず鳴いて、お互いの居場所を知らせ合うんです」

――うっかり出会ってしまわないように、鳴き声で知らせるということですね。

「そうそう。非常に大きく澄んだ声をしていて、オス・メスで『デュエット』もします。熱帯雨林は木々が鬱蒼と生い茂っているので非常に音が通りにくい環境なのですが、その声は2km以上先まで届くんですよ

――そんなによく響くんですね! 彼らにヘリウムガスを吸わせたことで、どんなことがわかったんですか?

「このときはヘリウムガスを吸わせるだけでなく、音響シミュレーションも行いました。そのデータから、単なる共鳴ではなくソプラノ歌手に近い高度な音声操作をしていることがわかったんです。今は、実際にはどのように声帯を振動させているのか調べるために、センサーやハイスピードカメラなどを使った実験も行っています」

シロテテナガザルの発声方法を研究していたときに使われた「吹鳴実験装置」。サルの声帯に気流を送って声帯振動をおこし、その様子をハイスピードカメラや各種センサーで観測するのだそうです。

――「ソプラノ歌手」ですか?! その音声操作というのは、具体的にはどのようなことなんですか??

「声帯を振動させると、一番低いピッチとその整数倍の周波数が整然と混じった音源ができあがります。そのなかでも一番パワフルなのが、一番低い音。でも通常、私たちの声は、ピッチではなく高い周波数の成分を2〜3本共鳴させ、強調させています。私たちが発する『あ』とか『い』とかいう音は、どの周波数を強調したかで決まるんですね。
この方法で出す声は、普通に会話する分には問題ないのですが、ホール全体に響かせるには音が小さすぎる。そこでソプラノ歌手が何をしているかというと、一番低くてパワフルなピッチの周波数を、声道でもっとも共鳴しやすい高さにまでグイッと上げて、強調してるんです。そうすることで大音量を出しているんですね。ソプラノ歌手が高い声で歌い上げる時には、こうして声を作っています」

――ええっ! いちばん低い周波数が、あんなに高い声になるんですか?

「そうです。その代わり強調される周波数の成分が1本だけなので、『あ』と言っているのか『い』と言っているのかはわかりません」

――ソプラノ歌手がなんて言っているかわからないのは、イタリア語だからだと思っていました……。

「いや、わからないんです。むしろ、歌い上げているときになんて言っているか聞き取りやすい歌手は、本当のソプラノ歌唱をしていないということになりますね(笑)。
シロテテナガザルは目に見えない場所にまで声を飛ばす必要があるからこそ、こうした声の出し方をするようになりました。その仕組み自体は私たち人にもできるのですが、生きる環境が違うために、通常の声の出し方はそれぞれ異なる進化を遂げているというわけです

――なるほど……。ところで、先生が感じる「研究のおもしろさ」は、どのようなことですか?

往々にして予想していたこととは違う結果が出ることと、誰も見たことがないものを最初に見られるということですね。学校の勉強って、答えがあるからつまらないんですよ。それは過去の研究者たちの努力の結晶ですから、もちろん研究するためにも勉強して知識を蓄えるのは大切なのです。しかし、勉強と研究は別のもの。賢い人で勉強ができすぎると、いろんなことが予想できて、やってみる前からわかった気になってしまうかもしれません。でも、研究者になってみて思うのは、やってみないとわからないことばかりだということです

取材中、シロテテナガザルの鳴き真似もしてくださった西村先生。実験のときになかなか鳴いてくれないシロテテナガザルも、西村先生が鳴いてみせたときには鳴き返してくれたとのこと。実は小学生時代にも動物園で同じことがあり、先生の美声はまさに天性のもの! 最近でも実験で真似をしていたところ、実験室に入ってきた先生が「今、テナガザル、鳴きましたね!」と、本物と聞き違えて来たことがあったそうです。

サルの研究から見えてくる、人間の「言語」と「コミュニケーション」

――サルはヒトにとても近い動物だと思うのですが、彼らは言葉を話しませんよね。そこにも声の出し方の違いが関係しているのでしょうか。

「そうですね。私たちの声の出し方と、サルの声の出し方との最大の違いは、『あ・い・う・え・お』という音素を素早く並べられるか否かということです。
シロテテナガザルは『ホウ』と一声鳴いたら息継ぎをしますが、私たちは一息で『あいうえお』とキレイに並べて言うことができますよね。こうした音の作り方は、言語という複雑なものを頭の中から外へ出すために非常に有効です。舌を動かすだけで音素を変えられるので、非常に省エネですしね」

――確かに、言われてみればいちいち息継ぎをせず滑らかに話していますね。

「こういった巧みな音声操作が、どうしてできあがってきたのか。それを解明するために、サルの音声の作り方を研究しています。シロテテナガザルやチンパンジー、ニホンザルなど、それぞれヒトと共通の祖先をもつサルと比較することによって、ヒトの音声や言語が進化してきたプロセスをたどることができるんです

――霊長類の研究は、人類の進化の過程を明らかにする研究でもあるんですね。ところで人類のコミュニケーションは現代でも進化し続けていて、今では直接顔を合わせて話す以外にも、SNSやビデオ通話など、さまざまなコミュニケーションの手段があると思います。そうしたなかで、先生が感じていることはありますか?

「多くの人が『コミュニケーション』と聞いてまず思い浮かべるのは、おそらく言語でのコミュニケーションですよね。でも、コミュニケーションは言語だけじゃない。表情や間など、言語には現れてこないものもあって、それは対面ではなくテキストやオンラインになると抜け落ちてしまうものもあります。そのほとんどは、それ自体が大きな意味をもつわけではないですし(笑)。オンラインならではの勉強効率の上げ方もあると思いますが、やはり物足りなさを感じる学生もいるようですね」

LINEでサル化? テクノロジーの進化で蘇る、原初のコミュニケーション

「あとはうちの息子がLINEをよくやっているんですけど、あれはおもしろい現象だと思っているんですよ」

――というと?

「ヒトは、言語によって、知識をテキストに落とし込んで蓄積し、距離や時代を超えて効率よく伝えられるように進化してきました。その反面、今言ったように対面でのコミュニケーションから抜け落ちてしまったものがいろいろあります。でもLINEは即時対応。そのやりとりは、サルのコミュニケーションに近いんじゃないかと

――?! サルですか??

だって『了解』のことを『り』って書いて返事してるんですよ? ほかにも『おはよう』とか、スタンプとか、内容がなんにもないやりとりをしている。言語をもつヒトのみがなし得るような情報はほとんど伝えていなくて、ニホンザルの『クゥ』というコンタクトコールとたいして変わらないことをやっているように思えるんですよ(笑)

――そう言われてみれば……SNSって情報の伝達よりも人とつながっていることを実感するために使っているようなところがあるかもしれません。

「そうそう! だから僕は、新しいテクノロジーでコミュニケーションの原初の姿が取り戻されたんだと思っています。『つながり』というやつですね。いつでもどこでもつながりを確認できるわけではない旧来の手段では、遠くにいる人とは真のコミュニケーションが取れていなかったのかもしれません」

――みんなが絵文字やスタンプを使うのも、感情を伝える手段かもしれませんね。

「そうですね。今はテキスト中心ですが、いずれ違うメディアになっていくかもしれません。距離を超えてコンタクトをとっていくというのは、我々がコミュニケーションに求めるいちばん最初のものだと思うんです。言語なんてものは、はっきり言ってしまえば二の次なんですよ

――本当に求められているのは、情報を伝える言語ではないと。

「人が1日話している内容をテキストにすると、大半は単に交わしているだけの無駄話だという研究もあります。私たちが言語によるやりとりこそがコミュニケーションと思ってやっていても、意味のある会話というのはわずかなんですね。言語って、単に、その場にない情景を共有できるようにして、無駄話に花が咲くようにしているだけかもしれません」

――なるほど。「コミュニケーション能力」の重要性についてよく言われますが、先生はそれはどんな力だと思われますか?

「『コミュニケーション能力が必要』と大人がよく言うのは、『言葉にしてほしい』ということなんだと思います。でも言葉にするのが下手だからといって、コミュニケーションが下手というわけではないですよ。私たち大人の世代は、いろいろな内容を言葉にして伝えてきました。でも若い世代は、『り』の一文字でもコミュニケーションが取れるんです。わざわざ言葉にしなくても、動画のリンク一つ貼ってしまえば、情報や情景が共有できる。大人がその仲間に入ろうとしても、きっとテンポについていけず、適切なリンクも貼れず、『コミュ力低い』と言われてしまうのではないでしょうか(笑)。コミュニケーションの手段が違えば、評価も変わってくるんです

――コミュニケーションで悩むことも多いですが、今日のお話を聞いて新しい視界がひらけそうです! ちなみに、シロテテナガザルとのコミュニケーションを成り立たせるための条件はあるのでしょうか?

「対面じゃないとダメですね。録音の音声では反応してくれません。最初は小さい声で鳴いて、ちょっと音を上げると僕の口を見るんですよ。そこから一気にテンションを上げていくとサルも口をもごもごさせ始めて、鳴き返してくれます。コミュニケーションが成立した! と実感する瞬間ですね(笑)」

――インタビューの締めくくりとして、読者のみなさんへ、ひと言メッセージをお願いします!

「今はなかなか対面での会話もままならず、精神的にも辛くなることもあるかと思います。でも一気に『Zoom』が広がったように、新しいコミュニケーションの手段が出てくるかもしれません。そうした新しい手段やSNSを使ってみたりしながら、いつでもどこでもつながりを確認しながら乗り切ってもらえたらと思います

西村先生、ありがとうございました!