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No.129

update.2022.07.27

身体に負担の少ないがんの画像診断法を開発!乳がん女性をイメージングの力でサポートする女性科学者

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医学部附属病院助教の飯間麻美先生が、昨年11月に第3回「輝く女性研究者賞(科学技術振興機構理事長賞)」、今年4月に第27回日本女性科学者の会「奨励賞」を受賞しました。
「輝く女性研究者賞」は、持続的な社会と未来に貢献する優れた女性研究者らを表彰するため2019年に創設されたもの。一方、日本女性科学者の会「奨励賞」は、女性科学者の育成を目的として1996年に創設されたものです。

造影剤を使わない拡散MRIを用いて、身体に負担の少ない安全ながんの画像診断法を開発したことが評価されたという飯間先生。いったい、どのような研究なのでしょうか。現在の取り組みも含めて、アレコレうかがいました!

身体の中の状態を画像化するイメージングの技術を治療に活用。

――遅ればせながら受賞おめでとうございます!まずは飯間先生が専門とされる分野についてお教えください。

「MRIなどの画像から病気の種類などを診断する、画像診断という分野の研究をしています。外から見てもわからないような身体の中の状態を画像化するイメージングの技術で、異常がないか、異常があったらどのような病気が考えられるかを診断するというものです。

なかでも私が取り組んでいるのが、水分子の拡散の動きを画像にする拡散MRI。MRIには、水や血液などが白く見えるT2強調画像や、脂肪などが白く見えるT1強調画像など、さまざまな撮像法がありますが、拡散MRIで撮る拡散強調画像は、例えば頭の検査ならまず使うスタンダードなものです」

MRI装置とMRI画像
出典:Wikimedia Commons

――拡散MRIで撮る拡散強調画像…?「拡散」という言葉がいっぱいでてきますね。

「コップの中に入っている水にインクを落とすと、インクがふぁーっと広がっていきますよね。これは水分子が自由拡散しているために生じる現象です。水滴をティッシュの上にポトンと落とした場合は丸くシミが広がるのですが、キムワイプ®(実験で使われる拭き取り紙)では楕円のような形に広がっていきます。キムワイプ®は素材の線維が方向によって異なるため丸く広がらないと考えられますが、このように水分子の拡散にはいろんな種類があります。拡散MRIで水分子の拡散を可視化し、その挙動をつぶさに観察することで、治療に直結できるような新たな診断法が開発できたらと研究を進めています」

水分子のいろいろな拡散。水の入ったコップにインクを落とすと自由拡散する
左はティッシュ、右はキムワイプ®(実験で使われる拭き取り紙)に墨汁を落とした様子

――治療に直結できる診断、というのは?

「MRIは、病変の種類やどこにどれぐらいの大きさの病変があるかを評価するために用いるのが一般的な使い方です。今後どれぐらい重症化するか、どれぐらい転移するリスクがあるかといった、治療に直結する情報を得られるようなイメージングの開発は、まだまだ発展途上なんです。だけどたとえば拡散MRIも使い方によっては、薬物療法で薬がどれぐらい効いているか、治療効果判定にもある程度、役立つと考えられます」

――拡散MRIが薬物療法の効果の目安になるんですか。

「がんは細胞密度が高い場合が多く水分子が自由に動けないため、水分子がどれぐらい拡散したかを示す拡散強調画像では白く見えるものが多いです。しかし治療して壊死組織ができてくると細胞密度が下がり水分子が動きやすくなるため、拡散強調画像を撮ると黒くなっていきます。まだ研究レベルですが、経時的に拡散MRIを撮ることで、腫瘍がどれだけ残っているかもある程度わかるわけです」

――がん組織の大きさだけでは判断できないことも見えてくるわけですね。

「がんの診断には造影MRIがよく使われるのですが、造影剤にアレルギーがあったら使えませんし、副作用が出る可能性もあります。拡散MRIはそういったリスクもないので、新たな診断方法として標準化できるよう研究を進めています」

定性的な白黒の世界から脱却し、定量的にがんの性状を確認。

――造影剤を使わないこと以外にも、拡散MRIに利点はあるんですか。

「造影MRIでは数値として表す定量化も一部進んでいますが、乳腺領域で普段使用するような値は、あくまでも相対的なコントラストとしての値となるので、他のMRI装置で撮った画像との比較は難しいです。それに対し拡散MRIで得られる値は、撮影の条件により影響を受けるものの、過去やこれから撮影する拡散強調画像から得られる値をある程度参考にして評価できます」

――より明確な情報が得られる可能性もあるんですね。

「また、拡散MRIで多数の画像を撮影し、そこから算出した流れの度合いを表すIVIMというイメージング法もあります。少し前までは腎臓の中など流れが充分にある組織でしか評価することが難しかったのですが、最近では流れがもっと少ないような組織でも解析や評価ができるようになりました。悪性の乳腺腫瘍は良性よりもIVIMの値が高い傾向があるということなどがわかってきています」

――撮影できるようになったのは、機器が進歩したからですか。

「そうなんです。IVIMのイメージング技術は、拡散MRIの発明者の1人でもあるデニス・ルビアン先生が30年以上も前に開発されたものですが、装置の技術が追いついておらず、臨床に関する報告もあまり出ていなかったんですよ。ちょうど10年ほど前から撮影や解析技術が追いついてきた影響もあり、臨床応用がかなり進みました。IVIMの他にも、拡散MRIから非ガウス拡散などの定量値を計算することができ、細胞膜の透過性と関連があるのではないかという仮説のもと様々な研究も進んでいます。

ただ、拡散MRIから取得したさまざまな値を組み合わせて診療の際に使用するには、計算や解釈したりと手間がかかりすぎてしまいます。そこで、ルビアン先生らと一緒に、さまざまな情報を統合して一覧表示できる統合評価システムを開発し特許化もしました。がんの組織のなかでも、より悪性度が高そうなところを可視化することで、治療に活かそうとしているんです」

拡散強調MRI画像を用いた半自動化腫瘍評価システム
出典:TLO京都「発明情報」京大オリジナル株式会社「京都大学研究シーズ」

――発明者と特許化!すごいお話です…。

「がんの放射線治療も、より悪性度が高いところを目がけ、線量をアップして集中的に行えば、より効率的な治療が可能になるはずですし、そういった研究も取り組まれています。それに、がんの組織は不均一性が特徴でもあります。針生検をしても、一番悪いところが採れているとは限りません。拡散MRIは、このような場合にもより正確な診断に辿り着けるような補助的診断に活用できるよう、様々な研究が進んでいます。イメージングの立場から、どうすればより診断法を最適化して、がん患者さんのお役に立てるかは常に考えています」

留学したニューロスピンとミーティングの様子。研修医時代、(後に留学することになる)フランスのニューロスピン超高磁場MRI研究センターに訪れた際、拡散MRIの発明者の一人であるルビアン先生がまだ現役で所長を務めていたことに驚いたという

拡散MRIによる乳がんの画像診断を国際基準にしようと尽力。

――もともと、がん治療ありきで画像診断の分野に進まれたんですか。

「実はそうなんです。祖母が膵臓がんで亡くなったこともあり、がん患者さんを救えればと京都大学医学部へ。MRIで大きな功績をあげられた放射線医学の富樫かおり教授に『これからはイメージングの時代だ』と言われたことで、気がついたら画像診断の教室に入っていたんですよ。その後、拡散MRIに興味をもって勉強し始めたところ、意外と病変が見えることがわかってきたんです」

――見えると思っていなかった病変まで見えてきたと?

「拡散MRIは脳梗塞の診断で使われるもので、研修医はまずそこから教えられます。脳梗塞を起こしている部分は画像が光って見えるんですが、がん診断への応用までは当時の教科書にあまり書かれておらず……。ところが多くの症例を確認したところ、たとえば、乳管内で留まっている非浸潤性乳管癌(DCIS)というがんの層別化の診断は難しいのですが、水分子の拡散状況から層別化できるかもしれないという傾向が、研究段階ですが見えてきました。乳がんは、女性が罹患するがんのトップであるにもかかわらず、従来の画像診断では治療法の決定に役立つ情報が十分に得られません。これらを克服する、身体に負担の少ない診断法を開発したいと、10年以上一貫して研究に邁進しています」

――画像診断のなかでも、とくに乳がんに焦点を当てられたんですね。

「ええ。拡散MRIを診断の選択肢として提供できるようにすることも、目標の一つです。アメリカでは、遺伝性乳がんのリスクが高いと診断された方だと、毎年造影MRIで検診できるようになりましたが、若いうちから毎年、受け続けるのは大変ですし身体への影響もやや心配です。マンモグラフィだけでは見つからないがんも少ないながらあります。乳がん患者は、アメリカだと70代の高齢の方が多いんですが、日本は30代から増え始め、40~50代に1つのピークがあります。日本でも若年の患者さんが多いので、その後の長い人生、より良く暮らし続けていくための力にもなれればと考えています」

日本の乳がんの年齢階級別罹患率
出典:国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録)罹患データ(rateシート)

――現在はどういった取り組みに力を入れていらっしゃるんですか。

「MRIの装置もメーカーごとにそれぞれノウハウが違うので、技術を標準化するのって難しいんですよね。そのためEUSOBI(欧州乳房画像診断学会)で拡散MRIのワーキンググループに入れてもらい、乳房の拡散MRIの撮影に必要な条件について議論を重ね、コンセンサス論文を出版するなど、標準化に向けても動いています。IVIMによる診断の普及に関しても、友人である研究者(クリスチャン・フェデロー氏:京都大学でIVIMの講演をしてもらいました)と協力し、過去のIVIM論文に掲載されている責任著者にメールで声をかけ、2016年にワーキンググループを立ち上げました。そこから毎年、ISMRM(国際磁気共鳴医学会)でワーキンググループ会議を実施しています」

――国際基準を日本の先生がつくろうとされているのは心強いです!

医学にまつわるキャリアも多種多様。女性科学者が活躍できる未来に。

――標準化の先にめざすゴールは何でしょう。

「がん患者さんたちが、より長く自立した日常生活を送り続けられるように、イメージングの立場から診断や治療に貢献していきたいです。そのために再発や転移、治療効果の判定や予後予測、薬物療法の計画に有用な、イメージングのバイオマーカーを確立させたい。また補助的な診断として最適化し、信頼度の高い個別化の診断技術も作り出したいと考えています。患者さんに貢献したいという想いが、最初から変わらず大きな軸になっていますので、開発を続けて研究と医療現場とのかけはしになりたいですね」

――乳がん診断や治療など、飯間先生のような女性科学者の活躍が期待される分野も多いですよね。

「そのためには、女性科学者が今後進む道で、羽を傷つけられたりすることがないよう、難しい挑戦であっても、いかにできるかを社会全体で考えて協働することが大事かなと。とくに出産などで大変な時期が訪れても、皆で協力しながら精いっぱいサポートする環境を整え、それぞれがもつスキルや能力を尊重し、伸ばしていくことを、皆で一緒に検討できればと思っています。またそのような挑戦やキャリアアップは、周りの方のサポートなくしてはありえず、感謝の姿勢を忘れずにいたいですし、私も困っている人がいたら迷いなく助けたいと思っています」

――研究の芽が育ちやすい社会にすることも大切ですよね。最後に、未来の女性科学者にメッセージをいただければと。

「シェリル・サンドバーグさんの言葉にもあるように、今のキャリアって、ハシゴというよりジャングルジムみたいな形で多様化し、いろんなパスができてきていると思うんです。学問の進歩も早く、専門医になる、研究者になるといった画一的なものじゃなくなってきています。私自身も、もともとは治療医をめざしていたので、こんな未来は到底予測できていませんでした。医学や学問の進化、自身の生きていく道なども関係し、予測はほぼ不可能に近いと思いますので、キャリアをあえて狭めることはなく、その時々でチャンスがあれば、行動して試して勉強するステップを、諦めずに果敢に挑戦していってもらえたらと。ただ、アンテナは高めにしておいたほうが、道が広がったり選択肢が増えたりするので良いかもしれないと伝えたいですね」

――そのほうがジャングルジムのパスも増えますからね。本日は貴重なお話をありがとうございました!